64:ゲート突破
「いいぞヨシュア、いまじゃ」
俺は警衛の目を盗んで転移を使用し、内門の見張り台からジャッジ・ゲートの通過障害になっている柱のひとつに取り付く。
ハンヴィーが騎兵を連れて逃げ去ったせいで、見たところゲートの警戒は半ば解かれているようだ。
俺はケースマイアンで大人気のスコップを駆使して柱の根元を掘り、そこに手作り爆弾を埋める。埋める位置の選定には手間取ったが、念のためいくつか埋設して再び内門経由で丘の上に転移で戻る。
「準備完了」
俺が首尾を伝えると、ミルリルは陰に隠れていた獣人やドワーフ、エルフの皆に手信号で合図を送った。
出てきたのは総勢85人。事前に聞いていたより少し多い。他の領地から送られてきたというが、そのひとたちは自分の意思ではなく怪我や病気でスラムに捨てられたのだと聞いて怒りを新たにした。
みな汚れて疲れ、やつれて一部は体調が悪そうだ。
「シオニルさん、もう少ししたら非常用の食料と飲料水を渡す。移動中に治療が可能なら行ってほしい」
「わかりました」
「ヨシュア、ここから、どうするのじゃ。足は、トラジマ号か?」
「いや、あれだと全員が乗り切れない。分乗も考えたけど、追撃を受けたときに攻撃能力を確保したかったんで、ハンヴィーは残したい」
“H1からM1、こっちは準備良いぞ。騎兵の連中は追撃を諦めて、ジャッジ・ゲートに戻ってくところだ”
「ヤダル、お前らのゲートからの距離は」
“四半哩ってとこだな。よく見えるぜ”
「それじゃダメだ。半哩は離れろ」
400mじゃ不安が残る。800mもあれば大丈夫だろう。ヤダルは怪訝そうな反応だったが、指示通りにハンヴィーを後退させたようだ。
「よし、じゃあ車を出す。みんな少し離れていてくれ」
遮蔽のない場所で車両を出したら、まず確実に見つかる。そこから先、時間は残されていない。
俺はエルフのシオニルさんとリーダーらしい熊獣人の男性に段取りを伝えて、獣人たちに再確認する。
「俺たちは、君たちを絶対に助け出す。信じてついてきてほしい。動き出してからの迷いや躊躇いは全員を危険に晒す。それだけは、約束してくれ」
「わかりました」
「これから乗ってもらう箱のなかは狭いし薄暗いし外も見えないが、食料と水と毛布が積んである。移動は、長くても2日だ。追手がなければ、途中で何度か休憩も取る」
「はい。よろしくお願いします」
いきなり現れた救いの手が、たったふたり、しかもその片方が人間である俺だったことで、多少の混乱や警戒感はあったようだが、そこはシオニルさんたちが説得してくれた。
現れた救出者の片割れがミルリルだったことも良かったみたいだけど、このドワーフ娘はそんなに人望があったのだろうか。
まあ、いい。ここまで来たら、もう突っ走るしかないのだ。
「「「「「おおおおおぉ!?」」」」」
「ちょッ、声出しちゃダメ、バレちゃう……」
現れた車両を見て、亜人の皆さんは一斉に悲鳴のような歓声を上げる。静かにしてくれと伝えてはおいたのだが、この世界にない巨大な乗り物がいきなり出現したとあっては、特に子供たちは驚きを抑えきれなかったのだろう。
ウラル4320というロシア製の大型軍用トラックだ。全長7mを越え、全幅も2.5mはある。全輪駆動で走破性も信頼性も高いと聞いて買った。
問題は15トンにも及ぶらしい車重だったが、サイモンに試してもらったところ、無事に送られてきたのだ。幸い他にも需要はあるので失敗した場合でも買い取りはしなくていいとのことだったが、手に入ってホッとしたのはいうまでもない。
なんで許容重量が上がったのか(もしくは重量の問題ではなくなったのか)は不明。おそらく、俺の“市場”の技能が上がった結果だろう。元々の理由が不明なのでそう判断するしかない。
もしかしたら、もう軽戦車くらいは調達できるのかも……いや、そんな話は後だ。
「乗って乗って、急いで!」
俺は手早く後部ゲートを開けて、避難民たちをなかに誘導する。密閉型コンテナは剥き出しの鉄板だったので弓矢対策に木の板で内貼りをしてある。当然ながら、なかは暗い。火を焚くと火災や酸欠の可能性があったので、ランプは使えない。魔道具だとかいって、大型の懐中電灯をいくつか渡しておく。可哀想だが、他に選択肢は思いつかなかった。
荷台が高いのでスロープを掛けてはみたが、何人かいる小さい子には怖いかもしれない。
「早く、小さい子や女性には手を貸してあげて!」
「乗ったら奥へ!」
最初のところだけ手を貸すと、後の搭乗作業は大人たちに任せた。
俺は通信機を片手に、ミルリルと周囲の警戒に入る。
「M1からH1、そっちの状況は」
“M1、まだジャッジ・ゲート側に動きはない。騎兵が戻ったんで、衛兵たちの注意は外に向いてる”
残っている避難民は、あと数人。思ったよりは順調だ。
最後にシオニルさんが搭乗終了の合図を送ってくる。
「OK、行くぞ!」
「ヨシュア、まずいぞ内門上の兵がこちらを指しておる」
「なんとか無力化は……いや、無理か」
俺がいうより早くミルリルが内門目掛けてUZIを連射する。呆気なく人影は倒れたが、その前にゲートへ合図が送られたらしく内門の奥で警戒を知らせる声が上がった。
「すまん、ヨシュア」
倒すまでの時間が短ければ知らせる暇もなかったのに、という意味なのだろう。
「いや、倒せただけすごいよ。驚いた」
ここから内門までは200m近い。この後の安全のために、これ以上は近付けなかったのだ。
彼女には見えていたかもしれないが、俺にはマッチ棒の先くらいにしか見えない的を拳銃弾で倒す時点で完全に規格外だ。
そもそもUZIって、射程そんなにあったっけ?
「よし、出すぞ! ミルリル、スイッチの用意を!」
「了解じゃ!」
“H1からM1、ゲートの連中が騒ぎ出したぞ、そっちに向かおうとしてる”
「よし、3つ数えたら、口を開けて耳を塞げ、全員だ!」
俺は通信機で伝えると同時に、後部ゲートを閉めながら避難民たちにも指示を出す。
運転席に走り込むと、すでにミルリルは助手席でUZIを構え、周囲の警戒に入っていた。片手にはIEDのスイッチ、膝には予備で渡したMAC10を挟んでいる。
運転席のドアを閉めた俺はギアを叩き込み、ミルリルに頷く。
「ゆくのじゃ!」
トラックが動き出すのと同時に、彼女はIEDのスイッチを押した。
轟音。地響きでハンドルが取られる。噴き上げた爆風は馬やら兵士やら柱やら門扉の残骸やらをクルクルと宙に舞い上げ、その一部は数百m離れているはずのトラックにもビチビチと降り注ぐ。
自分でやっといてなんだが、正直、かなりグロい。
すっかり忘れてたけどこれ、回収し忘れてた王国軍兵士の死体200ほども混じってるよね。
重そうな遮蔽柱の破片が回転しながら降ってきたのには肝を冷やしたが、そこはハンドル捌きでなんとか回避する。
「ミルリル、つかまれ!」
「おう!」
ひしゃげて傾いた内門をトラックの鼻先で突き倒し、突破すると視界が開ける。
砦のようなゲートは木端微塵に吹き飛んで、遮蔽物も倒れて転がり、爆発の余波で小さなクレーターのようになっていた。当然のことながら、そこに動くものはない。
「ヤダル、いまゲートを出た!」
“ああ、くそッ……ちゃんと塞いでても耳が痛てぇよ”
「そんなことはいい、敵は!?」
“いるわけねえよ。ほとんどが、そこだったからな”
ホッと一安心、だが無事に帰るまでが救出行だ。
「ケースマイアンに向かう。先導してくれ、前を塞ぐ者は、全員が敵だ!」
“りょーかい!”




