52:虎・トラ・とら
滑り出しグダグダだったヤダルのドライビングテクニックも昼前にはそこそこ安定して、それなりに任せられるところまで来た。
当然ながら、こんなことは歩行者も対向車も信号も警察もいない、ほぼ曲がり道もない道路だから出来ることではある。異世界だろうと事故ったら死んじゃうことには変わりないのだ。
「問題は、曲がるとこかな」
「なんだよヨシュア、あたしとトラジマ号ならどんな道だって曲がってみせるぜ?」
「さすがに車が曲がれるかどうかは心配してねえよ」
「なんだ、そりゃ?」
「ヨシュアの懸念も、もっともじゃな……ヤダル、丘の頂上少し手前でいったん停車じゃ。わらわたちが斥候に出る」
小一時間ほど走って、指定位置に差し掛かる。ヤダルはスムーズに停車して、エンジンを切った。
「わたしも行く」
俺とミルリルとミーニャで偵察に向かう。ヤダルは運転席から動こうともしない。
あいつ、ケースマイアンに戻ってもあのバス収納するの嫌がりそうだな。あたしのトラジマ号ー、とかいって。
最後までゴネてたら、あいつごと収納しちゃろうか。生き物は弾かれるから、裸でポーンて出てくるんだよな。楽しそうだけど、その後ぜったいブッ飛ばされる。
「ヨシュア、なにをニヘラニヘラと笑っておる、さっさとゆくぞ?」
俺たちは稜線上に出て、木陰で身を伏せる。
ゆるい傾斜の下に見えるのは、ほぼ円形の広大な盆地。直径は10kmほどだろうか。その中心近くで道は三叉に分かれている。そのなかで最も細い道が、ケースマイアンと王都を繋ぐ街道との、連絡路だ。
ひとつは王都に向かう、俺たちがいまいる街道。
もうひとつは皇国に向かう街道。いまいる場所は、今回設定したルート上で、もっとも皇国寄りの位置になる。
「やはり、おるのう」
「……そりゃ、そうだよね」
三叉路を跨ぐように布陣する皇国の軍勢が見えた。内乱に介入して国土を切り取るなら早く王都まで進軍したらいいのに。
西に厚い兵の配置と警戒ぶりから察するに、ケースマイアンとの大敗戦について、王国からなんらかの情報を受けているのだろう。挟撃を怖れて動けないでいる、という風に見える。
距離があり過ぎて細部はよく見えないが、陣営のそこここに、幟旗が立っている。イエルケルで見たのと同じ皇国軍旗だ。外套から天幕、幟旗まで黒とグレーで統一されているので、遠くから見ると薄汚れた塊にしか見えん。
「あれは、ぜんぶ皇国軍か?」
「ほぼ、全部じゃな。……ふむ、たったの500か」
たったの、って……前の王国軍の動員数3万が異常なだけで、500は十分に大軍だ。今回こっちは実質3人で相手することになるんですけど、わかってるのかな?
わかった上での発言ぽくて、逆に怖いんだが。
「みんな、おんなじ服。王国軍より、地味。見てて楽しくない」
いや、カラフルでも楽しくはないけどな。
イエルケルでの戦闘では皇国軍の服なんぞ、まったく気にしてなかったが、無彩色の集団は大軍になると見ていて非常に息苦しい。戦争に必要な威圧感といえば、いえなくもないのだろうけど。
「向こうは軍権が皇帝に一本化しておるからのう。それは良い部分も悪い部分もあるんじゃが……まあ、その話はいいのじゃ」
そこまで話して、ミルリルがムスッとした顔になる。なんか嫌な相手でもいたのかと思えば。
「左端にいくらか、緑の軍装が混じっておるであろう? 王国の辺境伯領軍じゃ。敵に庇護を求めた腑抜けどもめ、盗んだものを手土産にしおった!」
「盗んだもの?」
「そうじゃ、見よ! あれこそ、わらわから奪った機械弓じゃ!」
うん、全然、見えん。いくら大きな弓だっつうても、そんなん数キロ先のを見分けろったって無理です。
ミルリルさん、双眼鏡返して。
「あれが4基あるうちの、最後の1基。しかも、ミルリルお手製のオリジナルか」
「そうじゃ、間違いない。あの本体の赤は、ドワーフの信奉する火の神に倣って、わらわの手で塗ったものじゃ」
「それはいいな」
「ぬ?」
「ミルリルが自分の手で始末をつける良い機会だ。奪うか潰すか、どちらにしても協力するぞ」
「潰す。あれは、あってはならんものじゃ。ヨシュアの“じゅう”やら“あいいーでー”を見たおかげで、罪悪感はずいぶんと減ったがのう」
さいですか。無差別で無慈悲な死を招く武器、とかいっても1万近い重装歩兵を吹き飛ばすIEDを見た後では、まあそうなるわな。
「よし、じゃあ俺とミルリルはハンヴィーで……」
「銃座には、わたし!」
「え、ミーニャはバスを守ってほしいんだけどな」
「バスに“えむろくじゅー”を付けてくれるんなら、やる」
「付かねえよ。どこに付けるんだよ」
「じゃあ、イヤ。“はんびー”に乗る」
この子はもう……。
「よかろう。ミーニャも来てもらうのじゃ。敵を蹴散らしてトラジマ号を脇道に入れ、その後は殿で敵を足止めじゃ。手数はあるだけ助かるのでな」
「ありがとミルリル大すきー♪」
ミーニャは年上のミルリルを子供でも褒めるように抱きしめて撫でくり回す。体格的にはミーニャの方が大きいんだけどね。
常に冷淡というか、世界に見切りをつけたような目をしたミーニャも、たまに幼いというか年齢相応な態度を見せるときがあって、俺は逆に少し切なくなる。
少しずつでも、ふつうの女の子に戻っていってくれたらいいんだけど。まあ、殺人旅行に連れ出している俺がいえたことではない。
「ところでミーニャ、ベルトリンクは100発までなんだけど、弾薬交換は出来るんだろうな?」
「当然。“じゅーきかんじゅー”と、ほとんど一緒だし。ドワーフ直伝の技で、5数えるより早いよ」
「いつの間に……ん?」
「なんじゃ、この音は」
バスに戻ろうとしたところで、なんかシャカシャカした音が聞こえてくる。
車内に入るとスピーカーから激しいドラムとエレキギターの音が鳴り響くなか、ヤダルがアワアワとスイッチ操作盤の辺りをいじくっていた。ボーカルのシャウトに、獣人の子供たちが遠吠えのような声を合わせる。
楽しそうだけど、うるさい。
「なにしてんだ、お前?」
「よ、ヨシュア、なんか勝手に鳴りだしたぞ」
「そんなわけねえだろ。お前どっか押したな?」
「おしてない、なんにも、してない、のに、こうなりました」
「なんで棒読みになってんだよ。おい目ぇ逸らすな」
「なんか押した、と思うけど、どこをどう押したか覚えてない」
画面が変な風になっちゃったときのパソコン初心者か。
しかしこれ、誰の趣味なんだか、えらい懐かしいロック……ヘヴィメタか。名前すぐには出てこないや。
アリス・クーパー、だっけ。
「ヨシュア、なんじゃこれは」
「俺のいた世界の音楽だ。静かなのから、うるさいのまでいろいろあるんだけど、これはうるさいのの代表みたいなもんだな」
「……ふむ。なにを叫んでおるかはサッパリわからんが、実にこう、気持ちに刺さる歌じゃのう? 悪くいえば、それしかないというか」
「……そっか、そうだよな。まあ、そんな感じの音楽だ」
「皇国軍、動いた。こっち来る」
「この音楽でバレたのか? あんだけ距離あって聞こえるもんか?」
「そこは、どうでも良かろう。どのみち、あやつらを潰すことは決定事項じゃ。ヨシュア、“はんびー”を出せい!」
采配でも振るようにミルリルは腕を敵陣に向けて叫ぶ。いや、あんたはどこの軍師様だよ。
2台に分かれて発車させようとしたとき、バスから流れていた曲が切り替わる。
「……ちょっと待て、ここで“アイ・オブ・ザ・タイガー”かよ!?」
話としては出来過ぎだけどな。虎娘とトラジマ号(もう、それでいいや)には、お似合いの初陣だ。
助手席のミルリルが手信号でバスに少し遅れての前進を伝え、後部銃座でミーニャが嬉しそうに叫んだ。
「突撃!」




