60:まずは扉を叩く
「ミスネルから聞いた通りじゃな。えらい大仰な警備じゃ。外見は砦、警備は軍人、そして門の造りは……」
ミルリルはその後の言葉を呑み込んだが、俺たち全員が同じことを考えていた。
そう。これはまるで、監獄の入り口だ、と。
交易の町タランタレンの正面には、ジャッジ・ゲートと呼ばれる大門がある。
“諸部族連合領への出入りを制限して軍事的・経済的な独立性を守り領民の誇りと安寧を確保する”という建前ではあるが、俺たちは既にそれが虚飾であることを知っている。
少なくとも、庇護下にあったはずのケースマイアン出身者を容易く王国に売り渡す程度のものだ。
「そこで止まれ!」
ゲートの警衛が俺たちを止めた。
槍を持ったのがふたりに、剣を佩いた指揮官らしいのがひとり。どれも簡易な革鎧を身に着けた軽装歩兵だ。
城壁のような門の上には、長弓装備の弓兵と魔導師らしき人影がある。俺たちが怪しい動きを見せたら、警衛が牽制している間に攻撃する流れなのだろう。
「通過証を見せろ」
「そんなもんは持ってない。俺は商人なんだけど、カネを出したら発行してもらえるかな?」
脳筋ガールズの前に出た俺は、掌を見せて肩をすくめる。非武装であると認識した衛兵は居丈高にこちらへ顎をしゃくった。
「ここから先は我々諸部族連合の自治領域だ。部外者の立ち入りは許可しない。公認貿易商は王国と皇国の保証を受けた者だけだ。さっさと立ち去れ!」
なるほど、隣国の御用商人だけと取り引きしているわけだ。なにをどれだけ扱っているのか知らないが、癒着どころの話じゃないな。
そんな迂遠な貿易で問題ないのだとしたら、日用品は国内で賄えているということでもある。
「冗談だ。わざわざ入る気はない。引き篭もりの巣なんて特に興味もないしな」
「なに?」
相手の態度に合わせただけなのだが、言葉と裏腹の小馬鹿にしたような返答に、彼らは警戒を強めた。
腰の刀に手を掛け、俺たち全員を視界に収めるように距離を取る。
「だったら、何の用だ。返答によっては、この場で……」
「ケースマイアンの民を返してもらおうと思ってな。責任者と話したい」
一瞬、指揮官が怪訝そうな顔になる。
「流民を引き取るとでもいうのか」
「流民ではない! ケースマイアンの国民じゃ、無礼者が!」
「王国に滅ぼされた亡国の民が、流民でなくてなんだというのだ」
「正しくは一時的な避難民、だな。いまケースマイアンは着実に再建されているところだ。むしろ滅びようとしているのは王国の方だな。お前たちがどこまで把握しているかは知らんが」
指揮官は可哀想なものを見るような目で俺を見据える。蔑み混じりとはいえ、敵意はあまり見えない。
「それが亜人の夢なのは知っているがな」
「まだ伝わってないか。ケースマイアンに攻め込んだ王国軍3万は全滅したぞ。生還できた兵士は5百にも満たん」
「ふざけた冗談を。愚王の元でも、王国の軍は精鋭だ。貴様ら烏合の衆に後れを取ることなど有り得な……いッ?」
ゴシャッと、鈍い音が響く。
「ふむ。これが、精鋭ねえ……?」
もうこのネタはいっぺんやった。いちいち小分けに出すのも面倒なので、今度はひと山ドサリと丸ごと放り出したのだ。
ジャッジ・ゲートの脇に出現した新鮮な死体の山に、衛兵たちはあんぐりと口を開けて固まる。
「これで、せいぜい100というところだ。もっと見たければ、いくらでも出すぞ。この山を300は作れるんだが……あいにく、半分くらいはひとの形を留めていない。……あんな風にな」
ゴシャッと、今度はゲートの反対側に肉の山が出現する。鉄と布と挽肉を盛り合わせたような物体が死体なのだと認識するまでに、しばらく時間がかかったようだ。
「……な、……なんということを」
「早よう返答せい。貴様らには、もうあれこれいうとる余裕はないぞ。なにせ貴様らの上は、もう状況を理解しておるのだからのう?」
「状況?」
「そうじゃ。ケースマイアンの民は、貴様ら諸部族連合に裏切られたことを知っておる。後は、どこで手打ちをするか、それとも最後まで戦うかじゃ。わらわたちに喧嘩を売るのであれば、貴様らも早晩この山に加わることになろう」
指揮官の目が泳ぐ。部下たちは既に逃げ腰で応援要請のため背後に手を振っている。
合図を受けて矢をつがえていた弓兵たちが仰け反り、魔術短杖を振り上げようとした魔導師たちが崩れ落ちる。MAC10の静かな銃撃によって、目の前の警衛はまだ異状に気付いていない。
「……機能はともかく、どうにもスカスカした感触の銃じゃのう」
ミルリルは渋い顔で首を振りながら、ボソッとつぶやく。ひとが貸してあげた銃に文句いわないでもらえませんかね。
「わ、笑わせるな! 魔導師のハッタリなど何の意味もない! たかが雑兵相手の戦果を誇ったところで……」
「そういうのは、もういい」
俺は指揮官の手に、収納から取り出した物を押し付ける。
目にした彼は目を見開いて固まった。真紅の外套と、白銀に磨き上げられた甲冑。それは王国最精鋭と謳われた近衛騎兵のものだ。中身が入っていないのは製錬技術の高い素材を利用できないか考えていただけのことで、特に意味はない。収納を探れば貴族出身の近衛兵も数百体が収められているはずだ。
周囲にもドサドサと投げ出された赤外套と銀甲冑を見て、警衛は揃って顔色を変える。
「戦争は、もう始まっているんだ。王国軍は潰走して、王は逃げ、国内は内乱に入った。そこに俺たちは介入しないが、その間にやるべきことをやる。諸部族連合と皇国に逃れた民の救出。平和裏に終わる可能性も、ないわけじゃない」
「……それを、信じろとでも」
「信じる信じないはそちらの勝手だ。俺たちは、同胞が無事に戻ればそれでいい」
「わらわたちは、諸部族連合領そのものには、なんの興味も持っておらん。ケースマイアンの軍は文字通り一騎当千の猛者揃いではあるがの。侵攻の意図はない。正直にいえば、物も土地も人も文化も、欲しいものがないのじゃ。貴様らが大人しく同胞を引き渡せばよし、むしろ多少の礼を弾んでも良いとすら思っておる」
「……しかし、現に」
指揮官はちらりと後方に目をやる。攻撃の合図を出したのにもかかわらず、矢も攻撃魔法も増援も飛んでは来ない。その意味を理解したのだろう。
「無論こちらに矛先を向けぬ限りは、じゃ。殺そうと剣を抜き弓を引き絞る者を相手に、道理を説くほどのお人好しではないわ」
「勘違いするなよ。お前を生かしておいているのは、直接の脅威ではないから。そして、伝言を伝える役目があるからだ」
脂汗を流す指揮官に向けて、俺は紙片を突き付ける。
「意思決定できるものに伝えろ。2日後に、また来る。返答はそのときに聞く」
「そんな一方的な話が、受け入れられるとでも思っているのか!」
「俺たちは、どうも思わない。決めるのはお前たちだ」
いつもご覧いただきありがとうございます。私用により数日更新が遅れます。GW明けには再開予定ですので今後もよろしくお願いします。




