51:虎娘ヤダルの愛情
「うおぉーッ! すげえぞ、あたしのトラジマ号!」
新たに調達したスクールバスの運転席で、虎娘ヤダルはハンドルに抱きついていた。
いつもはちょっとツンケンして斜に構えたところのある中二病っぽいヤツなのに、いまはニマニマと締まりのない笑みを浮かべている。そんなヤダルは微笑ましい、というよりも正直、見ていていささかいたたまれない気持ちになる。
「勝手に名前付けんな。あと、お前のじゃねえ」
ていうか、この世界でも乗り物のこと“○○号”っていうのな。それとも、単なる自動翻訳の問題か?
「まあ、よいではないかヨシュア。これでヤダルを“ばす”の御者に据えれば、おぬしも楽が出来るであろう?」
「それは……まあ、そうだけど」
「わらわも早ようケースマイアンに帰って、かわいいクマ号を直してやらんとのう」
……おい、あんたもか。
ミルリルさん、サスが抜けてドライブシャフトひん曲がった幼稚園バス、直す気なんだ。直ったところで安全に走り回れるスペースはあの平原くらいしかないと思うんだけど。北側は森だし、南側は敵地だし。
まあ、いいや。あんま詳しくないんだけど、ミッションオイルとか要るのかな。後でサイモンに訊こう。
車体の各部点検をして、携行用ジェリ缶からディーゼル燃料を入れる。20リットルの軽油を5本。ほとんど空っぽだった最初の状態から、給油後に再確認したところ燃料計は正常に動いているようだ。
ハンヴィーの分も合わせてジェリ缶でもう5本分の予備燃料も確保しておいたが、たぶんケースマイアンまでは80kmだから追加給油なしでいけると思う。
「はーい、じゃあ乗ってくださーい」
「「「「わあぁー♪」」」」
「人数分の椅子はないから、チビッ子は大人と一緒に座るんだぞ」
「「「「はーい」」」」
乗り換えてもらった元イエルケル住人のみなさんは、倍くらい広くなった車内に驚いている。
入ってすぐのところでフガフガいいながらハンドルに頬ずりしている虎娘については、見なかったことにしようというのが共通の態度のようだ。
たしかに、あれは微妙にツッコみにくい。
スクールバスとはいえアメリカ人サイズなのか椅子もデカい。子供ならふたり座れるシートが左右に10脚ずつ。獣人の大人でもひとりなら楽に座れそうだ。あいにく補助席はないので、詰めて座ってもらうしかない。床に座ることが当たり前だったクマ顔バスのときと違って、今度のは下手にしっかり椅子が揃っているだけに、まけ出た人が可哀想な感じになる。クッションでも買っておけばよかったかな。
今回は非常時だし、残りわずかなので我慢してもらうか。
「ほんじゃ、行くぞヤダル」
「お、おう! いつでも来い!」
「まず、そこのカギを回す。うん、銀色の、それ。そこでちょっと待って……さらに回す」
「お、お、おおお……?」
セルモーターが数回唸って、エンジンが掛かる。大排気量ディーゼルの重々しい回転音に、虎娘ヤダルはテンションマックスである。
「そんで? そんで?」
俺は運転席の右側にあるシフトレバーを指で示す。アルファベットは読めんだろうから、記号として認識してもらうしかない。停止状態と前進、後退だけでいいや。
「エンジン掛けるときは、いまの位置。走るときは、ここ。後ろに下がるときはここだけど、後ろは見えなくて危ないから基本的に前進だけにして」
「うん」
「シフトレバーをここに入れて、右のアクセルペダル踏んだら走る。左のブレーキペダル踏んだら止まる。その丸いの回すと曲がる。あとは、俺もよくわからん」
運転席左側の操作パネルみたいのに、なんかスイッチとかいっぱいあるけど、とりあえず営業用もしくは道路運行用のあれこれだろうから、そこの操作はいいや。早くケースマイアンに帰りたい。
「最初はゆっくり、すぐ止まれる速度で、なぁああああ……!!」
このバカ、いきなりアクセル床まで踏み込みやがった!
「おおお、速い! すごいチカラだ! さすがトラジマ号!」
「止まれ!」
「おう」
「むぎゅううぅ……!」
急発進で吹っ飛びそうになり、急ブレーキで跳ね飛ばされて窓ガラスにへばりついた。ミルリルさんを守ろうと身を挺した結果、俺だけがあちこちぶっかって跳ね飛ばされてしまう。
当のミルリルさんといえば、片手で手すりをホールドして盤石の態勢。なので、要するに俺のひとり相撲である。
「ヤダル! ゆっ・く・り! って、いっただろ!?」
「あ……ご、ごめん、嬉しくて、つい」
気を取り直して再スタート。今度はくどいほど慎重に、スムーズな運転を心掛けさせる。
「よし、そのまま。急に速度を上げたり止まったり曲がったりしたら、乗ってるひとが怪我したり気持ち悪くなったりするからな」
「わ、わかった。がんばる」
ある程度、速度が上がってきたところで、40マイル(時速64km)辺りを上限に指定する。
「見通しが良いところでも、速度はここまでにしろ」
「あたしのトラジマ号は、もっと出せるぞ?」
「お前のじゃない……けど、それはもういいや。このバスで速度を出しても良いことなんか、なにもないんだ。この車の目的は、できるだけ安全に、できるだけ快適に、乗ってるひとを運ぶことだからな。早く走って敵と戦うのはハンヴィーだけでいい」
「そっか。うん、わかった。安全に、快適に、だな」
なにがそんなにこいつを惹き付けるのか知らんが、ヤダルはスクールバスにぞっこん状態である。
途中でいっぺん休憩のために停車したときにも、ずっと運転席にへばりついて離れようとしない。
しょうがない。お茶とおやつの準備が出来たら、運転席まで運んでもらうか。
「よぉし、良い子だ。お前は、もっと出来る子だって、あたしはちゃんとわかってるからな」
なんか話しかけてる声が窓から聞こえるんですけど、なんなの。ケースマイアンのエルフやドワーフも自分の銃に屈折した愛情を注いでたし、亜人の人たちってフェチっぽい趣味が多いの?
「わたしの“こんぱうんどぼー”、なんか気持ちが通じてる気がする」
「うむ。わらわの“うーじ”もじゃ。こやつは血に飢えておるので、宥めるのにひと苦労じゃな」
「さあトラジマ号、我が故郷ケースマイアンにお前を招待しよう」
ちょっとぉ! 誰か止めて! もうアタシの精神的HPはゼロよ!




