77:ミッシングリンコ
「おい待て、ミルリル! こっちの世界でも黒色火薬、あるじゃん!?」
もういちど3人を抱えて森のある側に二百メートルほど転移。臼砲の射程外にまで逃れる。
距離を取るだけに留めたのは、皇国の銃砲技術に興味があったからだ。正確にいうと、皇国の銃砲技術に進化的欠損が発生した理由に。
「……こくしょく、なに?」
「黒色火薬。銃の弾丸を飛ばす発射薬の、原始的なものだ。あれがあれば、魔法の使用は不要、もしくは最低限で済む」
「ほう、やりよったな。あれは。まるっきり巨大な“じゅう”ではないか」
ハイマン爺さんが呆れたような嬉しがっているような、奇妙な感嘆の声を上げる。そんな悠長なことをいってる場合じゃないんだけどな。わかるけど。
俺は灌木の陰に隠れながら、双眼鏡で後方を覗いた。
ゴーレムは馬車から米袋に似た包みを受け取って、臼砲の底に押し込んでいる。装薬を一体化してあるのか。意外に進んでいるな。
いや、まだ射程距離がわからないから、悠長に観察している余裕はないんだけど。
装薬の次に砲弾を詰め、その後で底部への着火は魔法で行うと。
ある意味で、前装砲としての機構は完成している。後は、冶金技術か。砲の肉厚と砲身長を見る限り、あまり進んではいないようだ。
砲弾が球ではなく筒型なのは、なんらかの機能的理由があるのか、それとも運用上もしくは製造上の都合か。
「ヨシュア、来るぞ」
「いや、問題なさそうじゃ」
撃ち出された砲弾は大きな弧を描いて着弾、地響きを上げる。
既にこちらを見失ったのか、ずいぶんと遠く方角も見当違いなものだが、あれが当たれば間違いなく死ぬ。おまけに爆発のなかに石礫らしきものが混じっている。直撃されない限り大きな被害はない、などといっていられる威力ではなかった。
あの砲弾が大規模に運用されれば、敵対勢力は残らず殲滅されるだろう。
それは皮肉にも俺たち自身が迫撃砲で実証してしまったのだ。弓矢も攻撃魔法も小銃弾も効かない鉱石質ゴーレムと組み合わせれば、ケースマイアンにとっても大打撃を受ける可能性がある。
「あれを生かしておくと面倒だな。もう見つかったんだ、仕掛け爆弾で仕留めておくか」
「……いや、待てヨシュア」
2発目が撃ち出されたところを観察して、ハイマン爺さんが俺を止める。
「音が濁っとる、あれは、次で終いじゃな」
装薬と砲弾が込められ、今度は別の方角に向けられる。後続の部隊が周囲の警戒に当たっているため、転移以外で近付くのは難しそうだ。
3発目の発射。
ハイマン爺さんの予言通り、臼砲は鉱石質ゴーレムの腕のなかで弾け飛んだ。保持していたゴーレムもさほど損傷を受けた様子はなく、周囲にも怪我人やら死人やらは出ていない。
いっぺん態勢を立て直すつもりか、魔導師や弓兵だけを残してゴーレムは監視哨の向こうに戻って行った。
「あんな壊れ方をしたってのに、誰も驚いてなかったな」
「もともと、燃焼時の圧力が低いんじゃろ。周囲の兵も距離を取っておったし、ハナから想定内といわんばかりじゃ」
「……もしかして、あの砲、使い捨てか?」
「そうだよ。やっすい青銅砲だからね」
いきなり背後から声がして、俺たちはビクリと身を震わす。
振り返ると、薄汚れた白衣を身に纏った痩せっぽちが立っていた。雑に切り揃えた短髪に素っ気ない銀縁眼鏡を掛けたそいつは、俺を見てニヤリと笑う。
「さすがに後装式にはしたかったんだけど、まだ尾栓の強度も精度も出せないんだ、あいつら。鉄はカネが掛かるからダメとかいって、使い捨てで浪費するコストを考えられないのかな」
「……おい」
「やっぱ出てきたね、“ケースマイアンの召喚者”。それとも、“魔王陛下”とお呼びした方が良いかな?」
「お前は……」
「うっはー、それカラシニコフにウージー? どうやって手に入れたか知らないけど、まるっきりテロリストだね。でもチョイスは間違ってないかも。あんまり繊細な最新兵器じゃ、扱える人間が限られちゃうしさ」
撃ち殺すかと目顔で訊くミルリルを、俺は手で制する。
「お前も、召喚者か」
「まあね」
相手は肩をすくめ、嫌そうな顔で笑った。こんな世界に好きこのんで来たわけじゃない、ということか。そりゃそうだ。
それにしても……。男なのか女なのか、大人なのか子供なのかもよくわからない。中性的といえばそうなんだが、それよりもむしろ異常なまでの影の薄さがそういう印象にさせているようだ。
「こっちは大変だったんだよ。ろくな加護も技能も、もらえなくてさ。魔力は必死で鍛えたけど、最初は酷いもんだったしさ。一方の君は、銃火器の圧倒的パワーでこの世界のウォーゲームを支配してる。現地人とはいえ大量の人間を殺しまくるのって、どんな気持ち?」
「何も感じないな。攻めてさえ来なけりゃ、こちらから手を出す気はない。だいたい、苦労したのが自分だけだとでも思ってんのか?」
腰に手を当てて首を振る。白衣の前がはだけて、着衣が目に入る。下に着ているのは学校の制服のようだ。日本の高校のもののように見える。スカートということは、こいつ女子高生?
ぜんぜん見えん。外見も表情も口調も、印象としては“正体不明のマッドサイエンティスト”だ。
「召喚後に王国から排除された時点で、察してはいるよ。だから接触したんだしね。……でも、おかしなことをいうね。君たちがやらかした、連合領タランタレンでの虐殺劇は、末端技術者でしかないぼくの耳にも入ってるよ?」
「目的は虐げられていた亜人の救出だ。妨害する者は排除するが、目的は虐殺じゃない」
マッドサイエンティストな女子高生は、ふむ、と怪訝そうに首を傾げる。
「なぜ、そこまで亜人に肩入れを? 君は人間でしょう? しかも、日本人だ。長いものに巻かれるのが正しいとはいわないけど、少なくとも楽で安全な策だということくらいわかっているはずだけど」
「この世界の人間はクソだ。少なくとも俺が接してきた人間は、ほぼ全員がな。いま俺の仲間はドワーフとエルフと獣人たちだけだ。俺や俺の仲間を殺そうとしたやつらを殺してきただけで、人間だから殺してきたわけじゃない」
「理由は、それだけ?」
ミルリルさんがチラリとこちらを見たのを感じるが、俺はかすかに首振る。
のじゃロリさんの魅力を語らせたらちょっとうるさい俺だが、そんなもん得体の知れない相手に教えてやる義理はない。
「それで十分だろ。獣人の子供とか超かわいいしな。モッフモフの仔猫や仔犬がしゃべって懐いてくるんだぞ、最高じゃねえか」
「そっか……夢のような場所だな。ねえ、頼みがあるんだけど。ぼくも、ケースマイアンに住まわせてもらえないかな」
「「は?」」
なにいってんだ、こいつ。だいたい、どこの誰なんだよ。
「心配しなくても大丈夫。ぼくは君たちに敵対しないし、したこともない。するつもりもないよ」
「さっきから勝手なことばかりいうておるが、おぬしは何者じゃ」
いささかトゲのあるミルリルさんの詰問にも動じず、マッドサイエンティスト的な女子高生は笑う。
「皇国軍実験開発部隊三等技官。まあ、軍の閑職の、さらにミソッカスってとこだね。せっかく苦労して調整した黒色火薬を自分の手柄にしたくせに、あの程度しか使いこなせない能無しの上官どもにはウンザリしてたんだ」
「そんなことはどうでもいい、お前が誰かと訊いておるのじゃ!」
「……ああ、そうだね。ぼくは、三枝凜子。ヨシュアと同じ現代日本国の出身で……皇国に召喚された“ハズレ聖女”だよ」




