46:内乱の火種
王都で内乱があったという情報を聞いた日の夕刻、俺はイエルケルという農村に入っていた。小さな林が点在する平坦な田園風景。たぶん村の人口は100そこそこ、王都から50哩ほどのところにあり、村の端が街道に面しているので商隊の中継地として賑わいをみせている。
ここに立ち寄ったのは、ヤダルの提案だ。
「イエルケルに解放軍の密偵がいると聞いた。名前はリコラ」
「獣人か?」
「混血だけどな。見た目は人間そのものだ。村に住んで、小さな宿屋を営んでいる」
「それは好都合じゃな。今宵は、そこに泊まろうではないか」
「宿屋なら情報も集まるだろうし、俺も賛成だな」
「ご飯が美味しいといいな。風呂があったら、なおいい」
ミーニャの関心は自分の欲求に流れている。まさか俺たちの用事を忘れてないだろうね。
「ヨシュア、わらわたち護衛が先に行くのじゃ。殿を頼む」
「了解」
俺はケースマイアンでもらった下級商人風の木綿の服。目立つ銃器とハンヴィーは収納に仕舞い、小さな布袋を背負っていた。中身は事前に小袋に分けておいた塩。手持ちで小商いをして回る旅の商人といったところか。
王国民風の身支度をコーディネートしてくれたヤダルによれば、あんまカネ持ってなさそうな風貌が安全のためには都合がいいそうな。
ほっとけ。
どこをどうやっても商人には見えないミルリル、ヤダルとミーニャの3人は旅人風というのか職人風というのか冒険者風というのか、動きやすい作業着みたいな麻の服に肩掛けの背負い袋。
誰かに関係を訊かれたら、護衛といい張るつもりだ。無理はあるだろうが、そんなことは知らん。
ミルリルは腰に小刀を差し、背負い袋のなかにUZIを隠し持っている。ミーニャもソウドオフショットガンを頑なに手放したがらなかったが、この右腕狩りエルフはどうにもトリガーハッピーなところがあるので安全のため村を出るまでは取り上げることにした。
とはいえ見た目として全員が手ぶらもなんなので、ミーニャには弓、ヤダルには鉈を持たせてはいるが、咄嗟に用意したので、よく見られるといささかマズい。
ヤダルのはオンタリオ社製、黒い炭素鋼の軍用山刀だし、ミーニャの弓は滑車付複合弓だ。こんなもん持ってるやつはこの世界にはいない。他人の目から隠せるようなら隠せと伝えたが、いまひとつ理解されない。
「ヨシュアは気にし過ぎなのじゃ。遠方から来た旅人の持ち物など、多かれ少なかれ珍妙なものぞ?」
「そうそう、追及されたら“ドワーフの発明品”とかいって誤魔化すさ」
「もしくは殺す」
「やめれ」
3人の脳筋ガールズを先導に、俺は村の大通りと思われる道を歩いてゆく。
思っていたより多くの商店が軒を並べていて、農民や商人といったひとたちが日常的な商いを行っている。いまのところ内乱による問題が発生しているようには見えない。
「あそこじゃ、“有翼竜の尻尾亭”」
「ああ、ワイバーン美味しかったよね」
「ちょ、ミーニャ、そういう話を外でするなよ。絶対どっかで問題になるから」
「問題になったところで問題ではないのじゃ」
「ミルリルさん、それ意味わかんないです」
「問題は解決できないからこそ問題なのであってのう。適切な対処能力があれば、それは問題ではない。路傍の石ころと同じじゃ、蹴飛ばせばよい」
「おい!」
なんか呼ばれたぞ。明らかにガラ悪そうな声で。
嫌々ながらに振り返ると、なんらかの底辺肉体労働者と思われる非常にむさ苦しい男たちが6人。こちらを見ながらニヤニヤと笑っている。
アカン、これベタな絡まれフラグや。しかも、相手が返り討ちになるまでお約束なヤーツ。
「いいオンナ連れてんじゃねえか。見たとこお前、商人だろ? てことは、そのオンナは商品、だ・よ・なァ!?」
おふ。絵に描いたようなテンプレのザコキャラだ。俺は思わず感心してしまう。
俺もミルリルもお尋ね者だ。さすがに何十人もの人目がある場所で乱闘などするわけにはいかない。ここは社畜生活で培った怒涛のスルースキルで逃げるふりして、人目のないところに引き込んで黙らせるか。
まずは、脳筋ガールズに余計なことしないように釘刺しておかないとな……
どすンッ!
俺に向かって凄んでいた男が、くにゃくにゃと膝から崩れ落ちる。
そうそう、のじゃロリ姉さんのゲンコツで脇腹を打ち抜かれると、悶絶する以前に一瞬意識が飛ぶんだよね。そして起きられない。
痛いとか苦しいとかじゃない。"横になりたい"、みたいな。
「てめ……ッ!」
どすンッ!
「なぅッ!?」
臨戦態勢になった男たちがひとりずつ、肉を抉る音がするたびに倒れて静かになる。ヤダルの猫パンチでリーダーらしい男が吹っ飛び、残るはふたり。
「ご主人様。この者たちは、いかがいたしましょう?」
「……なんだヤダル、その変な口調」
「護衛の設定なので」
設定ていうな。つうか、いきなりブッ飛ばしといてこっち振んな。
「いかがもクソも、もう実力行使してんじゃん。この段階で俺にどうしろっていうのよ、逆に」
「申し訳ありませんなのじゃ、ご主人様。止むを得ず、ご主人様の身を守っただけなのじゃ」
「いやいやいや、そこで俺の責任みたいな感じに持ってくなよ。お前ら、ハナっからノリノリだったじゃねえか!?」
完全に戦意喪失している男たちに、ミーニャが歩み寄る。その顔は蔑みと哀れみを隠そうともしていない。
「それで、ご用は、なんでしょうか?」
小柄で華奢な少女が氷のような目で見つめると、厳しいオッサンふたりがビクッと硬直する。
この場では唯一、自分の手を汚してはいないが、ひとを撃った経験なら俺たち3人を合わせたより多いのだ。眼光に宿った殺気は只者ではない。男たちは悲鳴を上げて逃げ去って行った。
「うむ、下郎とはいえ倒れた仲間を置き去りにせんのは褒めてやるのじゃ」
引き摺って行った後には転々と血の跡がある。女の子に殴られただけの筈なのに不思議だ(棒読み)。
俺たちを取り巻く村人たちの顔が揃って強張っている。彼女らの実力を見た以上は手こそ出せないものの、排除すべき異物と思っているのがわかる。
「……もう、村での接触は無理だな」
「やむを得んのう。この状態でそやつを訪ねれば、身分が露呈してしまうやもしれんのじゃ」
「おい待て、誰のせいだと思ってんだよ」
「ヨシュアが絡まれるのが悪いのじゃ。わらわは良かれと思ってじゃな」
「いやいやいや、むっちゃ楽しそうだったよね?」
「じっさい、楽しかったぜ?」
「ヤダル、お前も少しは反省しような?」
ヒソヒソとお互いを責めながら、俺たちは村からの脱出に掛かる。
もともと、王都に入る前に情報収集をしようと立ち寄っただけだ。こうなっては長居しても意味がない。ひと気のない畑の方向に移動してハンヴィーを出し、そこから一気に王都を目指すか。
残念ながら、それは叶わなかった。村の外周は、完全に包囲されていたからだ。
「あれは、王国軍か?」
「……ふむ、見たことのない軍装じゃの。少なくとも、ケースマイアンに攻め入った軍勢のなかにはなかったのじゃ。ここの領地軍か?」
「違う。わたしは故郷で見たけど、みんなは知らないと思う」
ミーニャが、遠くに見える幟旗を指した。
「あれは、皇国軍」




