76:フォーリン
皇都から離脱した俺たちは、10kmほどを連続転移で飛んでハイマン爺さんたちの待つ岩場に戻った。
街道は傾斜に沿って大きく迂回するルートを取っているため、騎乗ゴーレム部隊の先頭はまだ目視圏内にない。
敵軍の到着を待っている間に、ミルリルから警報装置について話を聞く。
彼女が確認した限りでは、どうも魔道具というのか、俺のいた世界の常識に置き換えると“魔術を動力にした電気製品”のような物らしい。それを使って、広大な皇都全体を侵入者から防ぐ警報装置として機能していると。
「簡単にいうけど、皇都って目視した感じでは縦横数キロメートルはあったぞ。どんだけカネ掛けてるんだ、それ」
「まったくじゃな。兵はともかく、皇都の住民……城壁から見たところ万に近い数じゃが、あやつらの出入りはどうなっておるのじゃ?」
警報装置の機能はなんとなくわかった気がするものの、機材としての全体像がわからん。首を傾げる俺たちを見て、ハイマン爺さんが口を挟んできた。
「いや、それがな嬢ちゃん。あのケースマイアンに来た獣人の商人……」
「メレル殿か」
「そうじゃ。あの男から聞いた話では、魔道具は皇国の名産で、簡易な機能の物ならば庶民でも手に入るほど安価らしいのじゃ。わしの見立てでは、大規模な魔道具を大金掛けて稼働させるのではなく、安く小さなものを大量に配置しておるのではないかと思うのじゃ。大方、住民にも、その識別子とやらを持たされておるのじゃろ」
「魔珠の供給はどうしておるのじゃ?」
「暗黒の森に接しておる西部域で、弱い魔獣から採取するらしいのう。一部では、ほとんど牧畜に近い形の魔獣確保が行われているということじゃ」
魔珠って、電気製品でいうところの電池に当たるものか。廉価大量生産に向けたシステム作りが始まってるって、スゲエな。それが事実なのかどうかは知らんけど、ミルリルさんの反応を見る限り、ハイマン爺さんの説にはそれなりの現実味があるようだ。
「皇都の内情を調べることは出来なかったが、王国とは違う防衛事情がわかっただけでも良しとしよう」
侵攻部隊の大まかな戦力構成も見ては来れたのだが、それだけならこの場に留まっていても結果は同じだというのはわかっているので敢えて口にはしない。
狭い監視哨で息を殺しながら、のじゃロリさんとひっそりイチャラブな時間を過ごせただけで俺は満足なのだ。負け惜しみだけど。うん。人目を気にしつつ警戒しつつだから、落ち着きないことこの上ない。中学生レベルの甘酸っぱい時間であった。
「おうヨシュア、そろそろ先頭がお前の仕掛けの上を通るぞ?」
眠そうなヤダルの声に、俺は薄桃色の夢想から現実へと復帰した。
双眼鏡を向けると、いつの間にやらやってきていた皇国軍侵攻部隊の先陣が街道を移動してくるのが見えた。
先頭は10騎ほどの騎兵だ。何事もなく通過して無人の監視哨で留まる。どうやら兵がいないことに腹を立てているようだが、大部隊の先頭が足を止めるわけにもいかず、そのまま街道を南下してゆく。その先はフラットに固められた路面。しばらくは索敵しながら露払いを行うのだろう。
騎兵からわずかに遅れて、軽歩兵を従えた粘土質ゴーレムの部隊。粘土質ゴーレム2体につき歩兵20名がひとつの行動単位らしい。それが10単位、ということは粘土質ゴーレムの総数のうち約半分が前衛。残りは後衛か。
これもまた何事もなく通過。ミルリルさんが、怪訝そうに俺を見る。
「まだかの?」
「どうだろうな、総量で限界を超えるのがどこかは、やってみないことには……」
「なんだよヨシュア、仕掛け爆弾か?」
「いや」
それだと、ケースマイアンの仕業とハッキリしてしまう。無駄にヘイトを集めるくらいなら、何もやらない方が良い。下手すると王国に向かうはずの部隊まで自分たちのところに引き寄せてしまう。
樹木質ゴーレムの部隊。これも全数の半分、2体ずつ街道の左右に分かれて4体が、歩兵と騎兵の混成部隊を引き連れながら通過してゆく。その後に続くのは重そうな大型馬車が20両ほど。荷台には防水布を掛けられているが、おそらく分解した鉱石質ゴーレムだろう。その後を進んでくるのが、唯一稼働状態の鉱石質ゴーレム。皇都で確認した、臼砲を持ったやつだ。
「あ、これは……そろそろかな?」
周囲を警戒しながらのしのしと進んでいた鉱石質ゴーレムが、いきなりグラリと前のめりに崩れる。バランスを取ろうと出した足が埋まり、突こうとした手も埋まって前転するような勢いで落ちてゆく。連鎖的に崩れた地面に前を行く荷馬車や樹木質ゴーレムの部隊も呑み込まれ、周囲の悲鳴や怒号がこちらの耳にも響いてくる。
「……これは、なかなかにえげつないのう……」
俺が掘った落とし穴だ。監視哨の脇から縦穴を掘り、そこから街道に沿って長さ十メートル、幅と深さが七~八メートルほど地中をゴッソリと広範囲に収納しておいたのだ。
まさか本命通過まで持ちこたえてくれるとは俺も思っていなかった。皇国側で表層を硬く圧縮していたのが仇になって、耐久重量が恐ろしく高くなっていたようだ。
穴に呑み込まれたゴーレムや兵士たちの状況は見えない。落下の衝撃で無力化できればよし、できなければ他の手段を考えるまでだ。
たとえば……
「ちょっと行ってくる。ミルリル?」
「いつでもよいぞ」
のじゃロリさんをお姫様抱っこして、俺は短距離転移で街道まで出る。倒れて縁に引っ掛かった馬車の陰に隠れ、周囲を警戒しながら穴のなかを覗き込む。ずっと気になってたことを試してみるのだ。
「収納!」
気合を入れてチャレンジしたものの、不発。奪えたゴーレムは馬車で分解移送していた鉱石質ゴーレムの、しかも末端部品だけだ。腕が1本と、脚が2本。武器らしき筒がひとつ。
俺はミルリルに首を振ると、発見される前に岩山の上に転移で戻る。
「どうだったのじゃ?」
期待に満ちたハイマン爺さんに、俺は苦笑を返すしかない。
「ダメだ。ゴーレムってのは、まさか生命体扱いか?」
「“生きている”の定義にもよるかのう。騎乗ゴーレムの元は、暗黒の森に棲む魔物を皇国が魔道具に改造したものとは聞くが」
「そこまでわかれば、もう用はない。撤退だ。ヤダル、爺さん、つかまれ」
大型ゴーレムが5~6体、随伴歩兵が3~40名は落とせたと思うが、無力化までできたかどうかは不明。穴の底で動いている者はいたようだが、手持ちの武器では止めを刺すところまでいけない。この間にも後続は迫ってきているのだ。ケースマイアン近くまで戻って、迎え撃つ準備に入った方が良さそうだ。
3人を抱えて街道の先まで転移で飛ぶ。三キロメートルほどある森の端まで一気に飛ぼうとしたが、先行していた騎兵部隊とぶつかりそうになって、咄嗟に行先を変更する。飛んだ先は、まだ見晴らし抜群のフラットな街道の上だ。焦って目測を誤ったか。いっそ道の端にある藪にでもターゲットしておけばよかった。この路面状況では視認され的になる。
振り返ると二百メートルくらい先に見える落とし穴から、巨人が這い上がるところだった。
「魔法探知が来るぞ」
「転移する、つかまれ!」
道路脇の(といっても街道から二十メートルは離れた)藪のなかに短距離転移。有視界だけでも発見される可能性を避けて次のジャンプに備える。
「いまの術者はかなり強力な魔力の持ち主じゃ、探知阻害で防ぎきれたかどうか……」
その魔導師から指示されたのか、鉱石質ゴーレムが地面に膝をつくと抱えていた臼砲をこちらに向ける。あきらかに、俺たちを察知していた。
転移しようとした俺は、ゴーレムが持つ臼砲が白煙を上げるのを、怪訝な思いで見る。
「……あ、あれ? 礫を撃ち出すだけの筒なんじゃ……」
困惑する間もなく、時間差で着弾した目の前の地面が派手に爆炎を上げた。
「おい待て、ミルリル! こっちの世界でも黒色火薬、あるじゃん!?」




