59:カモシカ号、西へ
ある晴れた昼下がり。俺とミルリルは仲良く寄り添いながら、王都とケースマイアンを繋ぐ街道を静かに南下していた。
……はずだった。
ふたりきりの甘い道行きになる予定だった俺たちの周りには、しかし、いま。
「うぉー! やっぱ楽しいな、これーッ!」
「……すごい、風が、舞ってる……♪」
全速全開でスロットルを引き絞り、雄叫びを上げて疾走する脳筋のバカがふたり。
ミーニャはともかく、ヤダルがひどい。発進直後からアクセル全開。常に全開。お前の生き様はゼロか1しかないんか。
「あーッひゃひゃひゃひゃーッ!!」
どこの世紀末だよ。予想はしてたけどさ。
「速い! すっごく、速い! “はんびー”より、ずっとはやーい!」
ミーニャさんやめてくださいその台詞。なんか心の奥の柔らかいところをチクチクするから。
「……のう、ヨシュア。わらわたちは、目立たぬようにこうしたのではなかったかのう?」
「その通りです、まったくもって仰る通りにございます」
どうしてこうなった。
それは、追加でいくつか調達した大きな買い物のうちのひとつが、サイドカー付きのウラルだったことから始まる。
ウラルというのはIMZやらいうロシアの会社が作っているクラシックなバイクで、その原型はナチスドイツの軍用バイク(水平対向ツインエンジンのBMW)をコピーしたところから始まったという、由緒正しんだかなんだかよくわからない代物だ。チマチマと誤差程度の近代化を重ねつつ現役で生産されているはずだけど、求められているのはナチスのコスプレ、みたいな立ち位置が俺みたいな中途半端な軍オタには逆に刺さるのだ。
サイドカー側の車輪も駆動するから走破性も悪くないしね……って、そこは無駄遣いじゃないという自分への言い訳だ。
せっかくだから今回の道行きはミルリルをサイドカーに乗せて、WW2の独軍伝令兵みたいな感じで行こうかと思ってたのにな。お椀型のヘルメットとゴーグルまでお揃いで見つけてきてもらったのにさ。
出発前で整備中だったウラルは、脳筋ガールふたりの嗅覚でソッコー見つかってしまったのだ。
「お、面白そうだな。なんだ、それ」
「3人しか乗れない……?」
「ウラルはやらんぞ。俺とミルリルのだ」
「別に、いい。わたしは、あっちの方が好き」
「ふーん。あっちも面白そうじゃねえか。なんか細っこくて、小鹿みたいだな。あたしでも乗れるかな、あれ」
ドワーフたちにケースマイアンのエンジニアとして活躍してもらうため調達した、教材用のシンプルな銃器や工作機械や車両。そのなかにあったホンダのオフロードバイクに、ミーニャとヤダルが興味を持った……いや、持ってしまったのだ。
彼女らは追加装甲&銃座付きのハンヴィーや黄色いスクールバスのトラジマ号を溺愛してはいるものの、巨大で燃料を馬鹿食いするそれらの車両を個人の遊びで走り回らせるのはダメだろ、という程度のことを理解する頭はある。
……たぶん。
「なあヨシュア、これ、ちょびっとだけ、乗っていいか?」
「壊さないし、後でキレイにするから」
そのとき、たまたま別件で忙しくてスルー気味に承諾していたのが間違いだったのだ。
分解用と部品取りを兼ねて、同じものが6台もあるから多少壊れてもどうにかなんだろ、とか思ってしまったのが運の尽き。
エンジンの掛け方とギアの入れ方とクラッチのつなぎ方、前後ブレーキの使い方をサラッと教えたのが、たしか昼前。
作業が一段落して昼食を取るため外に出た俺たちは、頭がおかしいレベルの速度で平原を駆け回るヤダルとミーニャの姿を見て唖然としたのだ。そして、思った。
あれ、これマズいんちゃう? 脳筋にあんなもん渡しちゃったらさ。
「ひゃーっはぁー!」
「うるせえよ!」
まあ、こうなるよね。
今回は調査と前交渉だけだと同行を断ったのだが、もし緊急回避的に避難民を収容する事態になった場合――正直なところ、かなりその確率は高い――輸送車両の運転手や護衛が必要だろうという正論に、半ば予定調和的にではあるが、押し切られたのだ。
なにせ、ぶっつけ本番だからな、色々と。いざというときのサポートがあるに越したことはない。それが脳筋ガールズってのが少し引っ掛かるけど……。
「いいぞぉ、あたしのカモシカ号! 帰ったらツノ付けないと!」
「付けんな! つうか名前付けんな!」
「大丈夫、こんどはみんな“カモシカ号”」
同型(いくつか色違い)のホンダは、みんな平等に同じ扱いってか。ぜんぜん大丈夫じゃねえ。
隠密行動の意味もう完全に失ってんじゃん。予想はしてたけどさ。
「まあ、王国内は混沌状態じゃ。さほど気にすることもあるまい」
ミルリルの言葉に、俺は不承不承、頷く。そう、今回の目的地は王国ではないのだ。
「ヨシュア、その先で右じゃ。後は道なりに50哩で連合領じゃな」
「OK」
「おーい、曲がるぞ! お前ら、いい加減にしないと目的地までガソリン持たんぞ?」
「「りょーかーい」」
内戦中の王国は勝手に自滅させときゃいいから、今回は可能な限り波風立てずに通過しようって話になったのは、優先順位の問題だった。
とりあえず現在ケースマイアンに攻めてこない王国については対処を保留しても良いだろうという判断だ。
なんぼなんでも3正面戦争は無理だしな。
ケースマイアンが陥落して大量の避難民が出た25年前、自分たちの祖国を奪った侵略国で父祖の仇敵でもある王国に身を寄せた者は、さほど多くない。
彼らのほとんどは、連合領に逃れたのだ。
仮に建前だとしても、王国や皇国よりは人種差別が少なく、亜人の居住者や国民が多いというのが選択の理由だった。比較の問題でいえば、他の2国よりはマシなのだろう。
しかし、ミルリルの妹ミスネルの件で諸部族連合が亜人を王国に容易く売り渡すとわかった以上、放置するわけにはいかなくなった。
道端の標識を指してミルリルが俺に叫ぶ。
「タランタレンまで10哩じゃ」
「わかった、もう少し先で降りよう」
「「えー」」
いうと思った。脳筋ズ、予想通り過ぎるわ。ミルリルさんを見習いなさいよ、ほら……
「もっと“うらる”に乗っておりたかったのじゃ」
はい。ミルリルさんオチ担当ですか。
ヘルメットの下から現れたふわふわのクセ毛を、俺はワシャワシャと掻き混ぜる。
「そんなに気に入ったか?」
「当たり前じゃ。これはヨシュアとふたりきりの乗り物じゃからの」
おふ。心に刺さったわ。なにげな発言なだけに、破壊力すげえ。
残りの16kmほどを、俺たちは徒歩で移動する。最低限の荷物で、目立たない服装で、旅の町人にでも見えるようにと気を使ってみたものの、実際のところその偽装レベルは低いようだ。
行き交う商隊の御者からも、姿の見えない監視者からも、不審そうな視線が俺たちに突き刺さる。
諸部族連合領の東側、王国との国境線の多くは大河や山岳地帯で分断され一般人が出入りできる環境にはない。馬車が通れるレベルの道となれば、俺たちがいまいる街道が、ほぼ唯一のルートとなる。
唯一の玄関口であるタランタレンは、連合側から見れば最重要警戒地点でもある。
道の先に見えてきた威容を前に、ミルリルが呆れた声を出す。
「まるで、砦じゃな。いや、というより……」
「そう。これは、砦そのもの」




