8:突然の出会い
路地の入口で無様に転がったまま、俺は急速な魔力枯渇で動けなくなっていた。
城門から直線で結んだ延長線上、貴族街と思われる大きな屋敷や商店が並んだ一角まで“転移”で飛ぶことは出来たが、これはおそらく有視界の最大範囲までは移動可能とかいうものなのだろう。距離にして200mといったところ。つまり、残存魔力量11で飛べるのがこのくらいか。
それ自体は良い。問題は、城門から直線上にあるということだ。それはつまり、ここは城門を守る衛兵からは俺が視認できる位置ということでもある。
「クソがッ! ああ、もう……」
力の抜けた手足を励まし、黒く瞬く失神寸前の視界で、ずりずりと這いながら物陰まで移動する。AKMを“収納”から引っ張り出そうとして思いとどまる。アサルトライフルはあまりに目立つ。意識を喪ったときに奪われたらお終いだ。この世界の工業力で再現できるとは思えないが、こちらに向けられたときに対抗手段がない。
薄暗い路地の奥に移動しながら、魔力回復まで身を休ませられる安全地帯を探す。
「……がッ!」
「てッ……はぅッ!!」
おい、勘弁してくれ。
そこには先客がいた。短剣を構えたチンピラ風の男が5人。そのひとりは女の子の手を持ち、もう一方の手で口を塞ごうとしている。女の子は身をよじって逃れようとしているが、半分以下の体重しかないだろう身体ではろくに身動きも出来ないようだ。
M1911コピーを取り出して、最後に残っていたバラ弾丸の2発を装填する。
ああ、クソが。こんなところで発砲したら、数ブロック先まで響き渡る。貧民街なら放置もするだろうが、ここはおそらく貴族街だ。騒ぎを聞き付けた衛兵やら警吏やらが来るだろう。そうなったらもう、戦争だ。死体の山を築くことは出来るだろうが、失神寸前の身体では逃げることは不可能。ここで果てることになるのは時間の問題だ。
しかし、あれだな。あの女の子、えらい小さいな。
彼女が振り解こうと思い切り握り締めていた男の手首が、コキリと直角に曲がった。
「お、あッ……あ、あああああ!!」
悲鳴を上げてのけ反った男の脇腹を、女の子の鋭いフックが深々と抉る。口から血反吐を吐いて転がった仲間を見て、残る4人の男たちは短剣を構えたまま距離を取った。
「王国貴族に刃向かって、タダで済むとでも……ッ!」
ゴスン。鈍い音がして、男のひとりが宙に舞う。壁に叩きつけられてバウンドし地面に転がったときには、ひしゃげた身体はもうピクリとも動かない。
「思ってるのじゃ」
吐き捨てるようにそう言う女の子の手には、そこにあった手近な武器。つまりは、最初に倒した男の足が握られていた。足首をつかんで振り回し、仲間の男を殴り付けたのだろう。
あんぐりと口を開けたまま、俺はその光景を見守っていることしか出来ない。
「てッめ……」
再びその武器が一閃すると、今度は湿ったクチャッという軽い音。最初の打撃で頭が砕けていたらしく、脳やら骨やら血飛沫やらを派手に振り撒いて千切れ飛んだ。血と肉片を浴びた男たちが思わず顔を逸らし目線を切った瞬間、転がっていた短剣をつかんだ女の子が手近なひとりの背中を貫く。振り返った一動作で、もうひとり。
だが、最後のひとりだけは、まったく反応が違っていた。腰の安定感と踏み込みの素早さ。状況把握の的確さと、味方を犠牲にすることを躊躇わない冷酷さ。
明らかな手練れだ。
男は死角に回り込み、凄まじい斬撃が女の子の背後から叩きつけられる。咄嗟に短剣を構えた彼女を、男の力は身体ごと呆気なく弾き飛ばす。サッカーボールのように跳ねながら転がってきた小さな身体は……
「ぐぇ!」
壁際に寄り掛かり静かに息と気配を殺していた俺の腹に着地した。