81:舞い降りたお姉さん
監視哨から森の端まで転移で飛び、側車付きバイクを出して帰還しようとした俺たちの前に影が差す。身構える俺とリンコを、ミルリルが手で制した。
「大丈夫じゃ、あれはケースマイアンの斥候じゃからの」
トンと軽い音で降り立ったその偵察員は、背中に羽毛で覆われた巨大な翼を持っていた。広げると翼端まで2.5mほどはあるそれをふるりとはためかすと、折り畳んで背後に収めた。
スレンダーな身体はチューブトップのような布で隠されており、すらりとした長身のモデル体型だ。下半身は脚が羽毛に覆われ、膝から下はちょっと恐竜のような鱗と鉤爪になっている。
鳥の要素を持った部分を全体像としてみると、なんとなく始祖鳥に似ていなくもない、といった感じなのだが……上半身は宗教画の聖女か天使かといった無垢な美少女、いや美女か。外見的な年齢は20代半ば、穏やかで落ち着きのある表情がお姉さんぽい。
「……あなたが、有翼族?」
「はい。お初にお目に掛かります、魔王陛下。わたくし、有翼族上空偵察部隊のルヴィアと申します」
「あ、ちょッ、待って」
片膝をついて平伏しようとしたルヴィアさんを慌てて止める。魔王つうても対外的な広告塔になるだけだ。有翼族に限らず、そんな畏まられても困る。
「そういうのは要らないし、できればやめてほしい。別にケースマイアンを統治するとか、みんなを支配するとかいうつもりはないし。単なる代表者くらいに考えてくれればいい。それも、便宜的な」
「そうなのですか? ケースマイアンは着実に魔王城へと変貌を始めているようですが」
ミルリルとリンコが驚いているような面白がっているような表情で目を輝かせている。やめろ。ふたりしておんなじようなワクテカ顔しやがって。鼻フックすんぞ。
「住人みんなが幸せに暮らすためのもので、魔王城が作りたいわけじゃない。それより、なにか用でも?」
「ええ、そうです。失礼しました。実はあの後、皇国軍の後続が停止しました。ゴーレムはそのままに、騎兵が皇都へ走って行きましたから、おそらく……」
「撤退する気、じゃないよな?」
リンコに訊くが、首を振る。だよね、わかってる。ちょっと夢見たかっただけだ。
「だったら、ゴーレムごと戻すよ。もしくは、殲滅された崩落部の救援に向かわせる。たぶん増援の手配に行ったんだ」
「こちらの方の仰る通りです。皇国軍は全力で、しかも王国ではなくケースマイアンに向けて、攻め入ってくると考えた方がよろしいかと」
ルヴィアさんから宣告されたのは、予想はしていたけど最悪のパターンだ。
自分で決めて自分で始めた結果なんだけど、実際そうなるとわかれば、なかなかにゲンナリするものだ。
皇都に残された増援の戦力がどれくらいなのか不明。その総数次第では、戦車2両で対処できるかどうかも不明だ。
そうなった場合には、安全策を捨てても最初の案に戻るしかない。
「では、わたくしは上空警戒に戻りますね」
「あ、ちょっと待ってください」
俺はルヴィアさんを呼び止め、気にしていたことを伝える。
「有翼族の皆さんの情報には、とても助けられています。感謝を伝えようと思っていたのですが、ご挨拶が遅れてすみません。可能な限り支援したいと思いますので、必要なものがあれば教えてもらえませんか」
「魔王陛下から感謝されるだけでも、勿体ないことなのですが……そうですね、地上の仲間に情報を細かく伝えられる手段と、地上を攻撃できる武器があればお願いできますか?」
観測機から偵察機、そして攻撃機への進化か。胸が熱くなるな。
つうか、そもそも通信機がなかったな。地上部隊でも諸部族連合行きの道中に試験運用した段階なので、あまり考えてなかった。
ミルリルの手旗信号で問題なかったので気付いてなかったけど、通信機が最も必要なのは有翼族のみなさんだったよね。これは完全に俺の怠慢だな。
「わかりました。少しだけ待っててください」
「……え? いま、ですか?」
「市場」
時間が停止して、サイモンが現れる。
なんかバタバタしてて会うのが微妙に久しぶりのような気もするけど、最後の取り引きはたぶん数日前だ。うん、時間感覚がおかしくなってるな。金銭感覚もだけど。
「ごきげんよう、ヨシュア様」
「さ、さま!? おい、どうしたんだお前!? 調子狂うから、いつもの“ブラザー”で来いよ!?」
「いいえ、そうは参りません。そろそろわたくしもセレブリティとの取り引きが増えてきておりますので、あまり下賤な口調はよろしくないのではないかと思うのです」
うん、まだどこか嘘臭いというか借り物っぽいけど、そういう意識が出たことは悪くないんじゃないかな。多少胡散臭い感じが増した気もするが、それは俺が口出しすることでもない。
「……もしかして、奥さんにそういわれたとか?」
「ごふッ、ご冗談をヨシュア様」
“ごふッ”ていったよね、いま。
奥さん、たしか良い家の娘とか聞いた気がするし、こいつ絶対尻に敷かれてるわ……。
すごい勢いで変貌して急速に成り上がってってんだけど、なんとなく微笑ましいというか憎めないのがサイモンの人柄なのかもしれない。
良くも悪くも、根っこは変わってない感じするんだよな。
「まあ、それはいいや。通信機とアサルトライフルが欲しい。とりあえず試験運用するんでお勧めを1セット。両方とも、できるだけ小型軽量なものを頼む」
「小型軽量をお望みな理由は、使用者の体力や体格ですか? それとも運用?」
「そこにいる女性が見えるか? 有翼族という、空飛ぶ偵察兵だ。彼女が使える物が欲しい。使ってみて問題なければ彼女の部隊全員……そうだな、予備を含めて20セットを頼む」
「それですと、223になりますが」
0.223口径の5.56×45ミリNATO弾。小型軽量の小口径弾薬だ。
反動も軽く連射に向いているが、エネルギー量は30-06の半分ほどしかない。それを使用するのは、いままでケースマイアンで購入使用してきたものと違って、現用兵器だ。WW2から生き残った老兵たちよりも軽く華奢で繊細で、そこそこ高価だ。弾薬や部品の補給も、もうひとつ種類が増えることになる。
いままでの俺たちを知るサイモンならではの懸念だ。
「構わないよ。余裕が出来たら、そちらに弾薬再統一する必要も出てくるだろうし」
「資本に余裕が出てくるとは、さすがヨシュア様ですな」
「むず痒くなるから、似合わないお世辞はやめろ。余裕が出るのは、資本というより戦況だよ。対人戦闘だけで済むようになる。むしろ、そうならざるを得なくなる。それがどんだけ面倒くさいかは、知ってるよな?」
「さらなる取引で未来が開かれるように祈っております」
しれっというあたりは、さすが筋金入りの商人だ。対人戦闘だけになる、というのは大軍や大型兵器がぶつかる正面戦闘から、敵がゲリラやテロリストとして民間人の間に散らばる非対称戦に移行するということだ。
狩りから害虫駆除になるようなもの。根絶が困難で成果が見えにくい。そして長引き、泥沼化し、感情的に尾を引く。最悪だ。
まあ、それはいいや。
「では、こちらですね。現状入手可能なこのカテゴリのなかでは最も信頼性があり、数も揃います」
そうね。そうなるよね。いいけど。銃と一緒に、予備弾倉3本とマガジンポーチ、弾薬2千発を受け取る。
通信機は比較的安価で簡易な民間用。使用帯の制限がない異世界で、しかも遮蔽の心配が不要な地対空の使用なら問題はないだろうとのこと。
ヘッドセット型で手が空くようになっている辺り、気が利いてる。
予算を訊いたら、そう大きな額でもなかったので――というのはたぶん戦車の購入で感覚が麻痺しているのだろうけど――これから調達してもらう20セット分もまとめて、収納のなかで余りまくってる銀貨で支払った。1枚ずつ数える余裕はないので、ごっそり多めに出して最終精算時に微調整してもらう。
銀貨はこちらの貨幣価値換算でいうと損なレートになると聞いているが、こちらとしても死蔵し続けたところで収納を圧迫するだけなので構わない。
どのみち、いまの俺じゃ王国で換金することは出来ないしな。
「では、5日ほどでご用意しておきます」
「よろしく」
サイモンから最敬礼で見送られ、市場を閉じる。
「お待たせ。じゃあルヴィアさん、これを試してもらえますか?」
差し出した銃と通信機を手にして、有翼族のお姉さんは目を白黒させている。事情を知らないリンコもルヴィアさんの隣で困惑した顔をしている。
彼らからしてみれば数秒程度しか経っていないのだから、驚くのも当然といえば当然だ。
「え? 陛下、これ、銃……なのは、わかりますけど……どこから、どうやって?」
「ねえヨシュア、なにしたの、いま?」
「魔王の力じゃ。深く考えるでない」
ミルリルさんのわかったようなわかんないような説明で、ルヴィアさんもリンコも(いくぶん思考停止気味に)納得してしまった。
簡単な使い方と整備法を伝えて、ケースマイアンに戻ってから感想を訊くことにする。まず間違いないとは思うんだよね。総合的にみると、むしろ他に選択肢はないというか。
「魔王陛下、これの名称をお聞きしてもよろしいですか?」
「M4カービン。俺のいた世界で、いま最も出回ってる銃だ」




