48:脱出の障害
「GO! GO! GO!」
「ヨシュアって、ときどき聞いたことのない言葉を使うなあ」
「おい、しゃべんな」
「異世界召喚の魔導師じゃからの」
「どっかの非道な蛮族語ね、きっと」
「だーかーら、しゃべんな! なんのために音立てない武器用意したと思ってン……」
「「「しッ、静かに!」」」
……ひどいな、君ら。
つうか、おしゃべりしながら敵陣突入って、ずいぶん余裕ですね。3人ともなんか“ほんの片手間”みたいにサクサク殺してるし。
特にヤダル。マチェットを振るたびに皇国軍兵士の首やら胴体やらパッスンパッスン斬れるんで、見ていて怖い。
「ヨシュア、これ、すごいぞ。“らいふる”より“すこっぷ”より、ずぅーっと、すごいぞ!?」
「ああ、うん。そうみたいだな。あと、スコップは武器じゃないから」
「ヨシュア、この弓ちょうだい」
「ミーニャ、そういうのは後にしてくんないかな」
こちらはこちらで、ほとんど標的を見ないままコスンコスン射ってるけど、全部が確実に突き刺さってる。動いてる敵の、頭に。しかも、矢羽まで。
そんなに力入れてるようには見えないんだけど、すげえな。
「でも、難しい。引き切ったら抜けちゃう」
「なにが」
「弓をいっぱいまで引いて発射したら、人間みたいな柔らかい的だと突き抜けて矢がどっか行っちゃうから回収できない、っていいたいんだろ」
「そう」
わかんねえよ。わかったけど。ヤダルの翻訳でようやく理解した。幼いとはいえ弓の名手として知られたエルフだもんな。誰でも強力な張力を扱えるなんていうチート武器を使ったらそうなるか。
「だから、これちょうだい」
「だから、の意味がわかんねえよ。まあ、無事に救出できたらな」
とたんに、ぱあっと笑みが広がる。いつもクールな(あるいは冷え切った)表情をしているミーニャには珍しいね。これでやる気になってくれたら安いもんだ。ご褒美、大事。
「ヨシュア、暇じゃ。撃って良いか」
「良いわけねえだろ。全員を回収した後にしろよ」
「うむ、そうするのじゃ」
愛用のUZIを構えて、急にミルリルさんがご機嫌になった。
その頃まで敵が残っていればいいけどね。
そこらでパッスンパッスン鳴るたびに血飛沫と肉片が飛び散る水音がすごいんだけど。悲鳴はいっぺんも聞いていない。獣人の身体能力って、怖いわ。
「終わった」
ミーニャが担当の遠方範囲は無力化終了、と。
「矢も回収したな?」
「当然。あんな良い物、置き去りになんかしない」
ヤダルもマチェットの血を振って飛ばし、無力化終了の合図を送ってくる。これで歩哨は全滅。残るは天幕内で就寝中の兵士のみ。救出まで誰も出てこなければ、無駄な殺生をせずに済むのだけど。
「ヨシュア、“まいくろばす”は、そこに出してくれ。頭の向きは、あっちじゃ。それが脱出を援護するのにいちばん都合がいいのでな」
ドアと逃走路と積み込みの動線を考えてのコメントか。車を出すと同時に3人は動いた。音もなく走り回っては弱った人たちを抱えて戻り、車に乗せてはまた走ってゆく。恐ろしいほどに手早く効率的で無駄がない。何度も救出やら殲滅やらこなしてるから、3人ともすごい成長したね。
俺は上達したの転移と運転くらいなんだけどさ。
「北天幕2人確保、残り6」
「東天幕、3人積み込み、残り4」
「南天幕、残り2人」
「終了、各天幕内も確認した。積み残しはない」
俺は健康状態がひどい者はいないか、手早くチェックしながら車内を回り、ついでに手枷足枷と首輪を収納で外す。
「よし、いいぞ。動くから全員どこかにつかまれ」
「……待って、お願い」
運転席に戻ろうとした俺に、虜囚になっていた獣人女性のひとりがすがりつく。必死な表情を見て嫌な予感がした。
「まさか、誰か連れて行かれたのか?」
「違う。逃げた」
「逃がしたのか?」
「子供が、8人。その森にいる」
指さす先を見ると、200mほど離れた場所に、こんもりとした小さな森。
「大丈夫、逃げる時にそこを通る。ちゃんと拾っていくから、落ち着け」
「どこかにつかまるのじゃ、しばらく揺れるのでな」
エンジンを始動すると、寝ている兵にもさすがに気付かれる。逃げるだけだから追いつかれる心配などしていなかったけど。あんな場所で捜索するとなれば、おそらく撤退戦闘が追加になる。
M60が必要な状況にならないといいな。あれはハンヴィーの銃座に固定してしまったから、とっさに銃だけ取り出せるかどうかわからない。
顔を曇らせる俺を見て、なぜかミルリルさんが満面の笑みを浮かべる。
「いよいよ、わらわの出番というわけじゃな!?」
ああ、うん。そうね、そうなるよね。
質問ではなく、単なる確認事項。愛おしげにUZIを撫で回す脳筋幼女を見て、俺は頼もしいというよりもまず、一抹の不安が頭をよぎる。
この子、どこに向かってらっしゃるのかしらん?




