75:欠落した技術
皇国軍の監視哨を潰して、お楽しみの準備をした俺たちは、死体と物資を収納して移動。皇国側に進んだ森のなかで身を隠しながら皇国部隊の進軍を観察できる位置を探した。
「このまま皇都まで行くんじゃないのか?」
「時間がないんで、ミルリルと俺が転移で行く。爺さんとヤダルにはここで監視と攪乱を頼みたい」
「となると……あの辺かのう?」
ハイマン爺さんの目利きで決めたのは、街道を見下ろす岩場の上だ。地面からの高さは15mほどか。そこを野営ポイントとして、調達しておいた軍用テントを張る。なかにはスリーピングマットを敷き、厚手の毛布を2枚置いた。寝袋もあるが、夜でもあまり気温は落ちないので必要ないといわれた。
街道からは距離にして150m近い。気取られる心配はないと思うが、周囲の警戒と自分たちの安全を最優先にしてもらう。五感と身体能力に優れたヤダルがいれば大丈夫だろう。
「ほう、“てんと”っちゅうのは、簡易天幕か。野営の雨避けにしては、立派なもんじゃのう?」
「携行食も置いとくから、食事時間以外に腹が減ったら勝手に食ってくれ」
「やったー♪ “ちょこ”は?」
「……あるけど、食い過ぎるなよ?」
ヤダルは虎系の獣人ということで、チョコやらナッツを喰わせるのには、どうにも抵抗がある。本人は体調不良など起こしたことがないといっているんだが……。
ヤダルやハイマン爺さんと別れ、俺はミルリルを抱えて皇都郊外まで転移する。魔力量が増えたのか、10kmほどの転移でも目立った変調はなかった。そのまま人目に付かない位置を探りながら皇都を囲う城壁の上へ転移。
城壁上は通路になっており、20mほどの間隔で小さな監視哨が組まれている。
立哨として配置された兵員は各監視哨に2~3人といったところか。巡回はせず、座って談笑しているだけ。軍内部でも地位が低いのだろう、勤務態度も熱心ではない。とりあえず制圧の必要はなさそうだ。
「……ヨシュア、ここまでじゃ。皇都内は魔導障壁が張られておる」
「気付かれずに入れないか?」
「城門内の魔法陣から警報装置に連結しておるようじゃ。皇国軍兵士であれば、識別子を持っていると思うんじゃが……」
「城壁の兵士を倒して手に入れるか?」
「探知魔法が、定期的に回ってきておる。あれは生体反応を検知しているのではないかのう?」
ダメか。とりあえずは、城壁上からの監視に留めるしかない。
「俺たちも、その探知魔法に引っ掛かるんじゃないのか?」
「こちらに向けられたときには、わらわの探知阻害で対処できるはずじゃ」
「よし、任せた。隠れられる場所を探そう」
しばらく動き回って、城壁の一部が倒壊しているのを見つけた。巡回ルートが分断されて、こっちに人は来ない。その近くの監視哨は崩落の危険があるらしく、使用禁止といった感じで木柵が置かれていた。
「うむ、ここじゃの」
そこから待機に入って2日目。いい加減、携行食にも飽き飽きしてきた頃、ようやく先陣が動き出した。なんだかいう皇国軍魔導師から聞いていた予定の通りだ。俺は双眼鏡で装備や人員を確認する。
ちなみに前の双眼鏡はミルリルさんに取られたので、ケースマイアンで公務に使用する分も合わせて追加で購入した。君らの視力だと必要なくない? とは思わんでもない。
「かなりの兵数だな」
眼下を通過してゆく皇国軍部隊は、数も練度も、俺が見た王国軍に勝るとも劣らない。周囲の警戒も厳重で、装備も整っている。
「そうかのう? 聞いていた数とほぼ同じだと思うのじゃが」
「ゴーレムに関してはな。しかし、騎兵が2百に……歩兵が2千はいるぞ。これ、やっぱ戦車で正解だったな……」
「他の選択肢があったような口ぶりじゃな」
「まあ、いくつかはね。その方が単純で簡単で安上がりだったけど、ケースマイアン側に被害が出た可能性が高い」
「戦で人は死ぬもんじゃ」
それは、わかってるけどさ。いや、頭ではね。
正直なところ俺にとってケースマイアンは、そうまでして守りたいものでもない。でも住人たちにとっては違うんだろ。だったら、俺の好きなようにやらせてもらう。
誰も殺させないし、傷付けさせない。俺の身内に手を出す者は潰す。この世界ごとだって、敵に回してやるよ。
なんたって魔王だからな! イマイチ自覚ないけど。
「世界最大最強の軍は、王国なんじゃなかったのか? 俺の見たところ、皇国軍の方が手強そうなんだけど」
「総兵力40万という王国軍の戯言を真に受ければ、たしかに最大の軍じゃ。しかし大半は王の動員に応じぬ貴族領軍、対して皇国は総兵力20万ほどじゃが、皇帝の命によってのみ動く “ひとつの軍”じゃ。命令系統だけでなく、兵科の編成も予算配分も育成計画も、忠誠もな。平時はともかく戦時や非常時には、どちらが生きるかなどいまの状況を見るまでもあるまい」
「なるほどね。看板倒れの王国軍とは違うってわけだ。……敵に回すと、面倒だな」
「それにのう、皇国の軍は、王国と比べて魔導師の比率が高い。それは戦力の嵩上げだけでなく、情報の管理と輜重(補給)の軽減につながっておる。軍権の統一もあって、動きは王国軍よりずっと早いぞ」
うん。動きを見て、なんとなくわかってる。
そもそも、練度以前の問題なのだ。皇国軍の馬車は足回りがしっかりしてるようだし、サイズも大きい。馬車を引く馬の種類も違っていて、馬体が大きくて力が強そう。
最初に接触した皇国軍先遣隊の馬は、王国軍と同じサラブレットサイズの馬だったんだが。
「ミルリル、あの馬は?」
「皇国馬じゃ。走る速度はわずかに遅いが、馬体も力も持久力も王国馬の2倍近い化け物じゃな」
農耕馬や騎乗用の馬と牽引用の馬を分けて育成しているのか。ずいぶん贅沢だな。
「皇国馬は気難しい上にカネが掛かるぞ」
「ちょっと欲しいけど、ケースマイアンじゃ使い道はないな……」
「ヨシュア、来たぞ。鉱石質ゴーレムじゃ」
「おう……って、なんだ、あれ?」
ミルリルの指さす方向を見ると、小山のような身体がのしのしと歩いてくるところだった。
体高8mほどか。思っていたより、動作は滑らかで自然だ。プロポーションが幾分ずんぐりしている以外、ほぼ人型の巨人だ。
いまのところ、稼働状態の鉱石質ゴーレムは1体だけのようだが、俺の目を引いたのはその巨体が抱えている代物だった。
なんというのか……大きな、短筒? 砲身は短く、径が大きい。臼砲というのが近いか。俺が振り返ると、ミルリルが苦笑を浮かべていた。
「……阿呆が。性懲りもなく、あんなものを」
「ミルリル、あれがなんなのか知ってるか?」
「砲の尻に魔法陣が描かれておるし、魔珠の反応もある。魔導加速砲、というやつじゃな。魔法の力で鋼の弾体を飛ばす、いわばヨシュアの武器の魔法版じゃ」
「……え? こっちにも大砲の発想はあったのか?」
「理屈だけなら大昔からあるが、まさか本当に作るとはのう?」
こっちで火薬の発明があるのかどうか知らんけど、構造も発想もさほど難しいものではないし、あの程度の物なら考え付くやつはいるだろう。けど、ミルリルの発言に多少の違和感があった。
「本当に作ったことが、なんでそんなに意外そうなんだ?」
「割に合わんからじゃ。能力の壮絶な無駄遣いを“龍に芸を仕込む”というんじゃが、まさにそれじゃな」
手間暇掛けて大金を使って、遥かに安く代用の利く結果をしか出せないことを指すらしい。
意外なことに、この世界でも銃砲の発想自体は、100年以上も前からあるそうな。
蒸気圧を使ったものや、空気圧縮式、機械仕掛けの打ち出し式など、威力もサイズも性能もコストも実効性も様々。いわば、“技術者なら誰もが通る陥穽”あるいは“永遠の課題”として、一時は百花繚乱の様相を呈していたのだそうな。
「結局、弓矢を押し退けて実用化に至った物は、ひとつもなかったがの」
「なぜ?」
「戦争に使うほどの威力を出そうとすれば、運用負担は攻撃魔法以上じゃ。しかも効力は魔法より劣る。いかな高威力だろうと、飛んでゆくのは金属の礫でしかないのでな。爆発魔法の魔法陣でも書けばよかろうが、そうなると費用はさらに跳ね上がる」
そっか。黒色火薬は、生まれなかったみたいだな。後で話してみようか。
「かくいうわらわも、同じ轍を踏んだひとりよ。この、“自動拳銃”と“短機関銃”の構造は、すぐにわかった。機能も素材も大方は理解した。しかし、同時にドワーフの技術をもってすら難しいことも思い知ったのじゃ」
「作れないのか?」
「もう少し大きくて単純な……例えばM1903小銃に似たような物なら、でっち上げられんこともないのう。しかし、問題は弾薬じゃ。超小型精密魔法陣なら、同じ機能を実現することも不可能ではないが……おそらく、1発で金貨4枚近く掛かるのじゃ。戦闘になれば好き放題バラ撒くものに、許容できる値段ではあるまい。いかに高性能でも、出せるのはせいぜい銀貨程度じゃ」
「銀貨っていうのは、どれくらいの価値があるんだっけ?」
「庶民の食費ふたり分、といったところか。小銃弾の値段は、いかほどじゃ?」
「あーっと、こっちの貨幣価値わからんけど、庶民の食費ひとり分で30-06なら3~4発、AKMの弾薬なら、10発近くは買えるかな? 45口径弾は、わからんけど5~6発か?」
「1発につき銅貨数枚といったところじゃな。……つまり、そういうことじゃ」
もしかしたら、当初ドワーフが銃器に抵抗があったのも、受け入れた後の対応が早かったのも、近い原理や発想は既に知っていたからか。欠点や問題も含めて。
「ヨシュア、探知魔法が来る。伏せとくのじゃ」
俺たちが伏せた監視哨の前を、その“壮大な無駄遣い”を抱えた巨人たちが進軍してゆく。大量の随伴歩兵を従え、“元・世界最大最強の軍”が待つ、崩壊寸前の王国へ向けて。
ホント、あいつらケースマイアンを放っておいてくれるんなら、無事に通過させてやったんだけどな……。




