47:敵陣の虜囚
敵の敵は味方、なんて甘い夢を見ていた時期が、わたしにもありました。
皇国軍と聞いて潜入してみた野営地には、案の定というか多くの捕虜が転がされていた。どこぞで見慣れた手枷・足枷と首輪を付けられて。
その多くが――人間にしか見えないひとが混血なのだとしたら、すべてが――亜人だ。
俺たちは夜陰に紛れて皇国軍陣地を調べ回る。3つの天幕に分けられて総勢26名。今回は天幕に連れ込まれた女性、みたいなのはいない。
それが皇国軍の規律を示しているのか、亜人への差別意識が強いせいなのかは不明。
各天幕の周囲には10以上の警備兵が立っていて、発見されずには近付けない。
なおも探ると、こいつらの全貌がなんとなく見えてきた。村を包囲する皇国軍勢力は200といったところ。軽騎兵が中心で、武装は最低限。荷物用なのか馬が多いくらいで輜重部隊も連れていない。ハナから現地調達するつもりだったのだろう。焚火で焼かれている肉は村から買ったか徴発した家畜。甕や樽に入った飲料も、馬にこんなもん積んでは来ないだろうから、おそらく出所は同じだ。
「これは、占領軍の先遣隊じゃな」
「王国の内乱に乗じて領土を切り取ろう、というのはわかるが、なんで亜人を捕まえるんだ?」
「目障りだから」
俺の言葉に、ミーニャが答える。
幼い瞳でなにを見てきたのか、その声からは感情が削ぎ落とされていた。
「皇国は人間にしか、生きる権利を認めてない。皇国民にとって、亜人は動物。毛や乳や肉を生まないだけ、家畜にも劣る。だから、皇国領からは亜人が排除されて、隣国に売られる」
「だから、の先で理屈がブレとる気がするのう?」
「なんにしろ胸クソ悪い話だぜ。見てろ、いま思い知らせてやるからな」
マチェットを担いだだけで敵陣に突撃しようとするヤダルを、俺とミルリルが必死に押さえ込んだ。ミーニャはむしろ歓迎ムードで、自分も弓を用意しようとしている。
「阿呆、まだ早いのじゃ! ヨシュア、さっさと“えむろくじゅー”を出さんか!」
やめて、誰かこの脳筋ズ止めて。せめて同胞を救出してからにして。
ふとミーニャが顔を上げ、同時にミルリルが手振りで静かにするよう俺たちに伝える。
指揮所らしい中央天幕に駆け込んでくる男たちの足音がして、俺と脳筋ガールズは物陰に隠れる。
「報告! 轍はこの先の街道で途切れております!」
「その、“自律稼働する荷馬車”とやらは」
「範囲を広げて捜索しておりますが、いまだ発見に至っておりません」
「……ふん、本当にそんなものがあるとしたら、だがな」
ああ、これ……あれか。
すぐに中央天幕から、怒鳴り声が聞こえてくる。
「なにを寝惚けたことをいっておられる! あいつらを見つけ出せねば、殲滅されるのは貴公たちなのですぞ!?」
俺は傍らのミルリルに目配せして、3人の脳筋ガールズ全員から揃ってジト目を返される。
怒鳴ってたのは、部下を殺され死体の頭を吹き飛ばされた結果として尋問には非常に協力的だった下級貴族。名前は忘れた。
用が済んだ後で、俺が仏心を出して生かしておいた結果が、これだ。
「だからいったじゃろうに」
「ごめん」
俺は自分で始末を付けようと、収納から武器を出す。弓やマチェットと一緒にサイモンから手に入れた新兵器だ。70年代に流行った代物だから、物はかなり古いんだけどね。
減音器付きのMAC10。設計者の名前から“イングラム”なんて呼ばれる武骨な銃だ。拳銃弾のなかでは弾速が遅い(亜音速)45口径仕様なので、消音効果は高い。
まあ、これもサイモンの受け売りだが。
全長30センチほどと小型のMAC10は分類上、短機関銃ではなく機関拳銃と呼ばれる。全自動射撃可能な拳銃、という扱いだ。構造も外形もデザインはシンプルそのもの。コンセプトも拳銃弾をばら撒くという目的に特化したものだ。
元が単純なオープンボルト方式。発射速度は1分間に千発を越え、30発入りの弾倉が1秒ちょっとで空になる。銃本体のコストは低いとはいえ、トータルで見れば経済性は最悪である。
小型で軽量なのも裏目に出て反動の制御が難しく、命中精度は、あんま良くない。銃市場ではサブマシンガンにも精密な射撃が求められるような時代になり、途上国以外では淘汰された。
人質を取った犯人を狙撃するような状況もないだろうから、俺にはどうでもいいが。
「なんじゃそれは」
「UZIの安物版みたいなもんだ。サプレッサーのおかげで、音が小さい」
「ふむ、それも“ふぉーてーふぁいぶ”かの?」
「そうだけど、やらんぞ」
俺が釘を刺すと、ミルリルは不満そうに鼻を鳴らす。M1911コピーとUZIがあるんだから、アンタもう持てないでしょうに。
「音を出したくないなら、わたしの弓の方が良いのでは?」
まあ、そうね。でも、ミーニャに渡した矢の方が、この世界には存在しない筈の物なんだよね。弾丸の穴なら調べても“魔法”と誤解されて終わる可能性が高いんだけど、鏃も軸も矢羽も異世界素材の矢なんて残ってたら、猟師や兵士じゃない人間が入り込んだとすぐバレる。
「それは、最後の武器だ。襲撃のときまで取っておけ」
適当なことをいって誤魔化す。
まあ、全力で襲い掛かるときには、バレようがなにしようが知ったこっちゃないからな。
天幕の入り口を蹴り飛ばすようにして、敗残兵の下級貴族さんが出てきた。俺たちの前で怯えていたときとはえらく態度が違う。
そいつは怒り心頭といった表情でふんぞり返ると、天幕のなかにいる誰かを怒鳴り付ける。
「すぐに後悔することになりますぞ!」
それはアンタやで。
足音荒くズンズンと歩いてゆく下級貴族氏を、俺たちは闇に紛れながら追跡する。自分に割り当てられているらしい天幕に入ってゆくところで、MAC10を単射で1発。パシュンとくぐもった音が鳴って、下級貴族さんは胸の射出孔を押さえたまま崩れ落ち、動かなくなる。
「ふう、これで情報漏洩は防がれた」
「後の祭り、という言葉がこれほど似合う状況もあるまい」
「……ぅ」
その慣用句は、この世界にもあるのか。なんか別のフレーズが翻訳されてそう聞こえたのか知らんけど、なんにしろぐうの音も出ませんな。
「よし、聞いてくれ」
俺はガールズを集めて、これからの作戦(というほどでもない出たとこ勝負だが)を説明する。
「襲撃と救出は深夜、兵が寝静まった頃に行う。俺はMAC10、ミルリルは小刀、ヤダルは鉈で、ミーニャは弓だ。可能な限り音を立てずに、囚われた獣人たちを救出して脱出する。殲滅の必要はない。同胞の救出が最優先だ」
「おう」
「わかった」
「うむ、ここは“まいくろばす”の出番じゃな」
嬉しそうにほくそ笑むミルリルさん、そんなにハンヴィー嫌いかいな。




