69:変貌する者たち
転移で飛んだ先では懸念していた通り、既に戦闘は終わっていた。
最初に目についたハンヴィーに近付くが、車内に人影はない。銃座から雨が降り込んでいるというのに、どこに行ったんだか。
「ミルリル!」
先に進むと、泥濘のなかに転がる、大量の死体。
どれだけ暴れ回ったのやら、3体にひとつは片目がなく、4体にひとつは頭がない。
動くものはひとつもなく、草木を叩く雨音の他にはなにも聞こえてこない。折り重なって倒れた皇国軍の兵士たちは雨で血糊が流され、モノクロームのオブジェのように見えた。
高まる胸騒ぎを、俺は必死に鎮める。
大丈夫、ただの杞憂だ。なにも起きていない。起きるはずがない。だって……
「おい、ミルリル!」
ガサリと藪を掻き分ける音に振り返ると、遠くで軍馬が不機嫌そうに嘶きながら、鐙でつながった騎兵の死体を引き摺ってゆくところだった。
あの脳筋ガールズ、なんで誰もいないんだ。冗談だろ、おい……!
「どこだ! ミルリル! ミーニャ! ヤダル!」
「……シュア」
俺の名を呼ぶ声に、泥沼のような皇国陣営に向かう。倒れてひしゃげた皇国軍の馬車には、無数の弾痕が残っている。流れ弾を食らった馬が周りの兵士たちを押し潰しながら死んでいた。
簡易天幕のなかを覗くと、皇国の貴族らしい指揮官風の男がいた。誰かに拷問でも受けたのか、恐怖の表情に凍ったまま事切れている。両脚は膝から下がなく、腿に止血帯が巻かれたまま。頭を胸に抱いているのがシュールだが、そんなことはどうでもいい。
「ミルリル!」
天幕を回り込んだ俺は、ようやくミルリルたちを見付けた。
3人ともずぶ濡れのまま、皇国軍陣地の木箱に座り込んでいる。こちらを見ても反応がないことにゾッとして、俺は彼女たちの顔を覗き込む。寒さのせいか血の気は引いているが視線はしっかりしていて、いますぐ死ぬような怪我ではない……ように見える。
「……ヨシュア、よう戻ってくれた。すまんのう、わらわの我儘に……」
「そんなことはいい! お前ら、怪我は!?」
「……ん? おお、大丈夫じゃ、問題ない。……まあ、身体はのう」
「身体は? 他に問題でもあるのか?」
「ゴーレムが来る」
口籠るミルリルに代わって発せられたミーニャの言葉に、俺は首を傾げる。
ゴーレム? なんの話だ?
「皇国軍の、騎乗ゴーレム部隊。“悪夢の巨人”と呼ばれてたそれが、国境沿いに展開してる。そこの皇国指揮官が、死に際にいってた。わたしたちは、もう終わりだって」
ミーニャの口調は深刻そうだが、俺にはまるで実感がない。
敵は殲滅されて、3人も無事だったことがわかり、とりあえずの不安も消えた。これから先にどんな敵がどれだけやってこようと、なんとかなるだろうという程度の感想しかないのだ。
「へえ……ゴーレム、いるんだな。そりゃいるか。エルフもドワーフも獣人もいて、ワイバーンまで飛んでるんだからな」
押し寄せる巨大ロボット(ゴーレムだけど)とのガチバトルとか、厨二のロマンだよな。
騎乗、ってことは跨ぐのかな、乗り込むのかな。いいなあ、それ……。
ケースマイアンでも造れないのかな。ドワーフとかエルフに頼んでも無理かな。さっきの口調からすると、無理なんだろうな。
「うわあ、乗ってみたいなあ……」
「なにを悠長なことをいっておるのじゃ! あれは、厄介どころの問題ではないのだぞ!? 分厚い体躯に強大な膂力。粘土質や樹木質であっても倒すのは至難、鉱石質であれば、おそらく“しものふ”の銃弾であっても動力魔珠までは届かん。槍も戦斧も矢も攻撃魔法も、あらゆる阻止手段をものともせず進撃し全てを蹂躙する、まさにこの世の災厄なのじゃ!」
「……そっか。それは困るなあ」
のじゃロリのクセ毛を掻き回し、俺は笑う。
せっかくモフモフのフワフワなのに、いまはずぶ濡れでペッタリしてる。今度シャンプーとリンスも取り寄せてやらなくちゃな。ちょっと良いタオルもだ。
「この世の災厄、ってのは、魔王の専売特許だからな」
「ま、ふぁッ!?」
奇妙な声を上げたドワーフ娘は、俺を見て怪訝そうに首を傾げる。気付けばミーニャとヤダルまで同じ姿勢でこちらを見ていた。
なんだお前ら、ミーアキャットか。
「……おい、どうしたヨシュア」
「それで良いのか? おぬし、あれほど嫌がっていたではないか」
「魔王の自覚に目覚めた?」
「目覚めちゃいないけど、もう決めたんだ。問題から逃げたところで何も解決しない。だいたい、“魔族”を率いる“人類の敵”が魔王だっていうなら……」
みんなを見る。期待と不安と少しの(主に虎娘からの)面白がっているような視線を受けて、俺は肩をすくめる。
「そりゃあ俺は、魔王なんだろうさ」
◇ ◇
「戦車? アンタの軍も、ついにそこまで来たか」
サイモンは俺の注文に、穏やかな笑みを浮かべる。
なんだよ、その落ち着き。ちょっと前までは、食えそうなものを見付けた野良犬みたいな笑い方だったのに。
「そこまで追い込まれた、って話だよ。手に入るものはないか? 出来るだけ軽いやつが良いんだけどな」
「T-55なら6両かそこら、出回ってるのを見たな。たしか、チェコスロバキア製と中国製だ」
……マジか。あの、ずんぐりむっくりした旧ソ連製の戦車。初期型の生産は40年代? 60年近く前の戦後第一世代か。主砲は100ミリだっけ。まあ、使えそうだ。
「重量は」
「35トン、だったかな」
前に15トンまではいけたけど、倍以上ともなると確証がない。
しかも軍用トラックと違って、失敗したから他に流すというわけにもいかないだろう。金額的にも置き場所的にも、サイモンにかなりの負担を掛けてしまう。
「他には?」
「主力戦車クラスなら、M48くらいだな。なかなか出てこないし、たいがい状態も良くない」
パットン戦車か。無理だ。状態はともかく、車重がたぶん50トンを超える。
「あとは、シャーマン戦車か。たまに見るけど、程度は碌なもんじゃないな。戦闘に使うのはお奨めしない。いっそM113とかBMP-1はどうだ?」
アメリカ製の装甲兵員輸送車と、ロシア製の歩兵戦闘車。どちらも古いが定評のある装軌(履帯)式の装甲車両だ。使い勝手は良さそうだけど、いま必要としているのは火力だ。
それも、対装甲の大火力。
「いや、買うとしたらT-55だな。出来るだけ中国製は避けて、チェコ製を頼む」
あれなら部品も砲弾も融通が利くだろ。たしか、生産数が世界最多とか聞いたしな。
「砲弾はどうする?」
「徹甲弾をメインに、最低50は欲しい」
念のため、大体の予算を聞く。1両でも砲弾まで揃えると、プールしてある額を超えそうだ。ずいぶん色々買ったからな。
追加で金貨を渡すことにして、2両調達を前提に話を進める。
ちなみに、皇国軍の待ち伏せがあった場所はケースマイアンからそう遠くないため、疫病防止に死体ごと物資も収納したのだが、貨幣はあまり持っていなかった。占領予定の他国領内だし、掠奪すりゃ良いとでも思ってたのかな。
「引き渡しを試すなら、すぐ手に入れようか?」
「う~ん……それじゃあ、最初は1両だけ頼む。それで受け取れたら追加しよう」
まだ無理かもしれないけど、どのみち必要なものだからな。引き取れなかったら、保管料くらい出してもいい。
「さっきの話じゃ、取り引きを重ねることで能力は上がるんだろ? こっちとしてはありがたいんだが、どれだけの取り引きでどれだけ上がるのかが、わからんことには調達計画が立てにくいな」
「心配すんな、まだ必要な物資は大量にあるんだ。市場の能力も、これからどんどん上がるさ。先に現時点での追加注文と精算を頼む」
主に建築資材と機械と工具、あとは衣類と食料、各種日用品もだ。
金額は大きいけど、武器商人の範疇から離れていってるのがサイモンにとって良いことなのかどうなのかは知らん。
「相変わらずの大量注文で、ありがたい限りだな。おかげで俺も武器商人としての悪名は薄らいできてる。妻も喜んでいるよ」
「そっか。それは良かった……んだけど、なあサイモン」
「ん?」
「お前、太った?」
ビクッと、小奇麗なスーツに身を包んだ元ラスタ男は怯んだ顔を見せる。最初に会った頃は――薄汚くてだらしない格好とはいえ――体型はすらりとしていたんだが、いまはツヤツヤぷくぷくして見る影もない。
上質そうなダークグレーのスーツが、まあ似合ってはいるんだけどな。前のトンチキな蛍光色のスーツは細身のシングルだったのに、今度のはダブルになっちゃってるよ。
「あ、いや、妻の料理が美味くて、少しだけな。それにほら、ビジネスマンとしては貫録も必要だろ。不摂生とかじゃない、考えてやってるんだ、うん」
「そういうことにしておくよ。奥さんによろしくな」
ひとは変わるもんだな。良くも悪くもだ。あのマリファナ臭いチンピラが幸せな家庭を築いているなんて、俺のいる世界とは時の流れ方が違うのかと思ってしまう。
しかし、その一端を担えていたとしたら、俺のやって来たことも案外、悪いことばかりじゃないかもな。




