49:入れ替わる贄
エンジン音が響くと同時に、兵士たちが飛び出してきた。想像以上に対応が早い。襲撃に気付かなかったからもっと無能だと思ってたのに。
周囲に散らばる仲間の死体を見て即座に状況を察知したのか、野営地を出たマイクロバスの後部に矢がぶつかる音がした。
「きゃあッ!」
「静かに! 頭を下げて床に伏せろ! そうしていれば大丈夫だ!」
窓を破られたら、わからんけどな。俺はアクセルを踏んで、暗闇のなかを走り出す。
「なにをしておるヨシュア、もっと速度を上げるのじゃ!」
「無茶いうな!」
30人以上も乗っていればポンコツバスの動きは鈍い。細い農道は土と砂利で荒れているし、馬車が走ることを考えてもいないので境界線などなく、路肩を固めてもいない。道を外れると柔らかい農地だ。スタックしたら、そこで逃走劇も終わる。
「ふむ、そこで銃撃戦じゃな!?」
「俺の考えを読むのは止めてくれませんかね」
「なあに、気に病むことなど、なにもないぞ? どのみち森までしか行けん。そこまでにどれだけ迎え撃つ準備が出来るかじゃ。いまは急げ!」
直線距離で200mそこそこ、農道を縫っても車なら1分と掛からない。森を回り込んで皇国軍事陣地からの死角に入ると、倒れた巨木の脇に停車。車体を弓からの遮蔽になる位置に付ける。
「みんな、車内で伏せてろ。絶対に動くな。アンタは一緒に来て、子供たちに呼びかけてくれ」
さっきの獣人女性を連れてバスを降り、入り口ドアを守るような位置にハンヴィーを出す。
「ミーニャ、銃座に付け! 俺たちは森に入る、道を来るのは全員が敵だ、視認でき次第、撃ってもいい!」
「了解、弓は」
「まずは銃だ。状況次第では矢を回収できない可能性がある。銃弾は節約して使えよ!」
「たのしみ」
なんか弾んだ声を聞いた気がするが無視。鉈を構えたヤダルを女性の護衛に付け、俺とミルリルは前衛として先行する。
「お揃いじゃの」
MAC10を構えた俺を見て、ミルリルは嬉しそうにUZIを振った。
そうね。フォーティーファイブ兄妹、といったところか。いや、ペアか。どうでもいい。
俺はMAC10のセイフティを外して、単発に切り替える。俺には全自動射撃をコントロールできないし、たぶん無駄弾を振り撒いて終わりだ。
「子供たちに当たるかもしれない。確実に敵を視認するまで撃つな」
「了解じゃ。いうまでもないがの」
獣人の女性が子供たちの名前を呼ぶ。しばらくすると、遠くで応える声があった。
「注意しろヨシュア、小さいが魔物の気配がある」
「うぇッ」
走りながら周囲を警戒するが、夜の闇に沈んだ森のなかで俺にはなにも見えない。
パシュンと空を切る音がして、温かいものが降り注ぐ。服に染みたそれは、生臭い匂いがした。
「ホントお前、こういうときは頼りないな」
ヤダルの呆れ声に足元を見ると、首を斬られて事切れている子供のようなシルエットがあった。
一瞬血の気が引いたものの、それは獣人ではなく人型の魔物のようだ。肌は青黒く顔も醜く歪んでいて、口元には乱杭歯が覗いていた。
「なに、これ」
「なんだよヨシュア、ゴブリンも知らんのか?」
知らんわ。ドラゴン以外では、初めて見る魔物だ。ゴブリンというのは小説や映画やゲームでは雑魚という印象があったけど、実物はなかなかにゴツくて恐ろしく、また単純にキモい。
足を止めている暇はない。走り出した俺の耳に、ミルリルの声が聞こえた。
「ヨシュア、おったぞ! こっちじゃ!」
10mほど先で手を振るミルリルのシルエットを頼りに近付く。折り重なった倒木の陰に隠れている子供たちの姿が見えた。
「メイファ!」
「助けに来たぞ、残りの子らはどこじゃ?」
「森の入り口で、はぐれた。朝になったら、探そうと思って、ここに」
8人中5人。メイファという年長の女の子が、答えながら悔しそうに涙ぐむ。
年長といっても、まだ小学生くらいだ。小さい子の引率で、どんだけ気を張ってきたか。ひとりで、どんだけ不安だったか。
「良くやったぞ、メイファ! そこで無闇に動かず4人を守ると決めたのは、素晴らしい判断だ!」
「う、うん。でも……」
「心配するな。3人は、俺たちが必ず見つけ出す。彼らの名前を教えてくれ」
「ルクル、ポーン、マイラ。みんな獣人の男の子。迷ったらすぐ隠れて朝を待つようには教えてある」
「いいぞ、メイファ、君は最高のリーダーだ。良くやった、自信を持て!」
歯を食いしばって耐えていたメイファは、安心したのかボロボロと泣き始めた。
俺はクシャクシャと頭を撫で回して、彼女に収納から取り出した駄菓子の大袋を渡す。派手な色のセロファンで個別包装された、たぶんヌガーかキャンディーだ。
「ご褒美だ。みんなと合流出来たら、子供たちで分けろ」
「あ、ありがと」
「ヤダル、バスまでの護衛を頼めるか。そのまま残って、みんなを守っていてくれ」
「了解」
「念のため確認だ。絶対に、道には出るな。M60の射界に入るからな」
「わかってる、向こうは任せとけ。……ああ、ヨシュア」
駆け出そうとした俺を、ヤダルが呼び止める。
「気を付けてな」
「ありがとう、すぐ戻る!」
ミルリルは残る子供たちの気配でも察知したのか、森のなかを迷いなく走り出す。俺も必死で追いかけてゆくものの、気を抜くと置いて行かれそうになる。
なに、このチビッ子ドワーフ、むっちゃ速えぇ!
「いたぞ」
声を潜めているのが気になる。その奥に、なにかいるようだ。魔物か、皇国軍兵士か。
「オークじゃ」
えええ……それ、異世界転移じゃ冒頭に対決して身の程を知る、もしくは自分のチートぶりを実感するエピソードじゃないですかね。
いま俺、異世界転移業界じゃ中堅どころの係長クラスだと思うですけど、ここでオークですか。
しかも、いっぱいおる。
「2、3……4体か。あれは、子供らの匂いを嗅ぎつけておるのじゃな。オークは、獣が恐怖を感じたときの匂いに敏感でのう、その臭気を辿って、逃げても逃げても追いかけてきよるんじゃ」
「いや、講釈は良いから早く助けないと」
「なに、ひとつ教えてやろうと思ったのじゃ」
ミルリルさんは一段声を上げ、わざと足音高く下映えを踏み分ける。オークたちが振り返り、巨躯を身構えながら手にした棍棒を振りかぶった。
「オークどもに、本当の恐怖というものをのう?」
いうなり発射された45口径弾がオークの眼球を貫いて後頭部に抜ける。そのまま銃身を振って3連射。残る3体のオークも目玉を撃たれて倒れ、悲鳴を上げながら転がり回る。
その間も、のじゃロリ姉さんの細腕で片手持ちしているUZIは、微動だにしない。
……ちょっと、それ4kgとかあるんだけど。折り畳み式の金属銃床とか、いっぺんも使ったことないでしょ。無駄な重量になってんなら、外しなさいよ。
「ルクル、ポーン、マイラ! メイファに頼まれて助けに来たぞ! わらわたちと一緒に来れば、良い所に連れてってやろう! 美味い菓子もあるぞ!」
「ミルリルさん、それ完全に誘拐犯の台詞だから……っていうか、あいつら、まだ死んでないんじゃないのか?」
オークたちは目玉越しに脳まで撃ち抜かれたというのに、なんとか立ち上がろうともがいている。
「オークは生き意地が汚くてのう。頭を割られて中身を半分がた溢しながらも動くんじゃ」
「いやいやいや、殺しなさいよ」
「それがな、オーク、ひとたび自分が恐怖を感じたときには、発する臭いが他の魔物と比べても凄まじく強いんじゃ。そしてその匂いは、より強い魔物をおびき寄せる」
木の根元に開いた洞穴のような場所から、子犬みたいな獣人の子たちが3人、慌てて駆け出してくる。こちらが手を振るとホッとした顔になって、ミルリルにすがりついた。
「ドワーフのねえちゃん、メイファねえちゃんは?」
「無事じゃ。この先でおぬしらを待っておる。走るぞ、付いてこれるか?」
「じんろう、だもの」
みつを、みたいなこといってるけど、要は“走るなら負けない”ってことだろうな。たぶん、ていうかほぼ確実に、このなかで一番遅いの俺だわ。
子供のひとりが俺を見て怪訝そうな顔をするが、すぐに気を取り直して走り出す。あの村には獣人の混血がいたようだから、外見はあまり気にしないのかもしれない。
「なにをしとる、ヨシュア! 早ようせんと、デカいのが来るぞ?」
俺も慌ててミルリルたちの後を追う。ちょっと待って、その“デカいの”って、なに!?
全力疾走しながらチラチラと振り返ると、村があった方角にいくつも松明の光が見える。金属の鳴る音と怒鳴り声。森に入ろうとしている皇国軍兵士たちだろう。
ミルリルさん、案外あれで皇国軍やら村の人やらに対して腹に据えかねたところがあったのかもしれない。俺にもわかるくらいの巨大な気配が、近付いてきているのがわかった。
「ヤダル! ミーニャ! いま戻ったぞ、バスに乗れ!」
ハンヴィーの銃座から降りたミーニャは撃てずじまいで不満そうだが、いまはそれどころではない。だいたい、俺もMAC10ぜんぜん撃つ機会ないんだけど。
ハンヴィーを収納してマイクロバスに飛び乗り、シートベルトも締めずにすぐに車を出す。後ろでは再会を喜ぶ歓声が上がっているけれども、それを掻き消すほどの咆哮が響いた。
「……ミルリル、あれ、なに!?」
「なにかは知らんし興味もないが、オークをエサと認識するほどの化け物じゃ。しばらくはあの森に居座って、近隣の肉を手当たりしだいに貪るのであろうな。いってみれば、ひとつの天災じゃ」
ひでえ。
救出したなかに混じっていた密偵リコラに聞けば、もう村に残っている亜人は、ひとりもいないのだとか。全員が、村の人間から皇国軍に売られたのだが、幸か不幸かそのおかげで問題を一気に解決できた。
「それじゃ、なにがどうなろうと、もうあたしたちの知ったこっちゃないわな」
ヤダルの言葉に、俺は苦笑して頷く。さあ、気を取り直して、俺たちは一路ケースマイアンへ。




