62:壁の奥
とりあえず帰宅できたので更新再開。
「ヨシュア、増援じゃ」
――説得は無駄だったか。
なんの感慨もなく、俺は指揮官の顎を打ち抜き気絶させる。
グッタリした伝令役を、積み上げられた王国軍兵士の死体で隠すようにして放り出す。
――伝言役さえ生かしておけば、後は全員を殺してもいいんだけどな。
心のなかで響く驚くほど無感情な声に呆れながら、俺は向かってくる領兵団とやらに向き合った。
開かれたジャッジ・ゲートの奥には高さ2m幅1mほどの直方体が多数配置され、弓兵たちはそこに隠れながらこちらを狙っている。棺のような柱のようなそれは騎兵や馬車による強行突破の阻止と、遮蔽用を兼ねたもののようだ。中型馬車程度までの車幅でも、ゆっくりなら抜けられるようになっている。
ハンヴィーの車幅では、いささか厳しいかもしれない。うむ、意外と防衛は考えられてるようだ。
「敵の数は」
「歩兵30、弓兵10、騎兵5、魔導師2、と……ブサイクが1」
「ブサイク?」
わからんけど、たぶん上位の指揮官だろう。
俺は収納からハンヴィーを出して全員を乗車させる。
「総員乗車、戦闘用意」
「「「応ッ!」」」
降り注ぐ矢は車体後部に次々と当たるが、さすがに防弾の軽装甲仕様なので、その程度ではビクともしない。
とはいえタイヤは通常のゴムタイヤなので、あまり無防備に矢を浴び続けるわけにもいかない。空気漏れを補充しながら走る機能があると聞いたことはあったが、それがどこでどう使うものやら(そもそも全車装備なのかも)知らん。とりあえず距離を取ろう。
「ヤダル、ミーニャ、後は任せていいか?」
「おう、問題ないぜ」
「わたしの“はんびー”、絶対守る」
「ハンヴィーは買い直せるけど、お前らは生き返らせられないからな。自分の身を守るのが最優先だぞ」
「「りょーかい」」
俺とミルリルは短距離転移でタランタレンの正門を回り込み、砦の上部に出る。魔導師と弓兵が攻撃を仕掛けてきた場所だ。
7体の死体を装備ごと収納、回廊状になった城壁上を移動して状況を確認する。
「なんだ、あれは」
「鋼鉄製の鏃を弾いたぞ?」
「馬がいないようだが」
「なにをしておるか! ルーエン! さっさと追い立ててやつらを殺せ!」
増援を指揮する小太りの男が騎兵の部隊長に掃討を命じる。
こいつが“ブサイク”か。なるほど確かに醜い容姿だが、どうやら貴族かなにか、諸部族連合でも上位階級に属する人間らしい。
騎兵は弓兵の攻撃が通らなかったことで、追撃を躊躇している。短弓を装備しただけの軽装騎兵であれば当然だろう。弓兵が放った長弓の矢でも弾くのであれば、携行用の短弓が通用するはずがない。ゲートの警衛から槍を持たされ、不承不承といった体で馬を走らせ始める。
「上階の兵は、おかしな武器で殺されたようです」
「“よう”ではわからん! さっさと確認して来い!」
「はッ!」
「……くそッ、タランタレンの無能どもが!」
殺すか、とミルリルがMAC10を振って俺に訊いてくる。
俺は首を振って否定。泳がせて内情を知りたい。短距離転移でゲートの内側、警衛の詰所のような場所に飛ぶ。いまは全員が出払っていて無人。
「……誰も、いないですが?」
俺たちと入れ替わりに城壁上に出たらしい兵が困惑した声で指揮官に告げるのが聞こえてきた。
「いない? あの馬鹿ども、恐れをなして逃げたのか!?」
逃げたところでゲートの周囲は前も後ろも開けた場所しかない。見付からないわけがないと思うのだが、そこまで頭が回らないのかブサイク貴族は降格だの敵前逃亡で処刑してやるだのと怒鳴り散らす。
「ヨシュア、奥に内門がある。その先が居住区なのではないか?」
「よし、つかまれ」
俺たちは少し長めの転移で内門の上に出る。
そこは梯子で昇り降りする見張り台のようだった。ジャッジ・ゲートを突破されたときの保険なのだろう、遮蔽も簡素でスペースも小さく、長弓と矢筒と短槍が置かれただけで、詰めている人間はいない。
さらに内側へと目をやると、200mほど先に民家が並んでいるのが見えた。宿と思われる2階建てや3階建てのものが数軒ある他は、ほとんどが木造の平屋だ。
城壁内にはもう壁はなく、地平線までだらだらと緩やかに起伏が続き、そこここに農地と民家が点在している。
見渡す限り、森や林も数えるほどしかない。
面倒な地形だ。見晴らしは良いが、いっぺん敵に発見されたら逃げ場がない。
俺は収納から無線機を出す。
なるべく操作の簡単なもの、という指定で調達した旧式の軍用通信機だ。電波障害や混線の心配はないと思うが、魔法の使用や障壁が電波にどう影響するのかは未知数だ。
「M1よりH1、状況を知らせろ」
“あー、こちらH1。馬を引き連れて、のんびり走ってる。退屈ではあるけど、問題はないな”
すぐにヤダルの声が聞こえてくる。特にノイズもなく音声はクリア。
状況はまあ、そんなもんだろうとは思った。
この段階では単なる通信機の試用だ。通話に問題がないとわかっただけでよしとしよう。
「王国領ギリギリで引き返すだろうから、どっかで時間を潰しててくれ。戦闘を回避できないようなら、ケースマイアンに戻っててくれてもいい」
“ミーニャが、撃っちゃダメかって”
「身を守る以外では撃つな。交渉の余地は残したい」
“りょーかい”
「先にいうておくが、あまり期待するでないぞ?」
「わかってる」
通信を終了して、俺とミルリルは転移で最も高い建物の上に飛ぶ。
目的地は、ミスネルから聞いておいた亜人の居住区。
「……う~む。どうやら、あそこのようじゃな」
「……」
ミルリルが指した方角を見て、俺も一瞬、言葉を失う。
眼下の比較的小奇麗な居住区から隠されるように、距離を離された窪地のバラック。それはいわゆるスラムのように薄汚くゴチャゴチャと折り重なる廃材で覆われていた。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。ブラックマーケット落ち着いたら、続き書こうと思ってる前作。
「亡国戦線ーオネエ魔王の戦争ー」
も、よろしくお願いします。
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