79:宣戦の砲火
「のう、リンコ。おぬし、戦闘向きな技能はあるのか?」
「短距離転移と回復魔法だけ。あとは魅了と幻惑と認識阻害」
うん、知ってた。見事に何もない。後衛職ってやつか。パーティ組んでダンジョンにでも潜るんならそれなりに使い道もあるのかもしれないけど。
冒険者ギルドに登録してハーレムパーリーでウェーイでイチャコラな異世界ライフ、とか思ってた時期があたしにもありました。
いまや、一足飛びに大量殺人達成した挙句にさらに三段跳びで魔王ですよ、これが。こっちに冒険者ギルドがあるのかどうかも知らんわ。
「つかまれ」
ミルリルさんを小脇に抱え、リンコの腕を取って転移。もう来ることはないはずだった岩場の上に戻る。
「術者の特徴は」
「真ん中分けの白髪と口ひげ、長身で痩せ形、白衣の左胸部分に、蛇の絡まった赤い盾の家紋が刺繍されてる」
ミルリルさんと目配せして、おそらく情報はそれで問題ないと踏んだ。
「リンコはここに居れ。わらわたちは、そやつを連れて戻るのでな。念のため、幻惑と認識阻害を掛けておくのじゃぞ」
「……わかった。お願い」
俺はミルリルをお姫様抱っこすると街道脇まで短距離転移で飛んだ。崩落した道路の脇に積み重ねられた負傷者をチェックするが、死者も負傷者も兵士ばかりで白髪も白衣の人物もいない。
というよりも、輜重部隊の救出は後回しにされたといった方が正しいのだろう。
「のう、ヨシュア」
ミルリルが地下に移動しようとした俺の胸に触れて、制止する。
「あやつのステータスは見たのか?」
「リンコの? うん、一応は安全確認のためにね」
悪意の有無だけなら、頭上にうっすら表示される(いささかJRPGっぽい)HPバーの色で判別できる。フォレストエルフの子、ミルカの裏切り騒ぎのときにわかった能力だ。普段は意識していないけど、相手を推し量ろうとすると現れる。しかしそれ以前に、気になっていることがあったのだ。
だがチェックしたリンコのステータスは、懸念した方向と少し違っていた。
名前:サエグサリンコ
職種:隠れた聖女 炎の魔女 三下技官 砲術師
階位:02
体力:44
魔力:96
攻撃:21
耐性:42
防御:55
俊敏:81
知力:146
紐帯:01
技能:
治癒:133
転移:24
魅了:11
幻惑:19
隠遁:211
「皇国の間者ではないのじゃな?」
「ない、というか……そんな器用な能力はないな。目に付くのは認識阻害と回復魔法だけで、それ以外はミルリルと最初に会った頃の俺くらいの数値、もしくはもっと下だ。知力が高い以外、見るべきものもない」
「そうか。調べた上で、受け入れることを決めたのであれば、よいわ」
話は終わりだ。
ミルリルの手を取って地下に飛ぶ。
降りた先は忙しく立ち働く男たちでいっぱいだった。俺たちは崩落部の隅にある暗がりに隠れて、周囲の状況を観察する。
落ちた者たちの一部なのか上から降りてきた救助要員なのか不明だが、底にはまだ4~50名の兵士たちが残っていた。急かす監督者と悲鳴を上げる負傷者で騒々しい。
魔導師らしい男たちの一団が粘土質ゴーレムを使って生き埋めになったままの者たちを助け出そうとしているが、掘っても崩れて埋まり、作業は上手くいっていないようだ。
大型でわずかに使い勝手のいい(はずの)樹木質ゴーレムの方は、馬車の掘り出しに回されている。
戦力の要である鉱石質ゴーレムが積載されているのだから優先度はそちらが上なのだろうけど、このままだとかなりの人間が手遅れになる。世知辛いっつうか、報われねえな、この世界。人の命の安さに、どんよりとした気分になる。
なにいってんだ、俺。こいつらみんな、いずれは殺す相手なのに。
俺は地面に埋めておいた物を回収するのをやめた。これが誰の手によるものかはもう露呈しているのだ。いまさらヘイトの行方を気にしたところで無意味だ。それならばむしろ、俺たちの力の程を見せ付けた方がいい。
「ヨシュア、あれではないか? 蛇に盾かどうかは見えんが、左胸に赤い印はある」
ミルリルさんの声に目を向けると、崩落部の中心近くで馬車の残骸に腰掛けた白髪の中年男がいた。クシャクシャに乱れて真ん中分けかどうかは判断できないが、白衣に白ひげではある。
「何をグズグズしておるのだ! さっさと掘り出して魔王どもを叩き潰さんか、この無能どもが!」
白ひげ男はえらそうにふんぞり返ったまま、作業中の兵士たちをヒステリックに怒鳴り散らしている。輜重という非戦闘職とはいえ魔導師なのだから、それなりに上位の貴族様といったところか。
地上に運び出されていないのは侵攻軍のなかで救助優先順位が低いのかとも思ったが、おそらく埋まった機材の回収作業を指揮するため残されているのだろう。
「痛ッ、くそッ! 役立たずの魔女は死んだのか!?」
「わかりません、崩落直後から姿は見ておりません!」
「……肝心なときに、あの能無しが!」
落ちたときに痛めたか折ったか、左腕には布が巻かれている。回復やら治癒の魔法は使えないのだろうか。それはもしかしたらリンコの役割だったのかもしれん。ということは、魔女っつうのがリンコの蔑称か。まあ、どうでもいい。
「ミルリル、あいつを運ぶ」
「了解じゃ」
こちらの両手を開けてくれるつもりなのだろう。ひょいと後ろから首に抱き着いてきた。柔らかで温かい感触と甘い匂いに緊張感が和らぐ。首筋に当たるふわふわのクセ毛が、くすぐったくも心地よい。
「殺すとしても最後だけど、暴れるようならおとなしくさせるのは任せていいかな」
「無論じゃ。説得は、おぬしが存分にやるとよいぞ?」
良くも悪くも、通じ合ってる感じが、強くなってるな。気のせいかなとも思ったんだけど、いま実感した。
これは、愛だな。うん、そうに決まってる。
兵士たちの視線が発掘作業に向いたところで転移。白ひげ男の首根っこをつかんで上空に短距離転移、そこから空中で方向転換して岩場に飛ぶ。
岩場に戻ると、白ひげ男を放り出す。リンコは端の方にいるようだが、認識阻害のせいかひどく気配が薄い。
「げぅッ!?」
それなりに戦場の場数を踏んだ魔導師かと思っていたのだが、白ひげ男は地面に転がされるまで反応するどころか状況を理解することも出来ず固まったままだった。息が詰まったのか目を白黒させながら周囲を見渡す。
「なッ、おま……えふぁッ!?」
俺は意識を切り替えて表情を消し、布で吊られていた左腕を蹴り上げる。悲鳴を上げて転がった白ひげ男の前に仁王立ちして見下ろした。
「しゃべるのは、俺が命じたときだけだ」
「ふざける、なッ」
収納から出したマチェットを鼻先に突き付けると、男は息を呑んで静かになった。
「何度もいわせるな。役に立たぬ耳ならば切り落とす」
銃器は皇国の人間に見せてもわかんないだろうしな。ヤダルみたいで微妙な気もするけど、他に示威行為向けの武器が思い付かなかった。
「我が名はテケヒュ・ヨシュア。ケースマイアンの魔族を統べる、魔王だ」
笑みを浮かべて伝えると、意外にも白ひげ男は一瞬で震え上がった。
なに、それ。魔王降臨的な話って、皇国じゃそこまで真に迫って伝えられてるの?
「愚かで脆弱な人間どもが、我が眷属に傷を付けようというのであれば、貴様らにはここで死んでもらわねばならん。そこで訊こう。皇国の木偶どもが向かう先は、我が城か?」
「……あ、あう」
男の目が泳ぐ。嘘か言い訳か逃げ口上か、発しようとした言葉は呑み込まれる。震えが止まり視線からも迷いが消えた。魔導師として一矢を報いようという覚悟が見えた。
俺に向けて振りかざそうとした右手を、ミルリルの45口径拳銃弾があっさりと弾き飛ばす。
「ぎゃああああぁッ!」
手の甲から親指に抜けた銃弾は、片手を再起不能にしていた。中指と人差し指が折れ曲がり、親指が吹き飛ばされている。それを目にした白ひげ男から反抗の意思は完全に萎んでしまった。
魔導師個人の戦闘能力がどの程度かは知らんけど、折れた左腕と合わせると両手が使えなくなったのだから、それはもうギブアップするしかないだろう。
「答えよ」
「……と、当然だ! 魔族の都を落とし、魔王を……倒すのは皇国、のみならず……人間すべての悲願!」
訴えながら、男は涙を流していた。どうでもいいけど、ひげに鼻水がついて非常に汚らしい。
痛みと恐怖と怒りと憎しみが綯い交ぜになって甲高い叫び声を上げる。いわゆる、逆ギレ状態というやつだ。
「殺してやる! 魔族も魔人も魔王も、忌まわしい半獣どもも、すべてだ!」
「ふむ。それは、良いことを聞いた」
俺は男の前まで顔を近付け、笑みを浮かべる。予想していなかった反応なのか、白ひげ男の激情が一瞬で失せる。
「我が魔境への害意がないのであれば、情けを掛けてやってもいいと思っていたのだが、その必要はないとわかったのでな。これで、決断を下せる」
困惑するオッサンに囁きながら、手に握り込んでいたスイッチを押す。
「見よ、我が魔導を」
地響きと轟音。
白ひげ男はポカンと口を開け、目を見開いて俺の背後を見つめる。そこに上がった爆炎と飛び散る大量の肉片を。降り注ぐ土塊が収まった後、動くもののなくなった、かつて皇国軍だったものを。
「心配する必要はない。これは単なる順番なのだ」
「……じゅん、ばん?」
「そうだ。最初は、王国軍ケースマイアン討伐軍。次に、諸部族連合タランタレンの領兵。そして、今度はあやつらだっただけのこと。早いか、遅いか。違いはそれだけだ」
ベチョリと、傍に何かが落ちてくる。どれだけ天高く吹き飛ばされたのかと目を向けると、それは兜を付けた中年兵士の首だった。
「我に敵意を向け続けるならば……」
当惑したような表情のまま死んだ兵士の生首を見て、白ひげ男が小さく息を呑む。
「すぐに貴様の番がくる」




