65:霞む前途
「すげえな、これ……」
バスよりデカいトラックをマニュアルシフトで動かすなんて初めてだ。
フラフープみたいに大きくて細いハンドルといい、武骨で簡素な内装といい、実用最低限のメーターといい、まさに軍用車両のイメージそのものだ。
巨大なディーゼルエンジンはトルクの塊、車重がかなりのものなのでスピードはそこそこだが(荷台のひとたちが大変なので出す気もないが)、多少の勾配や泥濘などものともしないで突き進む。
ウソかホントか、サイモンは1万1千ccとかいってたが、それも納得の出力だ。
「こんな図体で、えらい勢いじゃのう。“はんびー”よりも力強く感じるくらいじゃ」
「俺のいた世界でも、飾り気がないことで有名な寒い国の軍隊が使ってる車だよ。あのAKMやらRPKを作った国だ」
「……ふむ、どこかに通った雰囲気はあるの。では、“うーじ”を作った国では“くるま”は作っておらんのか?」
「イスラエル製の車? 聞いたことねえな」
軍用車両とか戦車なら知ってるけど、たぶんサイモンが仕入れるのは無理だろな。
思ったよりも距離は稼げた。分岐点から王国領に入ってケースマイアンに向け北上すること小一時間ほど、ひとの行き来もなく、追っ手の気配もない。
ミルリルの案内で街道を外れ、馬車の轍も消えかけたような細道に入る。
「M1からH1、後ろのひとたちの体調が気になる。その先、森に少し入ったところで休憩しよう」
“H1りょーかい、先に止まるから追い越してくれ”
ハンヴィーの横を通って少し先でウラルを停車させると、俺は駆け下りて後部ゲートを開ける。
ミルリルがUZIを構えて周囲の警戒に当たり、後方ではミーニャがハンヴィーの後部銃座に着いてくれている。
「もう、ついた?」
小さい獣人の子たちがコンテナから不安そうに顔を覗かせる。俺は降りるのに手を貸した。奥の方では、毛布に包まったまま寝込んでいるひともいる。このままいきなり長距離移動というのは無理がありそうだ。
「ごめんな、まだだ。少し休憩しよう。水は飲んだか?」
「うん、あのコリコリしたのも食べた。美味しかったよ」
「ヨシュア、こりこり、とはなんじゃ?」
「栄養価が高い救難食だよ。栄養失調に近いひとが多かったんでな」
「そうか……ヤダル、ミーニャと銃座を変わってくれんか」
「おう、任せとけ!」
「ミーニャ、回復魔法が必要なひとがいたら頼む」
「りょーかい」
少し長めに休憩することにして、竈の用意をして火を起こす。
心身ともに弱った状態なら、消化の良い温かいものを食べれば気持ち的に少しは違うはずだ。そこそこ体力を取り戻している子供たちには、即効性の栄養源としてビスケットとキャンディーバーを渡しておく。
「ヨシュア、なにか手伝う?」
大鍋ふたつでお湯を沸かしているところに、ミーニャが戻ってきた。コンテナのなかで弱っているひとを診察してくれていたようだ。
「ミーニャ、どうだった」
「食事が足りないのと、気持ちが弱ってる。回復魔法が必要なほどではなかったけど、少しだけ掛けた。疲れが取れるし、安癒の効果もある」
「そうか、ありがとな。いま、麦の粥を作ろうかと思ってるんだけど……何を入れればいいと思う?」
「ワイバーンの肉を炊けば、良い味が出て、滋養にもなる。少し待ってくれれば薬草を摘んでくる」
「ここから見える範囲で頼む。銃は持ってるか?」
ミーニャは頷いて、革紐でたすき掛けにした背中のソウドオフショットガンを見せる。
なんか、久しぶりに見たな、それ。いまのミーニャなら、重装歩兵の10や20なら相手にならんだろう。
「すぐ戻る」
女性陣の手を借りてワイバーンの腿肉をツクネ風の団子にして入れた。炊き上がったところで麦を入れてしばらく煮込む。とろけて良い匂いが漂い始めると、みんな涎を垂らしながら集まってきた。
「お待たせ」
ミーニャが摘んできてくれたのは滋養強壮と体力回復によく効くという薬草と根菜。それを刻んで入れるとさらに美味そうな匂いが立ち昇る。
前に王国軍輜重部隊から奪った器とスプーンをみんなに配り、おたま(としか思えない王国の製品、なんと呼んでるのかは不明)でたっぷりとよそって回った。
ケースマイアンで追加してもらった平焼きパンと、ナッツ入りの焼き菓子も付ける。ケースマイアンの女性陣がアメリカ産お菓子を真似て作ったものだが、素朴で健康的な味わいは既にオリジナルを超える美味さだ。
「「「「美味ッ!」」」」
「なんだこれ、素晴らしい味だな」
「お腹があったかくなる」
「しみじみ身体に染み込む感じ……」
大好評である。あっという間に完売して、それぞれ眠そうな顔をし始める。子供たちの一部はすでに丸くなって眠っているようだ。
「さて、そろそろ出発しようか。あと、50哩くらいか?」
「もう少しあるのう。80哩くらいじゃ。何事もなければ、暗くなる前には着けると思うが」
130km弱か。どれだけ掛かるかは路面状況次第だな。
みんなが乗り込むのと前後して、雨がぱらつき始める。
少し、嫌な予感がした。なにかが起きそうな感じ。道の先に得体の知れないものが待ち受けている感じ。そんなはずはない、ナーバスになっているだけだと思い込もうとしたが、胸騒ぎは収まらない。
俺は不安を振り払って、ウラルを発車させた。




