83:リンコのレッスン
「この世界で銃砲火器の発展が滞ってたのは、魔法が基本になり過ぎてた発想的な先入観とか階級差による技術職への偏見とか色々あるんだけど……まずね、硫黄の確保が難しいの。皇国にも隣国にも火山がないし、一定量の輸入もされてない。知識層に科学知識もないからそれがなんなのかを説明するだけでひと苦労だった。まして硝石なんてもう、絶望的」
「……はあ」
いきなり始まったリンコの砲術事始、なんだけど早口で未知の情報をまるで既定事項のように話すのでケースマイアンのひとたちは(技術職であるドワーフを半分例外として)意味不明な単語の羅列に目を白黒させている。
リンコの背後に置かれた木の板には黒色火薬のレシピと分量と製法が皇国公用語で殴り書きされ、ドワーフたちは頷きながらメモしている。
彼らは話がそこそこ理解できてるっぽいのが怖いわ。
「結局、硫黄は出入りの商人を宥めすかして最後は脅して、何回もハズレをつかまされた挙句になんとか少しだけ手に入れた。硝石なんて、自分で精製したんだから。それで付いた仇名が“便所虫”だよ!? あの馬鹿ども殺して硝石畑に活けてやろうかと思った!」
硝石(生成用の)畑か。3万近い死体を持っている俺には可能かもしれない。やらんけど。
いまさら黒色火薬を作ったところでなあ……。
「それよりリンコ、あの臼砲は失敗だったのか? それとも、運用側の問題か?」
ハイマン爺さんからの質問に、リンコはあからさまに嫌そうに顔をしかめる。
「皇国軍の馬鹿さ加減が原因だよ。あんなの、ぼくのせいにされても困る。だいたい、黒色火薬は反応速度が速すぎるんだよ。あれは爆轟っていう、要は爆発なんだ。砲弾自体の破裂にはそれでもいいんだけど、発射薬としては向いてない。それで、褐色火薬っていう別のレシピを作ったんだ」
「褐色火薬?」
また知らん単語が出てきたぞと獣人は首を傾げエルフは困惑しドワーフは目を輝かせる。
「黒炭化するまで焼かずに、茶色い状態で止める。燃焼が遅いから事故も起きにくく長砲身にしても最後まできちんと弾体を加速させられる……はずだった」
「はず?」
「捨てられたんだよ。せっかく用意したのに、“褐色火薬は使わない”って一方的に通告されてさ」
悔しそうに地団太踏むリンコに、ドワーフたちが首を傾げる。
「理由は?」
「知らないけど、皇国軍の技術将校が決定したんだって。あいつら上位貴族だから、下々の人間がどんだけ説得しようが、もう絶対に覆らないんだ。おおかた“燃焼が早い=威力が強い”とか思ったんじゃないの? そりゃ素材単体の燃焼実験を見れば黒色火薬の方が派手に弾けるからさ。そんなの馬車馬を常に全力ダッシュさせるようなもんじゃない。用途に合った性能ってもんがあるってのに。ホント、馬鹿しかいないんだ皇国には」
チンプンカンプンの獣人たちはそれぞれに顔を見合わせる。まったく理解できないか、理解する気にもならないかだ。その後者だったらしいヤダルがリンコに首を振る。
「いや、“皇国には”っていうか、ケースマイアンにもいねえと思うんだけどな」
「そんなことないよ、ね? ドワーフのみんなは結構わかってくれてるみたいだし、ヨシュアだって、わかってるはずだよ?」
「……まあ、なんとなくだけどな」
「げぇッ、なんとなくでも、わかってんのかよ。ヨシュアのくせに、なんか納得いかねえ」
「おい待てヤダル、お前もしかして俺のことアホだと思ってないか?」
「ドワーフならば、大方は理解できるのじゃ。“こくしょくかやく”ではないが、戦闘用の魔道具、特に魔導加速砲を作ろうと志した者は、みな似たような経験をしておるからのう」
ミルリルがいうと、リンコの顔に、ぱあっと笑みが広がる。こいつたぶん、ドワーフの親戚だわ。
あれこれメモを取っていたハイマン爺さんが、ふと思い出したように尋ねた。
「あの臼砲とやらは、なんでまたあんな奇妙な運用なんじゃ。まるで壊れることを知りつつ使っているような感じであったが」
「そりゃそうだよ。黒色火薬を、それもアホみたいに大量に突っ込んでドッカンドッカン打ち上げたでしょ? あんなもん不純物だらけの青銅を砂型に流し込んだ欠陥砲で間隔も開けず砲身清掃もしないでバカスカ撃ったら壊れるに決まってる。あいつらだって、わかってるんだよ」
「やっぱり、想定内か。度し難いのう」
「何度も何度も訴えたのに、“壊れたら予備を持ってくればいい”、ってさ。ホント、馬ッ鹿じゃないの!?」
「まあ、人間が扱うならもっと気を使うじゃろうが、ゴーレムに持たすんなら砲身が吹き飛んだところで誰も死にはしないからのう」
「死ねばいいのに」
憤懣やる方ない、とばかりにボソッと吐き捨てるリンコ。相当、腹に据えかねていたんだな。
勝手に召喚しておいて能無し扱いの上にようやく出した成果も蔑にした挙句に奪うとか、聞かされただけの俺でも苛立つ。
「なるほど、ではリンコはケースマイアンで、あの大砲を完成させるつもりなのじゃな?」
「いや、全然?」
「「「「え!?」」」」
キョトンとした顔で首を傾げるリンコに、今度はドワーフたちが固まる。
「だって、機関銃やら迫撃砲やらT-55まで揃ってるところで、いまさら頑張って例えば前装砲から後装砲に改良したところで時間と手間と素材の無駄でしょ? ぼくらのいた世界じゃ何百年も前の技術なんだもの」
ハイマン爺さんとカレッタ爺さんが、本当かと俺を見る。無煙火薬に変わったのは……いつだっけ。まあ、百年以上は前だ。
「……それは、そうかもしれんがのう。独自の改良とか発展とか新しい技術的進化を目指すとか、あるじゃろう」
「その成果が仮に無煙火薬やら大陸間弾道ミサイルだったところで、なんか意味ある? ぼくは別に砲兵やら技術士官やらになりたかったわけじゃないし。阿呆な皇国貴族に邪魔されず自由に暮らしたいから、なけなしの知識と経験を切り売りしただけなんだよ」
「あいしーびーえむ?」
ミルリルが食いついたとこは説明しにくいし、そこに興味を持たれても困る。それよりなにより、少し気になっていることがあるのだが。
「ちょっと待てリンコ。知識、はいいけど経験って……」
「いけ好かない教師の軽自動車を爆破したことがあって……」
「完全にテロリストじゃねえか!」
まあ、いまじゃ俺もステータスの職種欄に“テロリスト”ってあるんだけどな。あんま覚えてないけどリンコのにも、なかったっけ。
「この世界って……少なくとも皇国では魔導技術が発展しすぎたせいで、科学や化学が恐ろしく遅れてるんだよね。無関心というか、ある意味で元いた世界の神秘主義、神学的世界観みたいな感じ。化学反応も自然現象も、みんな“外的魔力”“内的魔力”“術式”で説明付けようとしてる。そういう彼らの常識から離れたことを成す者に対しては、魔族や魔物っていう忌むべき異物に振り分けて思考停止しちゃうんだよ」
「ふむ。それはドワーフでも感じているとこじゃの。特に魔導師は、技術者を下に見ておる」
「医学も微妙っちゃ微妙なんだけど、治癒魔法は万能じゃないし術者の稀少性が高すぎるから、庶民には原始的な医学と薬学がけっこう広まってるからまだマシかな。エルフか召喚者の潔癖症が関係してるみたいで、衛生観念もそんなに悪くない。お風呂もそこそこ普及してるんでしょ?」
「まあ、そうじゃな。水にも燃料にも、そう困っとらんしの」
「皇国じゃ“風呂に入るのは浄化魔法を使えない無能の証”とかいってる馬鹿もいてさ、そんなのに限って体臭がキツいんだ。もう最悪……」
いろいろ鬱憤が溜まっていたようなのはわかるんだけど、ケースマイアンのひとたちはリンコのコメントを半分くらいしか理解していない。ドワーフもエルフも自分たちの得意分野でなんとか置き換えつつ文脈から大筋をわかろうとしているくらい。獣人たちに至っては、ほぼ100%微塵もわかっていない。
俺も大して変わらんけどな。
とりあえずリンコには、銃砲火器以外の方面で技術発展の手助けをしてもらおう。うん。




