54:忍び寄る影
日刊5位3位5位2位て、嬉しいけど落ち着かないんですが。週刊でも10位とか。ともあれ、ずっと読んでくれてるひとたちに育てられているんだなと思います。感謝。
視界が歪んで白く霞む。魔力と気力と体力がゴッソリと抜き取られたのだ。息が詰まり、胸が苦しくなる。当然予想はしていたが、転移で運ぶのに3トン(推定)は重過ぎた。収納経由なら問題なかっただろうが、敵陣内で乗り込むわけにも……
いや、いまは、そんなことに構っている時間はない。
「「「GO! GO! GO!」」」
俺の叫びと重なったのは、ミルリルとミーニャの声。ほぼ同時に銃声が響き始める。
聞こえる悲鳴が極端に少ないのは、着実に確実に即死させられているからだろう。そんなことを頭のどこかで考えながら俺は必死に足を動かす。
短距離転移で飛ぶことも考えたが、これ以上の魔力消費は救出後の選択肢を狭める。
目に付いた敵陣天幕前に、縛られ転がされている獣人の男女ふたり。その奥で尋問を受けていたらしい小柄な女性がひとり。皇国軍兵士じゃないなら、この3人が人質なのだろう。
周囲に立っていた兵士は対応に回る間もなく、すぐに目玉を撃ち抜かれて崩れ落ちる。
「サンキュー、ミルリル!」
ドワーフと思われる女性を片手で持ち、獣人の女性を逆の腕に抱えたところで膝から崩れそうになる。体力なのか魔力なのか知らんけど、ぜんぜん回復しきれていない。
振り返るとハンヴィーまでの10mほどが、ひどく遠く感じた。
ひとりずつ運ぶか。いや、残されたひとが無防備になる。迷っている時間はない。やるしかないのだ。
最後にグッタリしたままの獣人男性を肩に載せて、俺は完全に身動きが出来なくなる。
そりゃそうだ。ふつうに考えたら当たり前のことなのに、テンパって頭が回ってない。その間にも怒涛の勢いで押し寄せてくる敵兵が俺を殺していないのは、ミルリルとミーニャが押さえてくれているからだ。
情けないにも程がある。こんなところで足手纏いになんてなりたくない。俺の尻拭いのために彼女たちが怪我したり命を落としたりなんて、死んでもごめんだ。
「ああ、くそッ! 転移!」
ハンヴィーの傍らに短距離転移。リアのドアを開けてドワーフの女性を後部座席に押し込む。もうシートに空きはない。後部ハッチを開けて獣人女性を押し込み、その横に無理やり獣人男性を詰め込む。
「ミルリル、回収完了……うぉッ!」
安堵と疲労でへたり込みそうになった俺の顔の脇で風を切る音がして、リアハッチに矢がぶち当たる。後部に傾斜したテールの防弾板に弾かれてどこかに飛んで行った。
「ヨシュア、無事か!?」
「大丈夫だ! ミルリル、早く乗れ!」
俺は収納からイサカのショットガンを出し、ミルリルの撤退支援に回る。
物陰から飛び掛かろうとした兵士を撃つと、顔を押さえて倒れ込んだ。ポンプアクションで次々に装弾しては手当たり次第に散弾をばら撒く。
怒号と悲鳴は広がるものの、仕留め切れていないのが自分でもわかる。死のうが死ぬまいが、どうでもいい。威嚇にでもなれば、それでいいのだ。
軽くて有名な散弾銃が、いまはひどく重い。
「待たせた!」
駆け戻ってきたミルリルは腕を押さえている。隠そうとしているようだが、手の先まで血が滴っているのがハッキリとわかった。助手席に転がり込んだ彼女は、ほうっと荒い息を吐く。
「……ミルッ!?」
「大丈夫、掠り傷じゃ! それより早く出せ!」
「ヨシュア、急いで! 弾帯残弾、20もない!」
俺は運転席に走り込むとシートベルトも無視してアクセルを床まで踏み込む。跳ね飛ばされ轢き潰された兵士の悲鳴が響き渡る。
うるせぇよ、クソが。
前部の大型バンパーに甲冑が当たる金属音が立て続けに上がり、弾かれた重装歩兵が玉突き状態で後続を薙ぎ倒してゆく。
「ぎゃあああぁ……ッ!」
知るか。黙れ。死ね。お前らなんて、どうなろうと知ったことか。ミルリルを、俺の女を傷つけやがって。絶対に許さない。
覚えてろ、必ず皆殺しにしてやるからな!!
「ああ、ヨシュア。えらく盛り上がっておるところで悪いんじゃがの。本当に、見た目ほどにひどい傷ではないんじゃ」
「……え、声?」
「思いっきり、出ておったの。ヨシュアから“俺の女”、といわれて悪い気はせんが、ここは人の目もあるでな、後にふたりのときにしてほしいのじゃ」
「お、おう!」
「……ふむ、これが“恋は盲目”、ってやつね……?」
「おい、聞こえてるぞミーニャ!?」
いくつか車体に槍や矢が当たり、攻撃魔法と思われる火花も散ったが、構わずすべてを蹴散らして突き進む。
フロントグラスに血や肉片を浴びて咄嗟にワイパーを動かすが、血糊が伸びて前が見えなくなっただけだ。ウォッシャーがどこかわからん。
さらにゴリグチャとタイヤで柔らかいものを踏み潰す感触がシートに伝わり、跳ね上げられたミーニャが弾薬箱を落とす。彼女は罵りながら追いすがる敵にソウドオフショットガンで銃撃を加える。
「ああ、もうッ! 弾帯交換!」
「悪いけどしばらく揺れるぞ! 装填が無理そうなら車内に入ってろ!」
「大丈夫、もう少しで……よし、装弾完了!」
「ミルリル、追って来てる敵は!?」
「おお、そうじゃな。騎兵が4、いや……」
振り返ったミルリルがいいながら、UZIとM60が短く点射を浴びせる音がした。
「これでゼロじゃ。もう問題なかろう」
「お待たせ」
銃座から車内に戻ってきたミーニャが、ニンマリと笑みを浮かべながらミルリルの腕に治癒魔法を掛けてくれる。
「……ふう、気持ちよかった♪」
上気した顔で微笑む彼女の目はうっとりと潤んでいる。
怖い。いまのミーニャはひどく可憐で美しく輝いて見えるが、この状況でそう見えてしまう彼女が、怖すぎる。
「これで大丈夫」
「すまぬ。助かるのじゃ」
「おい、ホントか? 傷が残ったりは?」
「するわけがない。わたしが、治癒を行った。傷どころか、前よりキレイになってる。ヨシュアが前の肌を知っているのかは、わたしにはわからないけど」
「……お前、ホントに性格変わったよな? つうか、それが地なのか?」
「そんなこと、知らない。でも、どんどん自分のなかで、なにかが高まってく。昂ぶってくの。殺すたびに、泣き叫ぶ兵士たちを見るたびに、救われてくというか、癒やされてく。だからきっと、あいつらを皆殺しにしたら、そのときわたしは、本当のわたしに戻れる気がする」
「怖えぇよ!」
なんだ、その死神みたいな自我。剥いても剥いても血塗れじゃねえか。
苦笑しながら助手席に目をやると、ミルリルが目を真ん丸にしてこちらを見ていた。
「……ヨ、シュア。おぬし、どうしたんじゃ?」
「ん? どうって、なにが?」
「顔色が、真っ白じゃぞ。手も震えておるし、視線も合っておらん」
そんなこといわれても、特に自覚症状はない。
ただ、少しここ暗いなって、思ってたんだよね。
いまは、夜だっけ。夜明け前に、出発して……ええと、いつだっけ。上手く考えがまとまらない。
だだっ広いハンヴィーの車内だけど、ミルリルのいる助手席が、どんどん遠ざかってゆく。
なんだ、これ。
「おいヨシュア、しっかりせい! ミーニャ! 治癒魔法じゃ、急げ!」
「待って、そんなはずない」
「傷はどこじゃ、いつやられたんじゃ!? なぜ早くいわんのじゃ、ヨシュアぁーッ!!」
どこも、痛くない。……けど、暗い。寒いよ。
ブレーキを踏んだはずの足も、ミルリルに触れたはずの手も、まるで感触がない。
鈴の音みたいに澄んだミルリルの声が、ひどく歪んで、遠くから聞こえてくる。
なんだよ、これ。どうなってんだよ。
ミルリル、助けて。寒い。苦しい。寂しい。
ーー死にたく、ない。
俺まだ、お前と。楽しい思いも、幸せな記憶も、作ってない、……のに。触れたいと思っていた柔らかな肌にも、薄くて紅い唇に、も。
「ごめん、……ミル、愛して……る」
「ふざけるでないわ! 死ぬときは一緒だと、いうたはずじゃ! 目を開けい!」
「ミルリル、ちょっと離れて……」
「嫌じゃ! ずっと一緒におるんじゃ! 触るな! ヨシュアは、わらわのものじゃ! 誰にも渡さん! こやつは、わらわだけのものじゃーッ!」
「……これ、は無理。だって……」
もう指先ひとつ動かせない。なにも見えない。意識さえ保っていられない。
そんななかでも、かつて聞いたこともないミルリルの悲痛な絶叫が、萎えかけた耳に、痛い。
「お前は! エルフであろう! 偉そうにいうておった、治癒魔法の使い手なのであろうが! だったら、ヨシュアを治してみせよ! わらわのものも、こやつのものも、なんでも! いくらでもくれてやる! こやつを、わらわのもとに戻してみせよ!」
「……うん。その契約、受けた。それなら、この車もらう。いいよね、ヨシュア?」
「「へ?」」
「ただの、魔力切れ。こんなの、寝てれば治る」
そこで、俺の意識は闇に沈んだ。




