78:リングワンダリング
「……それが大変だったんだよ。この世界に飛ばされてきて早々、ステータス見ていきなり“こいつは何の役にも立たない”とかいわれちゃってさ。もう少しで実験台にされるところだった」
「どこぞで聞いたような話じゃのう?」
「まったくだ。それで、どうしたんだ? いま無事でいるってことは、上手く取り入ったってことだろ?」
「それはもう。ミッション系の女子高で生き延びるには、陰険なお仲間やら阿呆な老害たちを相手に上手く立ち回るくらいのことが出来ないと話にならないからね」
「みっしょん……なんやらいうのは、ようわからんが、こやつヨシュアよりもよほど大人ではないか」
うん。自分でもわかってるから、いわないで。
結果的に、そのおかげでミルリルさんと出会えていまの状況があるわけだから、後悔はしてないんだけど。でもまあ、驚くほど何回も死にかけたしね。
いまも、そうだけどさ。
「待てぃ、貴様らあぁッ!」
俺たちは逃走劇の真っ最中だ。
後方からは剣やら手槍を振り回す騎兵の集団が全速力で追ってきている。収納から出した側車付単車で側車にリンコ、タンデムシートにミルリルさんだ。
わずかに離れた位置を、ホンダのオフローダーに乗ったヤダルとハイマン爺さんが疾走している。ジグザグにハンドルを切って蛇行運転しながら騎兵部隊に近寄っては離れ、アクセルターンはかますわ起伏でジャンプするわと、騎兵をおちょくっている。
あいつ日本に生まれてたら絶対に田舎の暴走族だな。
「ヤダル、後続部隊からの攻撃は警戒しといてくれ。とりあえず、こちらからの攻撃は、なしでな」
「それはいいけど、いつまでクルクル回ってりゃいいんだよ? あたしは楽しいからいいけどさ」
「わしも構わんぞ?」
「……いや、俺が構うわ。悪い、もうちょっとだけな」
俺たちは街道をさらに大きく外れ、藪や低木の広がる辺りまで入り込む。
意外なことに、追いすがる騎兵は速度を落とした。元いた世界だと地雷原でもあるのかと思うところだが、手綱捌きを見る限り、どうも馬の脚には灌木の根や藪が要注意のようだ。もしくは、整備された道に慣れて乗馬能力が低いのかも。
こっちは多少の根っこや藪など無理やり乗り越え、跳ね飛ばし、場合によっては収納して後方に投げる。しばらくそれが続くと騎兵たちは追跡を諦め、フラットな路面の方に戻っていった。
距離を取って包囲警戒し、出てきたところを迎え撃つ作戦に切り替えたようだ。速度差があり過ぎてあまり意味がないとは思うけど。
「よーし、停車。エンジンそのまま」
俺はヤダルに伝えて、一度は逃げ出してきた監視哨の方向にハンドルを向ける。そうするしかないのだ。これ以上、皇国軍主力から離れると、厄介な状況が発生する可能性が高い。
もちろんバイクで加速すれば馬ごとき置き去りにするのは簡単だし、のじゃロリ先生の腕をもってすればゴーレム以外の追っ手を殺すのも簡単。だが、俺たちと同行することに――暫定的かつなし崩し的にだが――なってしまったリンコの存在が状況をいささか面倒なものにしている。
「ヨシュア、なんであやつらを殺さんのじゃ? 逃げ回っておってもキリがないぞ!?」
「それだよ」
ハイマン爺さんの疑問に、俺はリンコの首に着けられたチョーカー的なものを指す。
隷属の首輪。王国で獣人たちが装着されていたものと似ているが、こっちは正真正銘の魔道具だ。
術者から10哩(16km)以上離れると爆発して装着者を殺す。術者が死んでも装着者を殺す。術者からの信号を受けても、首輪を外そうとしても……以下略。
ずいぶんと手が混んでいる上に性格が悪い設定だが、俺の知る限りフィクション世界ではこういうタイプの方が一般的な気がする。逆に、“切断し難いだけのただの首輪”しか使用してない王国の方に違和感があったくらいだ。
とはいえ、高価で高機能な首輪を奴隷やら召喚者やらに装着して回る(ことができる)時点で王国との技術差や経済格差が如実に表れている。
ちなみに、妙に長い距離設定は、隷属者の野外作業に術者(高位の魔導師で、大概は貴族)を引っ張り出さずに済むための対処だそうな。
「ちょっと待て、高位魔導師? 貴族の?」
「そうだよ。ぼくと同じような白衣を着てる」
「なに!? それを早ぅいわんか!」
騎兵のなかに術者がいる可能性は消えたので、のじゃロリ先生はひょいひょいと銃口を向け騎兵たちを撃ち倒す。
10人ほどいた騎兵が目玉を撃ち抜かれ、全滅するのに5秒と掛かっていない。わざわざ距離を取った意味は、まるでなかった。
「無駄に時間を浪費したのう」
「ごめん、先に訊くべきだった」
リンコの首輪に異状がないのを確認し、俺は監視哨を双眼鏡で見る。
「その魔導師は、どこにいるんだ? あのなかには?」
監視哨の前で布陣する魔導師集団に白衣の人物がいるかどうか、俺には目視できない。集団で攻撃魔法でも撃とうとしているのか、団子になって蠢いているためよくわからんのだ。
「顔を確認しないとわかんないんだけど……たぶん穴に落ちた輜重部隊の馬車だと思う。ぼくが同行していたのも、そこの部隊だったし」
街道から大きく外れて距離を取ったまま北上、こちらの動きに追随できない弓兵と魔導師部隊は陣形が乱れて射角を取れず混乱している。
弓兵もそうだが、こちらの動きが早すぎて狙いを付けられないようだ。俺たちを追いかける騎兵への誤射を考えて攻撃を控えていた可能性もあるが、それもなくなった。長く停まっていると的になるかもしれない。
「ヨシュア、あいつら動き出したぞ」
「思ったよりも早く立ち直ったようじゃの。案外、精兵なのかもしれん」
少し回り込んだので、こちらから監視哨の奥が見えるようになっていた。
崩落の衝撃から回復したらしい皇国軍は、再び進軍を開始しようとしている。落ちた兵士や馬車は大型ゴーレムの手で地上に運び上げられ、治療や埋葬、修理が必要な馬車などは道の脇に退けられている。
いまのところリンコが死んでいないということは、術者も生きてはいるのだろう。
当然、見晴らしのいい路上で追いかけっこを繰り広げていた俺たちのことは後続部隊からも完全に捕捉されている。弓矢や攻撃魔法が飛んでこないのは、まだ射程に入っていないという判断からだろう。
兵士たちから少し離れた場所で、予備を出してきたらしい臼砲が、こちらに向けて据えられている。砲台代わりになっているのは2体の粘土質ゴーレム。もう1体が装薬を込め始めた。
あれが発射される前に方針を決めなくては。
「のう、リンコとやら。その術者とは顔見知りか?」
「書類上の管理責任者ってだけだから、直接の接点はあまりなかったかな。向こうは貴族でぼくは平民、というか隷属民だったから」
もう一度、皇国軍の真っ只中に入って行く必要がありそうだ。
それも、今度は完全に敵から露呈した状態で。
「悪いな、ヤダル。ハイマン戦車長をケースマイアンまで送って行ってくれないか。ここが片付いたら、ゴーレムの大群を迎え撃つことになる。その準備が必要なんだ」
「……おう、任せろ」
何かいいたげな顔ではあったが、ヤダルは頷いてバイクを発進させた。
T-55をケースマイアンに置いてきたのは失敗だったか、と思わなくはないけど。こんなところでゴーレムと衝突する事態なんて想定外だ。なんにしろ戦車兵としての習熟を済ませたのはドワーフの連中だけなのだし、戦車だけ持ってきたところで状況は好転していなかったと思って忘れることにした。
「さて、行こうか」
俺の言葉に、リンコは少し怯む。状況を理解してはいるのだろうが、もう少しなにか特攻的じゃない方策があるのではないかと期待していたようだ。ないわ、そんなん。
「……え、あそこに? 3人だけで?」
「おぬしが生き延びるためには、そうするしかあるまい? なに、この苦労と危険の代償は、後ほどたっぷりと返してもらうのじゃ」




