57:諸部族連合の使者
「ヨシュア。病み上がりで悪いが、ちょっと来てくれ」
「それは構わんけど、なにか問題か?」
「ああ。詳細は、まだわからんがな。上空警戒中の有翼族から、小集団が接近中との報告だ。エルフと獣人の射手10名にM1903小銃を装備、弾丸を各50配布した」
俺は黙って頷く。ミルリルの台詞じゃないけど、敵が500人までなら殺せるってわけだ。
王国軍との戦闘終了時点で、銃器と弾薬と残存IED、それと使っていない有刺鉄線や手榴弾、ディーゼル燃料などの管理はケースマイアンの長であるケーミッヒに一任していた。
“収納”しなかったのは、俺が不在のときに侵攻を受けた場合でも対処できるようでなければ勝った意味がないからだ。
教会地下にある(らしい)収納場所へと収め、ふだんはエルフの簡易障壁で封印してあるとか聞いたけど、詳しくは知らない。徹底してもらったのは盗難と事故についての安全性確保だけだ。残存弾薬が足りなくなってきたら調達するので、早めに報告するように頼んである。
「上空監視から報告! 暗黒の森に敵影補足、距離4哩! 兵数30から40!」
「北から? まさか王国か? それとも皇国?」
「それが、どうも諸部族連合らしい」
まったく、次から次へと。
森側が陽動の可能性も考え、M1903小銃の射手たちには平野側の警戒に回ってもらった。
「ヨシュア、呼んできたのじゃ」
「ありがとミルリル」
俺はドワーフの爺さんズに頼んで、坂の上に築いた銃座にM1919を据えてもらう。
北側は崖の下から森の端まで100mもない。敵影を視認してから制圧するまでに、あまり間がないのだ。たかが3~40の兵で人海戦術を行うとは思えないが、万が一のための対処だ。
「心配ないぞ、ヨシュア。渓谷北に有刺鉄線の阻止線は残してある。暗黒の森に馬で入るヤツは少ないだろうから馬防柵は簡単なもんじゃが、300……いや、500までならM1919だけで楽に殲滅できるぞ?」
M1919に付いてくれたのは、前線機関銃座で射撃手を務めていたハイマン爺さんと、装弾手だったカレッタ爺さんだ。陣地構築も指揮していたから、その後の状況も詳しい。
「ああ、いざとなったら頼む。でも、敵が姿を現したら、交渉可能かどうか接触してみようと思う」
「大丈夫か? あいつら部族間の結束は知れたもんだが、個人の武勇にはこだわる。まして暗黒の森を越えて来るような連中は、それなりの強者だぞ」
「爺さまたちの気遣いには礼をいうが、無用な心配じゃ。諸部族連合に、ヨシュアを殺せる者など居らん」
「……ふむ。それもそうじゃな」
いや、納得されても困るんだけど。
「さて、出迎えてやろうかの」
俺は収納から銃を出して、ミルリルとスロープを下りる。5発だけ装填しながら、スコープを外すかどうかで迷っていた。
うん、やっぱ無理だ。時間もないし、外すと再調整が必要になる。
「ヨシュアがM1903とは珍しいのう。銃剣を付けておるのは、着剣戦闘を想定しておるのか?」
「まさか。小銃を知らない人間にも、これが武器だと示すためだよ」
「ふむ。敵が無駄死にせぬよう配慮か。おぬしは優しいのう」
俺たちが坂を下り終えるのと同時に、森から10人ほどの男が姿を見せる。残りは後方に隠れて警戒か弓で狙撃の用意か。慎重になるのはわかるけど、上空からバレてんで?
俺は距離を置いて銃身を振り、銃剣を示して相手を制止させる。
代表者らしき男は40くらいの、筋肉質な細身の人間。元は兵士なのか短髪で顔にいくつも刀傷がある。
「そこで止まれ。許可なく進むと撃つ」
「……うつ?」
「殺す、というておるのじゃ。おかしな動きは見せるなよ?」
ちゃんと説明してやったのに、少し離れた位置にいた護衛らしい大男が、俺とミルリルの体格を見てニヤニヤと小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。
警告を無視して踏み出そうとした男の足元に1発。跳ね上がった小石と轟音に、周囲の男たちは小さく悲鳴を上げる。ボルトを引いて弾丸を薬室に送り込みながら、俺は男の目を見ていう。
「次は、殺す。返事は」
「……お、おう」
「我々は諸部族連合北部、ケイメルヒ魔導師同盟の長、タサハックと直轄魔導剣士団の者だ。そちらの長を出せ」
「話は俺が聞く」
「お前たちなどでは……」
「文句があるなら帰れ。それで、用件はなんだ」
傷顔男は、冷えた眼を俺に据えたまま鼻で笑った。ミルリルのことは存在すら認めていないようだ。
諸部族連合とやらも、亜人嫌いなのだろうか?
「いいだろう。我々は魔王陛下をお迎えに上がった。早急に陛下を解放し、こちらに引き渡せ」
「「あ?」」
「聞こえなかったのか。それとも、亜人には理解できなかったか」
「それ以上の侮辱は、ケースマイアンに向けての攻撃とみなす。返事は」
「……」
傷顔男の足の間、一物を掠めるように1発。さっきより近い。男も動じはしないが、こちらの覚悟は伝わったらしい。
顔色が、変わった。
「3つ、数える。3……」
「わ、わかった! そちらこそ、返事はどうなんだ」
「魔王など、ここにはいない。いたとしても、お前らと同行などしない」
「なぜ、お前に断言……」
「どんなバカでもわかるだろうよ。信用に値しないからだ。ケースマイアンが3万の王国軍に攻められていたとき、お前らはどこでなにをしていた?」
「そんなことは」
「知らなかったとはいわせぬぞ? 王国軍の人質として引き出されてきたのは、諸部族連合領に避難していたはずの同胞じゃ。答えによっては、貴様にその報いを受けてもらう」
「我々は無関係だ。それが事実であったとして、他の部族長が起こした咎まで被れるか! だいたい、3万の軍に攻められたのなら、お前たちはなぜのうのうと暮らしている!」
「貴様は阿呆か。殲滅したからに決まっておる」
「……3万の軍をか? 話を盛るのも大概にしろ、馬鹿馬鹿しい」
馬鹿馬鹿しいのは、殲滅したことか? それとも、こんなとこ攻めるのに、3万もの兵力動員は現実的じゃないってことか?
後者であれば、俺もそう思う。
あのハゲ王がなにを考えて判断したんだか、俺は知らんし、たぶんもう知る術もない。
「別に信じてもらおうとは思っていない。お前らの思惑も都合も、なにを感じようとどう受け止めようと、俺たちにとっては知ったこっちゃねえ。だけど、なあ」
俺は収納から王国軍兵士の死体を出す。ボソリと、それは男の前に現れ、銃創からまだ生々しい血を垂れ流す。ハッと、息を呑む音が聞こえた。
ボソリ、ボソリ。
「逆に、訊きたいことがあるんだよ」
ボソリ、ボソリ、ボソリ、ボソリ……
「諸部族連合に逃れた亜人の同胞は、いまどこで、どうしているんだろうなあ?」
ボソリ、ボソリ、ボソリ、ボソリボソリボソリボソリ……
あっという間に積み上がった数百の死体の山を呆然と見つめながら、男たちは静かに震え始める。その間にも死体は次々と空中に現れては山の上に折り重なってゆく。
ボソリボソリボソリボソリボソリボソリボソリボソリボソリボソリ……
「もう俺たちの誰も、お前らを信用していない。さっきの話に出た、人質を王国に売ったやつに伝えてくれ。俺たちは……」
ボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソボソ……
「同胞を、迎えに行くと」
「……あ、……あ」
「だが、もし……そう、もしも、だ。仲間の誰かが、ひとりでも虐げられていたり、傷付けられていたり、欠けたりしたら、それを行なった人間は必ず」
いつの間にやら、男は膝をついていた。
周囲の男たちも、森の奥で矢をつがえこちらを狙っていた男たちも、全員が許しを請うように膝をつき手をついて震えながらこちらを見据えていた。
「必ず、魔王の報いを受けることになる」
「「「「うわぁああ、あ……!」」」
俺がいい終わると同時に、男たちは悲鳴すら上げずに全力疾走で逃げて行った。
俺は溜息を吐いて、死体の山を収納に戻す。
こういう扱いって罰当たりそうなんだけど、かといって3万とかの死体を処分する余裕もないんだよね。容量に余裕はあるみたいだけど無駄に圧迫するだけだから、さっさと返しに行きたいところだ。
「お疲れ様であったな」
「ああ。肉体的にはともかく、精神的にはひどく疲れたな」
「……しかしヨシュア、良いのか、あのいい様は」
「わかってる」
「自分が魔王だと宣言したも同然なのじゃが」
「ですよねー!?」
もう誤解は誤解として、そのまま進んで行ってしまうんだろうな。
きっとどこかにいるであろう本物の魔王に、俺は心のなかで謝る。
すまん魔王、さっさと出てきて俺と交代してくれ。
俺、この戦争が終わったら故郷に帰ってオネエ魔王の続き書くんだ。
というわけで、いつもご覧いただき、ありがとうございます。ブラックマーケット落ち着いたら、続き書こうと思ってる前作。
「亡国戦線ーオネエ魔王の戦争ー」
も、よろしくお願いします。
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