70:真の魔獣
市場を消すと、俺は久しぶりにステータスを確認する。
しばらく完全に忘れていた。興味がなくなったといった方が正しいか。なにが出来てなにが出来ないかは、ステータスとあまり関係しないからだ。
銃器主体で戦う俺は、元々あまり身体能力に依存していない。常用するのは転移と収納と市場だが、通常の使用をする限りさほど魔力を消費しない。ハンヴィーごと転移して魔力切れを起こしたのは、かなりのレアケースだ。
……まあ、あんときステータス見てれば状況把握は、できたんだろうけどな。
「あれ?」
現れた数値を見て、俺は首を傾げる。
階位:06
体力:174
魔力:1292
攻撃:621
耐性:789
防御:796
俊敏:887
知力:390
紐帯:11
技能:
鑑定:256
転移:6966
収納:4972
市場:9788
「……ちょ、これ魔力と技能以外、全然伸びてなくない?」
階位は上がっても、鍛えないと数値は伸びないのかな。いかに技能(と銃)頼りかという話だ。格闘とか運動とか、ほとんどしてないしな。獣人やらドワーフやらエルフやら、身体能力がシャレならん連中に囲まれて、いまさら格闘とか覚えても、とか思ってしまう中年の怠惰さ。
召喚のときに聞いた話じゃ一般人の最大値100中央値50とかいってたじゃん。それがホントなら、俺ちょっとしたトップアスリートくらいになってるはずなんだけど。
あ、ちょっと待て。前に、のじゃロリさんのフックを食らっても“痛い”で済んでたのは彼女が気を使ってくれてたんじゃなくて、俺の耐久力が上がってたからか!?
「……おぅふ、頑張った俺」
「ほう、おぬしの体力値は、いま、どのくらいなのじゃ?」
俺がステータスを見ているのがわかったのか、ミルリルさんが横から覗き込んでくる。いや、本人以外には見えないはずだから、覗き込んでどうなるもんでもないんだけど。
「ええと……体力174、攻撃621、防御796の、俊敏887」
「そこそこじゃな」
こんだけ伸びてもケースマイアン基準じゃ“そこそこ”かよ。
「俊敏性は、悪くないのう。それなら白兵戦にも使えよう」
「転移の合間に試してはみたんだけど、すぐ息切れるんだよね」
「それは体力が低いからじゃ。鍛えんと数値は伸びんぞ?」
「低いっても、178だぞ? ステータスって、一般人の上限が100で中央値が50って聞いたけど」
「人間だと、そんなもんかもしれんのう」
「え」
たしかに聞いたのは王国で召喚されたときだから、人間の数値であることは間違いないのだが。
獣人やらドワーフやらは違うということか?
「たとえば獣人では、生まれたときから体力系数値がいくつか100を超えとるのがふつうじゃ。エルフやドワーフでも体力100など、ひよっこ扱いじゃな」
比較の対象がおかしいんですけど。まあ、参考程度に聞いておこう。
白兵戦で獣人と渡り合えるのは一般人の限界を突破した超人、たとえば勇者くらいしかいないってことか。それともこの世界、一般人以外が意外と多いのか。
「なるほどね。それにしても……」
魔力と技能の伸び(だけ)がスゲぇな。元の数値を全部は覚えてはいないんだが、そこだけハッキリ突出してる。使ってない鑑定は全然だけど。
頼りっぱなしの使いっぱなしな市場が急上昇しているのは、わかる。でも、転移まで爆上げしてるのは、魔力切れでぶっ倒れたのが影響してるのかな。たぶん、限界まで使用すると伸びるってことなのだろう。
毎度それで伸ばすというのも、あまりやりたくはないな。
数字がどのくらいまで行けば、どのくらいのことが可能なのかわからないのが辛い。
いや、正確にいうと辛くはないんだけど、トライ&エラーばっかでステータスを見なくなる。その結果がこの歪なパラメータなわけだけど。
市場の数値が1万を超えたら、戦車の引き取りを試してみるか。
うわー、なんかワクワクしてきた。
「ヨシュア、なにをニヤニヤしておる。それは、なんぞ企んでいる顔じゃな」
「うむ、ミルリル参謀! もうすぐ貴様に魔王軍機甲部隊の力を見せてやれるぞ! うははは……!」
「…………ふむ。それは、よかったのう?」
のじゃロリ先生は乗ってくれず、“可哀想な小学生男児を見る母親”、みたいな生温かい目で優しく微笑む。
がんばってキャラ作ったのに、ひどいな。
◇ ◇
建材を中心とした購入量が予想より嵩んだせいで、運命の日は案外すぐに訪れた。
ケースマイアン前の平野に姿を現した2両のT-55戦車を見て、俺は大きく頷く。
「……スゴい! デカい! 強そう!」
「まあ、そうじゃな。しかし大丈夫か、ヨシュア。口調が阿呆の子のようになっておるぞ?」
ミルリルさんは呆れているが、他に表現のしようがないのだ。
男は巨大兵器を目の当たりにすると、誰もが著しく知能が低下する。これは、本能だからしょうがない。うん。
主砲を除けば、数値上の縦横高さは軍用トラックやスクールバスとそう大きく変わらないんだけど、武骨さと重量感と、なにより迫力が他の車両の比じゃない。
1950年代から運用され始めたT-55は戦後第1世代という骨董品だ。いまだに世界中(ほとんどが途上国)で現役運用しているとはいえ、現代の戦車(3~3.5世代)と比べたら話にならない性能なんだろうが、この世界では紛う方なき陸の王者。無敵の化け物だ。
ああ、これなら何が相手でも勝てそうな気がする。たかがゴーレムが、なんぼのもんじゃい!
2両とも希望した通りのチェコ製だけど、期待してた12.7×108ミリの対空機銃(ハッチのところに搭載する)は在庫がなかった。
機銃は主砲同軸の7.62×54ミリR弾だけ。あ、これドラグノフ狙撃銃と同じ弾薬だな。ドラグノフ、たぶん買っても使わんけど。
ともあれ、エネルギー量が小銃弾の5倍以上はある高威力の重機関銃が手に入れば戦い方に幅が出たのに、ちょっと残念。
今回のT-55で重量35トンまでは調達可能とわかったため、今後の選択肢は大きく増える。
まあ、戦車の追加はしばらく無理だけどな。
調達コストもすごかったが、最大の問題は運用だ。さすがにこれ以上の戦車を揃えるのは搭乗者の育成と整備・補給体制で無理があるし、そもそもゴーレム戦後には使い道もない。
わかってはいるけど諦められず、サイモンにメルカバ見付けてきてって頼んだら呆れられた。無理に決まってんだろって。
ちぇ。
「のう、ヨシュア」
「なにかね、ミルリル上等兵!」
「なんじゃその口調……まあ、それはええわい。そんなことより、この“せんしゃ”とやらなんじゃがのう?」
「うむ」
「こやつの車体が緑っぽいのは、森やら草原で少しでも紛れるためであろう? それはわかるが……もう片方のは、なんで白いんじゃ」
ああ、そうね。俺も思った。
これ絶対、国連平和維持部隊のだろ。塗り潰してあるけど“UN”って跡残ってるし。
サイモン、どっから持ってきたんだよ。
「白いのは、雪原に紛れるためだ。これはウラルやAKと同じく、北の国ロシアの戦車だからな」
「なるほど」
ウソは、いってない。すべてが本当ではないけどな。うん、社会人ぽい。
しっかし、砲塔に弾痕スゲーな。かなり抉れてるとこ見ると、重機関銃の弾丸かな。
装甲を抜けてるのはない、みたいだけど……これ内部洗浄が必要な状態じゃないだろうな。
「おう、ヨシュア!」
2号車と名付けた白いT-55の前部操縦手席から、ドワーフのカレッタ爺さんがヒョコッと顔を出す。片手にスパナ、片手に潤滑油。満面の笑みを浮かべて興奮状態だ。
ドワーフたちも俺と同じく、戦車の迫力に当てられている。いや、どうみても俺以上だな。
「こいつは素晴らしいのう! M1919も夢のような機械じゃったが、これはもう……ドワーフの夢を形にしたような代物じゃあ!」
「……あ、ああ。よかったな。それで、ハイマン爺さんは」
「1号車の整備をしておる。しっかり見張っておかんとバラバラにしちまうかもしれんぞ?」
「ふむ、その気持ちはわかるのじゃ」
いや、ミルリルさん、わかられても困るんですが。
ケースマイアンのドワーフたちは揃いも揃って凄腕の鍛冶師と機械工ばかりだが、研究熱心なのかドワーフの血なのか、新しい機械製品を見ると探究心と好奇心に駆られて分解してしまうのが玉に疵だ。
驚異の学習能力で機構と構造と材質と生産方法、整備方法や問題点を洗い出し把握しスキルアップしてくれる、のは良いんだけど……元に戻せる確率はそんなに高くない。
特に初回は復元率50%を切る。トライ&エラーで最終的には組み上がるというのだが、少なくとも戦車でそれをやられると皇国軍の侵攻に間に合わなくなる可能性が高い。
最初は簡易分解に留めなさいよと思うんだが、その辺りは中途半端で終わらせるのが気持ち悪いのだとか力説された。
寸止めはイヤ、って気持ちはわからんでもないけどね。
「ハイマン爺さーん!」
「おう、ちょっと待っとれ。操作手順を教えとるところじゃ」
緑ボディの1号車からくぐもった声が聞こえてくる。砲塔の装填手用・戦車長用ハッチからひょこりと顔を出したのは、若いドワーフのルッキとミッキ。彼らが出てくると、奥からハイマン爺さんが顔を出す。操縦手用ハッチからは、これまた若手ドワーフのサッキ。揃って北欧出身者みたいな名前だけど、機械工としてはなかなか筋の良い3兄弟だそうな。
「どうしたヨシュア」
「砲弾を持ってきた。管理は戦車長が頼む。ハイマン爺さんとカレッタ爺さんでいいんだよな?」
「もちろんじゃ!」
車長、砲手、装填手、操縦手の4名、かける2両分で8名が必要なのだが、若手含めて全員がドワーフだ。
戦車兵というのは、重たい履帯や砲弾を運んだり、硬いレバーを操作したりと腕力がいることもあるのだが、そもそも車内が狭いので大柄な獣人は無理なのだ。
成人男性に限定しなければいいのかもしれないけど、女性や子供をゴーレムの大部隊が押し寄せる最前線には出したくない。俺もそうだが、当のドワーフたちが拒絶した。
最大の理由は、単に自分たちが乗りたいからだと思うけどな。
「ヨシュア、実戦前に主砲の試射が必要じゃ。どれだけ撃てる?」
「こっちに来るゴーレムが何体かによるな。手に入れた砲弾は60発。追加が購入できるかは不明だ」
入手した砲弾は徹甲弾が40と対戦車榴弾が20。追加が出れば仕入れてくれるとサイモンはいっていたが、その時期は不明。当座はこれで凌ぐしかない。
「……わしとカレッタで4発ずつじゃな」
「射線の確保は慎重にな。こいつの砲弾、10哩は飛ぶぞ」
「ほほう、そんなにか。だったら、少し待つかのう。的は、すぐにやってくるじゃろ」
うん。そうだけど、それは実戦ていわないですかね。




