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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
2:群れ集う者たち

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56:火を噴く魔獣と甘いものたち

「そう、これです!」


 メレルさんが車を見て感嘆の声を漏らした。


「……これすか」


 やっぱ、そうなるよね……。


 ケースマイアンの断崖下、渓谷の入り口にハンヴィーとスクールバスが並んでいる。

 帰還時点では俺が気を失っていたため収納できず、ここで停車させて歩いて戻ったようだ。両車両ともキーを抜いた後に簡易結界を張り、ハンヴィー後部のM60も不用心なので外して、整備後に教会地下の保管場所に戻したのだとか。ケーミッヒの指導らしく、しっかりしてる。


「ヨシュアさん、どうしてガッカリされているんです? これぞまさしく、あのとき見た“火を噴く鋼の魔獣”ですが」


 実際、街道分岐点での戦闘でハンヴィー搭載のM60が攻撃を開始すると、皇国軍陣地は騒然となったそうな。“魔王軍が魔王(この場合はメレルさん)を奪還にやってきた”とばかりに命令を無視して逃げ出す者まで出る始末、ってあのパニックにはそんな意味もあったのか。


 なんか軽機関銃の銃火くらいだと、“火を噴く”ってイメージと合わないんだけどな。魔獣はともかく車体は鋼……少なくともそれに近い素材ではあるし、火を噴いてはいるんだろうけど、えらいチャチい気がする。コレジャナイ感すげえ。


 そこは魔王なんだから、怒涛の戦車軍団くらい引き連れて登場してほしいよな。重量制限あるみたいだから、俺には無理だけど。


「これは、ヨシュアさんの眷属なのですか?」

「眷属ではなく、俺が買った乗り物です。管理責任者はそこにいるエルフのミーニャですが」


「むふふ……わたしの“はんびー”が魔獣に昇格」

「喜ぶなよ。……つうか、昇格なのか、それ?」

「おい、ズルいぞ! あたしのトラジマ号も魔獣と認定しろ!」

「知らんし。認定すんの俺の役目じゃねえ」


 どうでもいいが、いつの間にやらスクールバスは予言通りの虎縞に塗られていた。

 元のボディカラーが黄色なだけに、ぜんぜん違和感ないのがすごい。ボンネットに牙を剥いて笑う虎の顔まで書かれてるしな……ちょっとヤダル似のドヤ顔なのがハラ立つわー。


「これは、確定じゃな」

「なにがだよ。魔王の眷属って、こういうのを指してんじゃないだろ? これ魔獣じゃなくて、ただの乗り物だし」

「わかった、じゃあハンヴィーも顔を」

「やめろ。“じゃあ”じゃねえよ。お前は全然わかってねえ。つうか、わかろうともしてねえだろ」

「う~ん。でも、わたしもこの子(・・・)に、自分らしいなにかが欲しい。耳だけでもいい? ここに、こんなエルフっぽいのを」


「……もう、いいや。好きにしろ」

「やった♪」


 ここは面倒だから、ハンヴィーはミーニャの管理(もの)にしてしまおう。しかし、サイドミラーがエルフの耳って、どんなシュールな軍用車両だよ。


 もともと、あげるあげないといったところでケースマイアンでは(というか亜人社会全般に、らしいが)あまり“個人所有”という意識がないようなのだ。

 農村的な原始共産制というか、貧富の差は共同体の内部で分かち合うことにより一定の調整が行われ、余剰もたいがい共有財産として扱われる。権利と自由は……義務と責任もだが、みんなで背負うのだ。

 たとえば脳筋ガールズは“わたしの車”みたいな主張をしてはいるものの、それは占有という意味ではなく主要管理者としての宣言だ。周囲も配慮はするが、絶対のものではない。


「いいですか、俺は魔王じゃないですからね?」

「……はい、わかっております。この件は内密にいたします」

「違いますからね、いまのは振りじゃなくて本気ですからね?」


 メレルさんたちは頭を下げて帰っていくが、絶対誤解されてる。

 いまの俺には誤解なのかどうかもイマイチわかってないんだけど。


「なあヤダル、イエルケルのみんなは無事に着いたんだよな?」

「当たり前だろ。あたしのトラジマ号が、優しく安全に快適に連れてきたぜ」

「そっか。ありがとな、助かった」


「ばッ……バカいってんじゃねえ!」

「へ?」


 俺が礼をいうと、ヤダルは照れたような怒ったような顔でこちらを睨み付けてくる。


「それは、こっちの台詞だろ! お前らが皇国軍を足止めしてくれたから、こっちはあそこを突破できたんだ! あたしだって、本当はな……!」


 むぐぐ、とかいって下を向く虎娘の対応に困り、俺はミルリルとミーニャに目を向ける。


「本当はヤダルも、いっしょに戦いたかった。でも、イエルケルのひとたちの安全を優先した。考えなしに突っ込むヤダルには、珍しく冷静な判断」

「解説ありがとうミーニャ、でも最後のとこは余計だよね?」

「事実。むしろ褒めてる」


 いや、そうかもしれんけどさ。


「……しょうがねえだろ。だって、チビどもがいたし、戦えない連中を危ないことに巻き込めないし」

「うん。ありがとな、ヤダル。お前が……お前とトラジマ号がいてくれて、本当に助かった」


「だから、違うって!」


 ツンデレ虎娘をつつき回す脳筋ガールズふたりを見ながら、俺はスクールバスとハンヴィーを収納する。ヤダルもミーニャも、“自分たちの魔獣”を、ケースマイアンの城壁内に置いておきたいのだそうな。

 それはいいけど、魔獣じゃねえ。


「もう少し簡単な足が欲しいな。バイクかATVか、なんなら自転車でもいいんだけど」

「ほう、それは新しい乗り物か? どんなものじゃ?」

「顔描く?」

「どんな銃を付けるんだ?」

「顔は描かねえし銃も付けねえよ! ちっこい馬みたいな役割の乗り物だよ。後でいくつか手配するから、乗りたいなら乗ってみろ」


「「「わーい♪」」」


 自転車に乗る虎娘とかサーカスみたいで楽しそうだな。いっそ一輪車とか調達してみるか。移動にも戦闘にも輸送にも使えんから、遊び以外の役には立たんけど。


◇ ◇


 新たな物資調達のついでに入手した駄菓子を持って、俺はイエルケルから救出されたひとたちを訪ねる。住まいの再分配が決まるまで、ケースマイアンのあちこちに分宿しているらしい。いまの時間はケースマイアン住民との交流を兼ねて巨木のある広場に集まっているらしいので、そこに向かう。

 無事に帰れたことはヤダルから報告を受けているが、一応はケジメとして顔を見て挨拶しておこうと思った……のだが。


「「「ようこそ魔王様」」」

「やめて!」


 俺の後ろでは脳筋ガールズが大爆笑している。

 からかわれたのかとも思ったが、どうやらイエルケルから来た人たちは本気だったらしく、怪訝そうに首を傾げていた。


「俺は魔王じゃないからね。みんな誤解してるけど」

「ですが、ヨシュア様は異世界から降臨され、火を噴く鋼の魔獣を従えて皇国軍を殲滅されたと、メレルさんから……」

「様とかやめて。それはメレルさんがいってるだけで、根も葉もない噂だから。事実無根だからね。みんなが乗ってきたあれは魔獣とかじゃなく、ただの乗り物で……ほら、誰にでも扱える道具みたいなもんだよ」


「いいえ、陛下の眷属どもは、わたくしたちにしか飼い慣らせぬ魔獣でございましゅ、魔王さ、まひゅぷッ」

「途中で噴き出すくらいならふつうにしゃべれミーニャ」


 お前にも鼻フックすんぞ。


「なあヨシュア、あたしのトラジマ号にも火を噴くなんかつけてくれよ」

「なんかって、なんだよ。燃料不完全燃焼(バックファイア)なら、いつでも付けたる」

「お、おう! じゃあ、それで!」


 ディーゼルでもできるのかどうか知らんけどな。

 冗談はともかく、スクールバスは非武装なので避難民輸送の際には護衛が必須になる。いつでもハンヴィーを随伴できるわけでもないので、いささか不安なのは確かだ。

 銃座……う~ん、屋根に載せるか? マッドマックス2のタンカーみたいになっちゃうなあ……。


「わらわは要らぬぞ。黒クマ号に害成す者には、わらわの“うーじ”と“すたー”が火を噴くのじゃ」


 さいですか。ミルリル先生はブレないですな。


「「「「「あーよしゅあまぉー!!」」」」」


 獣人の幼児と少年少女たちが俺を見付けて、ワチャワチャと集まってくる。

 イエルケル村からの脱出時に小さい子の引率役で苦労していた人狼の女の子メイファちゃんも、いまは明るい笑顔になっている。毛並みも艶々になってるし、女の子らしい麻のワンピースみたいのを着て、すっかりおませなお姉さんという感じだ。いいね、やっぱ子供はこうでないと。

 ルクルとポーンとマイラ、だっけ。人狼のチビッ子3人組も、すっかりキレイになってモフモフ感ハンパない。俺は手当たり次第に撫でくり回してキャッキャと歓声を上げさせる。

 うぉー、ムッチャかわええ……。


「お前ら元気でやってたか? 困ったことあったらいえよ? 俺に出来ることなら、なんでもやっちゃるからなー?」

「「「「「ありがとまぉー」」」」」


 大袋入りの駄菓子を渡すと子供たちに大喜びされた。獣人の子とかもうシッポをブンブン振っててスゴいことになってる。

 顔を振るなお前ら、ヨダレ飛ぶ、ヨダレすげえ飛んでるッ!


「「「「「なにこれ!? なにこれ!?」」」」」


「あー、たぶんこれがクッキー、こっちジェリービーンズとカップケーキ……それは、なんだっけ、フルーツキャンディーかな。まあ食ってみろ」


「「「きれー♪」」」

「「美味ッ!?」」

「甘い!」「良い匂いがする……」

「これ酸っぱい、けどおいしー!」


 甘味に飢えているのか、想像を超えた大好評である。どこ産か知らんけど、頭おかしいレベルにコミカルなマスコットキャラと読めない字が躍ってる、狂気のような極彩色の安っぽいパッケージ。

 中身のクオリティも推して知るべし、なんだけど子供ってこういうの好きなんだよな。自分もガキの頃って身体に悪そうな駄菓子とか好きだったもん。


「「「「「ありがとまぉー!!」」」」」

「ああ、仲良く分けろよーっていうか、どうでもいけどその変な語尾やめろなー?」

「「「「はいまぉー♪」」」」


 ああ、もう聞いてねえ。満面の笑みで頬張ってる。こぼれてるこぼれてる。

 しっかし、ケースマイアンの子たちは、みんな健康的で素直だな。なんていうか、昭和のガキって感じ。


「「「「わたしらもほしいまぉー」」」」


 視線を感じて振り返ると、獣人やエルフやドワーフの中年女性(おねえさん)がたが、手やらシッポをブンブンしながらこっちを見ていた。

 はいはいと答えて、俺は収納から新たにお菓子を取り出す。ケースマイアンの女性陣には、食事や住環境の改善でいつもお世話になっているからなー。


 ピーナッツバターをチョコとヌガーで固めたみたいな(俺が大袋を開封後ひとつ食べてメゲた)アメリカ産の激甘スナックバー詰め合わせと、なんでかサイモンからアホほど大量に渡された甘ったるいクリーム入りのミニケーキ、あと、なんか知らんけどキャラメルを棒状にしてリボン型の包装紙で包んだもの。ついでに定番のカラフルな糖衣チョコ。

 ほとんどがアメリカの有名駄菓子らしいけど、どれもこれもひどく大味で、風味も人工的で、そして叫び声を上げたくなるくらい、甘い。


 今後、どこか出向いた先で住民宣撫(ワイロ)用に使えるかと思ってサイモンに頼んだら、大規模量販店でも開けそうなくらい大量の大箱で渡されたのだ。

 ここはリサーチと日頃のお礼を兼ねて、あれこれゴッソリと出して彼女たちに渡す。


「はいどうぞ、だけどその語尾やめてくださいねーわりと本気で……」

「「「「はいまぉー」」」」


 しかし女性とか子供って、ホント甘いもの好きだね。

 (ねえ)さんらまで、渡したらもう菓子ばっか見て俺の話はぜんぜん聞いてねえ。別に、いいんだけどさ。


「「「美味しい!」」」

「この白いの、やわらかくてトロけるわね。乳脂と糖蜜と、なんだろう?」

「これは小麦の生地を……泡立ててる?」

「あ、これイヨル婆ちゃんが作ってた秘伝の菓子と似てるわ。軽く焦がした糖蜜と木の実の挽いたのを……」


 大喜びで味わってくれてはいるが、味から素材や製法を探ろうとしている辺りに子供たちとの意識の違いを感じる。もしかしたら異世界の菓子を再現するひとも出てくるのかもしれない。


「ヨシュア、あたしも欲しい」

「わらわもじゃ」

「わたしも」


 まあ、そうなるよね。脳筋ガールズには缶入りのハニーローストピーナッツと、世界的ヒット商品だったカカオ味クッキーのクリームサンド。あとプレッツェル。日本で定番の細い棒型じゃなく、アメリカで一般的な組紐状の大きいやつね。

 虎娘のヤダルがいるので、ネコが食べちゃダメなチョコやナッツは気になるところだけど、(本人いわく)あんまり問題ないようだ。


 あんまり、ってなんじゃい。


「これは面白い風味じゃ。外はほろ苦くて、なかは甘い。絶妙な対比じゃの」

「このしょっぱいの好き。小麦の香りが素朴で良い」

「うぉー! このカリカリ美味ぇ!」

「あー、ピーナッツはギリOKなんだっけな……ヤダル、気分悪くなったりしたらいえよ?」

「だから、ネコじゃねえっつってんだろ!」


 季節外れのサンタさんみたいな気分で教会前まで帰ってきた俺は、目覚めたときに会ったエルフとすれ違う。またビクビクした感じでペコリと頭を下げて立ち去ろうとした彼女を、慌てて呼び止める。

 それが誰か、ようやく思い出したのだ。あまりに雰囲気が違っていて、気付くのに時間が掛かった。


「ミルカ」

「は、はいッ!?」


 こちらに向いた顔は硬直していて、無理に浮かべようとしている笑顔が痛々しい。

 土下座でもしそうな勢いで畏まったまま、逃げることも出来ずに固まっている。


「元気か? なにか不自由はないか?」

「だ、大丈夫です! うちは、もう裏切りません! 絶対! だから……あの……え?」


 握り締められた手を取って、いくつかチョコバーと棒付きキャンディーを押し込む。


「そんな心配はしてない。俺も、ミルリルもな」

「……でも」

「魔導師に操られてたのは、お前の責任じゃないんだ。がんばってるのは、みんな見てる。もしかしたら、いまは辛いときかもしれないけど、みんな絶対に受け入れてくれる」

「……は、い」

「困ったことがあったら、俺でもミルリルでもいってくれよ。なんだって手を貸すからさ」

「は、は、はいッ!!」


 泣き笑いの顔で頭を下げて、ミルカはまた仕事に戻ってゆく。

 さっき触った手は、少し荒れてた。働き者の手だ。料理でも手伝ったのか、切り傷みたいなのもあった。

 あんな子を利用したヤツらのことを考えると、なんかすごく、胸の奥がモヤモヤする。


「大丈夫じゃヨシュア、エルフの連中も事情は理解してくれとる。ドワーフも獣人らも手を貸す。悪いようにはせん」

「ありがとう。頼むよ」


 俺たちが話しているのに気付いて、ものごっつい巨漢エルフのケーミッヒが駆け寄ってきた。

 こいつまでお菓子が目当て、ってことはなさそうだな。おねだりにしちゃ、顔が真剣過ぎる。


「ヨシュア。病み上がりで悪いが、ちょっと来てくれ」


 うん。なんか嫌な予感がする。そしてたいてい、それは当たるのだ。

いつもご覧いただき、ありがとうございます。ブラックマーケット落ち着いたら、続き書こうと思ってる前作。

「亡国戦線ーオネエ魔王の戦争ー」

も、よろしくお願いします。


https://ncode.syosetu.com/n2398de/


追記:

上記アドレスもタイトルも間違えていたというアホさ加減で、ご指摘いただくまで気付いてませんでした。ご連絡ありがとうございます。

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