71:動き出す巨人
いつの間にやら秋も深まり森も色づき始めたケースマイアンに、皇国軍騎乗ゴーレム部隊が進撃に向けて集結し始めたとの報告が届く。
俺やドワーフなど一部の人間にとっては、待ちに待った知らせだった。広域の上空警戒を行ってくれていた有翼族のお手柄だ。
「そういや有翼族のひとたちって、まだ会ったことないな。お世話になってるから挨拶しないと」
「嫌でも祝勝会で会うことになるのじゃ」
「楽しみじゃのう……わしのT-55の初陣じゃ」
ある意味で有翼竜をも凌駕する圧倒的破壊と絶望の象徴であるゴーレムを、楽しみにしている時点で色々と麻痺しているんだろう。ケースマイアンの住人たちも慣れたもので、(比較的)常識人に属する獣人や女性陣も生温かい笑いを浮かべて見守るだけだ。
「うむ、ヨシュア。ここは“えくさーる”で偵察じゃな!」
うん、XRね。ホンダのオフロードバイク。内燃機関の基礎教材として手に入れたものだが、いまは6台全部が整備済みで稼働状態にある。獣人たちの何人かは乗れるようになって、キャッキャいいながら遊んでたりする。いくつかの車体前部に鹿かなんかのツノが付いてたりするのが気になるけど、まあそれはいい。
偵察の前に、まずは地図を開いて作戦会議だ。
この地図、上空偵察の有翼族から聞き取りで作られたらしく、簡易ではあるがなかなかわかりやすい。
改めて俯瞰で見るとケースマイアンって、本当にどん詰まりだな。わかってはいたけど、攻められたら逃げ場がない。
南側平地の整備が済んだら、北側に広がる暗黒の森を早めに開発しようと心に刻む。
「敵の現在地は?」
「前に皇国軍と戦闘を行った街道分岐点があったじゃろ。ここじゃ」
ああ、この前の獣道んとこじゃなく、メレルさんたちを救出したところね。
「有翼族によれば、先遣隊が分岐点から皇国側に30哩のところで哨戒中、というから……ここらじゃな。本隊はまだ国境線の向こうで戦列を調整しておる。装備がものだけに、まだしばらくかかりそうじゃの」
「それで、嬢ちゃん。数はどの程度なんじゃ?」
「聞いたところでは、本隊は最大で60前後、斥候が目視できただけでも粘土質30から40、樹木質8から10、鉱石質が3から6じゃ」
「ずいぶん幅があるんだな」
「どうも主力は大型馬車で分割移送するようなのじゃ。防水布を被せておるから、上空からではわからん」
「それはそうじゃろな」
ミルリルの話を聞いて、ハイマン爺さんがうなずく。
「ただでさえ大型機械の移動というのは、ひどく気を使うもんじゃ。まして歩くというのは機械にやらすとかなり面倒な動きでな。魔導師による制御、魔力消費と各部の摩耗・損耗、それを運用する人材と機材の管理、それだけで気が遠くなるような負担になる。戦場まではバラして運ぶのが最善策なんじゃ」
「現地で組み立てるのは良いが、途中で敵に遭ったらどうするんじゃ?」
「即応戦力として粘土質が多めなんじゃろ。先遣隊とやらには?」
「ゴーレムは含まれておらん。軽騎兵と軽装歩兵だけじゃ」
事前に調査して主戦場までの安全は確保すると。その辺は一応、考えられているみたいだな。皇国軍って数百単位の兵を無為に潰されているから無能なイメージがあったんだけど。
「60のゴーレムって、皇国軍全体からみて割合はどれくらいなんだ?」
「総数はわかっておらんが、メレル殿の情報網によれば、皇都防衛用のゴーレム以外は、ほぼ総動員しているという話じゃ」
安価で単純で創造も比較的容易く、数の上では主力となる粘土質ゴーレムは体高2.5~3mほど。脆いので自重を支えられないとかで、あまり大型のものはない。
樹木質ゴーレムでは少し大型化し、体高4~6mといったところ。軽くて機敏な動きを見せる代わり火に弱く、魔力の通りは良いが抜けも大きいため、あまり高出力・高機能のものはないそうだ。
本命の鉱石質ゴーレムだけは、ほとんどが体高8mを超える。場合によっては複数のコアを搭載した超大型や4足歩行のものもあるのだとか。
今回の皇国軍騎乗ゴーレム部隊にそんな規格外が含まれているかは、馬車の掛布を被せられた現状では不明。
鉱石質になると、掛けた手間と金額と魔珠しだいで、どこまでも強力で高出力なものが開発可能らしい。
「なあに、心配せんでも“災厄”クラスのゴーレムを運用するには国軍の大隊を維持するほどのカネと人手と魔力と労力が必要じゃ。そんな化け物が無尽蔵に出現する訳ではないわ」
ハイマン爺さんは笑うが、ふたを開けてみないとわからないのも事実だ。
ケースマイアンに攻め込んできた王国軍といい、その結果を知らんのか知った結果なのかは不明だが王国制圧にゴーレム部隊を総動員してきた皇国軍といい、どうにもコストの掛け方がおかしい。
「当座の問題は、分岐点で何体がケースマイアンに来るか、じゃな」
「手持ちの戦車砲弾は60、どの程度の威力でどこまで効果があるかは撃ってみないとわからんけど、鉱石質以外には過剰火力だな」
「粘土質と樹木質は、問題ない。いくらでも、こちらで引き受ける」
黙って聞いていたエルフの巨漢ケーミッヒが軽く手を上げると、エルフのBAR射手たちも揃ってうなずく。表層が土や木材なら、30-06弾やシモノフの重機関銃弾で撃ち抜けるか。仮に無理でもエルフならヒット&アウェイで問題ないだろう。
「動力魔珠を壊せば止まるんだっけ?」
ドワーフのハイマン爺さんがうなずく。前に聞いた話では、魔力を吸収変換する動力源として、稼働用魔力を四肢に送っているのだとか。
ただし、動力魔珠の位置は、人間の急所のように決まっているわけではない。ゴーレムの設計と形態次第だ。
「コアの位置は、どうやって特定する?」
「操作のために魔力を注ぎ込むので、搭乗員の手足が届く範囲にはあるはずじゃ」
「わからなければ搭乗員を撃っても良いぞ。ゴーレム本体より価値は低いが、それなりの技量を持った魔導師じゃ、そう簡単に替えは利かん。戦場ではなおのことじゃ」
機体を壊さなくても、パイロットを殺せば飛行機は堕ちると。まあ、合理的ではある。初めて見るゴーレムを鹵獲できるなら俺も嬉しい。
「敵情を知るのが先決だな。いちど偵察してみるか」
「それは良いがヨシュア、おぬし、やけに嬉しそうじゃのう?」
そりゃそうだ。だって、巨大ロボットですよ(ゴーレムだけど)!?




