66:予期せぬ再会
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降り出した雨のなか、俺はハンヴィーの先導で軍用トラックを走らせ続けた。
獣道に毛が生えたような狭い道をウラルの巨体が掻き分け、6輪駆動のオフロードタイヤが泥濘を着実に踏みしめて進む。
実用一辺倒の大排気量ディーゼルエンジンはガサツでうるさいが、強大なトルクを発揮して、多少の溝でも登り勾配でも15トン以上もある重量を平然と進ませる。
「黒雲が厚いのう。これは、崩れそうじゃな」
ミルリルの言葉に応えるかのように、上空で雷が鳴った。
さっきより雨が強くなってきている。最大速度でワイパーを動かしても視界が悪い。路肩の緩い場所もあって、重量と車幅のあるウラルの運転には気を使う。せっかく救い出したのに交通事故で全滅なんてシャレにならん。
前を行くハンヴィーも同じなのだろう、何度かスリップしながら慎重に道を選んでいる。大雑把な性格に見えて、ヤダルは意外と運転の適性があるようだ。
豪雨のなかだというのに、ミーニャは律儀に銃座から頭を出したまま警戒を続けていた。
髪が濡れている様子もないのは、風や水の魔法だか加護だかで守られているのかもしれない。
俺と視線が合うと、ミーニャは呑気に手を振ってくる。こっちは首を振って苦笑を返すのが精いっぱいだ。気を抜くとハンドルを取られそうで、手を離す余裕は全然ない。
「後は、このまま、まっすぐじゃ。残り20哩というところじゃな」
今回選んだルート上、最後の分岐点を過ぎると森が少しだけ開け、視界もわずかに良くなる。道幅も、街道並みとはいわないまでも、馬車がなんとかすれ違える程度には広くなった。
運転のストレスが軽減されるとホッとしたところで、いきなり視界が白く染まり、直後に轟音が鳴り響く。稲光を浴びて、道の先で金属質のなにかが光った。
「停車じゃ」
ミーニャの合図を読んで、ミルリルが俺に告げる。手信号で交信していた彼女の顔が曇る。
「敵の待ち伏せのようじゃな」
「M1からH1、状況を」
“前方に不自然な倒木、左右になにか潜んでるみたいだ。ヨシュアたちは、そこで待ってろ”
ハンヴィーが前進して、ミーニャがM60を掃射する。
すぐに反応があった。十数本の矢が放たれ、それを追って攻撃魔法らしき炎弾が5発。タイミングと発射角度をずらし、逃げ場を塞ぐように打ち込んでくるあたりに戦い慣れしたものを感じる。
右から左へとハンドルを切って回避したハンヴィーを掠めて炎弾が爆発。すかさず機関銃が反撃のため森を薙ぎ払う。
そこそこ強力な7.62×51ミリ弾とはいえ、幹が太く密生した原生林では、どこまで敵に届いたかハッキリしない。
“ヨシュア、敵は200前後、弓兵と魔導師が各10から15、あとは騎兵と歩兵。甲冑付きは半分てとこだな。戻るか突破するか決めてくれ”
「突破だな。逃避行を長引かせたくない。しかし、こんなところに200の兵? どこの軍だ」
“墨色の服を着た皇国軍、だけどな。いくつか、おかしなのが混じってる”
ヤダルの言葉が終わるより早く、白銀の甲冑に真っ黒な外套をまとった男が、真っ直ぐに向かってくるのが見えた。兜は着けていないので顔は丸見えだが、金髪で細面のニヤケ顔に見覚えはない。
ミーニャのM60が連続で発射されるが、鬱陶しそうに突き出された丸盾に弾かれて効果がない。
嫌な感じの既視感。そうだ、どこかで見たような気がする。
あいつ自身を、ではない。ああいう、種類の男を。
「おい……あれ、もしかして」
“ああ。たぶん、皇国の勇者、なんだろうな”
M60の残弾が銀甲冑に連続で叩き込まれる。盾は弾き続けるが、ダメージや衝撃がないわけではないらしく、勇者は横っ飛びに避けて森に入ると、角度を変えてジグザグに突っ込んできた。
ミーニャの機関銃座は沈黙している。頭が出ていない。おそらく弾帯交換の真っ最中なんだろう。
「くそッ! 俺が出る……」
「待てヨシュア! 運転手が動くのは拙い!」
剣を振り上げハンヴィーの屋根を刺し貫こうとした皇国勇者の鼻先に、車内からミーニャの手が突き出される。
そこに握られているのは、ソウドオフショットガンだ。一瞬、勇者の動きが止まり、顔面に散弾2発を叩き込まれて吹っ飛ぶ。
「ぎゃッ、あああああぁ……ッ!」
素面に食らっても即死していないのは、勇者の加護か物理障壁でもあるのだろう。悲鳴を上げて転がる勇者の前に、ハンヴィーからヤダルが降りてくる。
肩に担いでいるのは、前に渡した黒い炭素鋼の軍用山刀……なんだけど。
「なに、してんだ、あいつ」
「あやつは本来、あまり銃が得意ではないらしいのでな、藪漕ぎ用の“まちぇっと”をいくつか借り出してきたとはいっておった」
いくつか、どころじゃねえ。鞘に収まったマチェットが背中に5~6本。いや、もっとか。千手観音みたいに背負ったヤダルは、さらに2本を車内から引っ張り出して両手に構える。
欲張り過ぎだろ。なに目指してんだ、あいつ。
盾を持った手で顔を押さえたまま剣を振るおうとした勇者に、ヤダルの右腕が一閃。物理障壁が張られていたらしくマチェットは砕けて飛び散ったが、即座に左腕による追撃で手首ごと斬り飛ばす。
「ああ、あああ……あぁーッ!」
這って逃げようとする勇者を、ゆっくりと追い詰めるヤダル。砕けたマチェットを躊躇なく捨てて、背中からもう一本を抜き出す。怖えぇよ!
「勇者殿を守れ、いまだ!」
奥から怒声が上がり、大量の矢と10近い炎弾が彼女目掛けて飛んでくる。
叫んだのは指揮官だろうが、間違いなく無能だな。身体能力と動体視力に優れた獣人を相手に、声を上げた時点で攻撃は失敗だ。
案の定、虎娘は炎弾をあっさりと避け、マチェットを振ってミーニャに合図を送る。
自分が的になって、魔導師たちの位置を炙り出したか。
M60の点射が、森の奥に叩き込まれる。飛び散る火花と血飛沫と悲鳴で、確実に的を仕留めているのがわかる。その隙に勇者は無様によろめきながら敵陣に走り出す。
それを見て敵も一斉に動き出した。重装歩兵が30名ほど、重ねた盾で厚い防御を作って勇者の回収に向かう。
「勇者殿、こちらへ……!」
合流に成功しかけた瞬間、10数発の7.62ミリNATO弾が勇者の背中を貫く。
重装歩兵たちに助け起こされた勇者は、もうピクリとも動かない。
安堵しかけた俺は、敵陣から歩み出てきた3つの人影を見て硬直する。
「……勇者が、もう3人?」
「いや、あやつらの気配、前にどこかで……」
ミルリルはなにやら悩んでいるが、俺には見覚えなどない。
体格はバラバラだが、揃って銀甲冑に黒い外套。ひとりは石の付いた長大な杖を突き、ひとりは両腕に金属製のグローブのようなものを付け、もうひとりはかつてミルリルが作った機械弓を小型化し不格好にしたような代物を抱えている。
「貴様らに雪辱の機会を与えてやるわ! 行け! 報復を果たすには、いましかないぞ!」
指揮官らしき男の声で、ミルリルが腑に落ちたように頷く。
「……そうじゃ、あれは王国の賢者と聖女ではないか?」
ないか、とわれてもあいつら兜どころか面まで着けているから、わからん。
それが正しいとしたら、足を引き摺っているハンマーグローブ男が賢者か。杖を持ったのが聖女で……ええと?
「おかしな弓の男は?」
「わらわの勘じゃがの。……おそらくは王国の、第二王子じゃ」




