45:王都へと続く道
最近チェックできてませんでしたが「勝手にランキング」で総合26位だそうで、ありがとうございます!
"Black Market" of the T, by the T, for the T.
ケースマイアンを出て二日目の昼、俺たちは小さな森を縫うように伸びる街道を進んでいた。虎娘のヤダルが後部座席の銃座から顔を出して機嫌良さそうに風を受けている。
「ほーら、やっぱ昼間の方がいいだろ? 気持ちいいし、見通しもいいしさ」
「まあ、な。その分、ちゃんと警戒を頼むぜ?」
「おう、任せとけ!」
ハンヴィーはクマ顔マイクロバスより悪路に強く速度も出せるが、車幅が余裕の2m越え、全長も5m近い巨体なので、対向車(馬車)や歩行者がいると気を遣う。
じゃあ夜に移動したら誰とも会わないだろうから楽でいいじゃん、ということでケースマイアンを出てすぐに夜間移動を試したのだが、これは翌日の体調やら肌艶やらが悪いと女性陣から不評だった。
運転すんの俺だし、車内で寝てればいいじゃん、つうてもうるさいし揺れるし眠れないと。
なので、その日は早めに野営し、翌朝早くに出ることにしたのだ。
実際、やってみると昼間の方が楽な部分は多かった。夜は人目こそ気にしなくて済むけど意外に距離が稼げない上、ヘッドライトだけでは目の疲労がキツい。
それに万一、夜に会敵したとき銃器で対応する俺たちはアドバンテージを保てない。昼間の方が事前に発見しやすく距離を取って対処しやすいのだ。
うん、わりと俺の浅知恵であった。
「ミルリル、王都までは、あとどのくらいだ?」
「120哩というところじゃな」
……ええと、だいたい200kmてとこか?
いまいる街道は、王都から逃げ延びてきたのとは別の、王都と皇国を繋ぐ東寄りルートだ。
前に使った街道よりも王都までの距離は長いが、こっちの方が見通しが良く、道が広く、途中に人里が少ないというのが理由だ。
「わらわの読みで正解じゃな。“はんびー”であれば、ケースマイアンに向かう街道より、こちらの方が速度が出せるのじゃ」
「まあな。前の道じゃ、この速度は無理だ。なにかあっても止まれないもんな」
「その代わり、こっちは盗賊やら山賊やらが多いみたいだぞ? 見通しが良いってことは、襲いやすいってことだからな。皇国と行き来する商人はカネ持ってるしさ」
「カネがあるなら、護衛も付けるだろ?」
「そこは、彼我の戦力差を見て勝負に出るのじゃろう。それもひとつの生き方じゃ。勝ち負けは……」
パスンと、助手席でUZIが鳴った。通りすがりざま、木の上から弓を持った男が落ちる。周囲の茂みに隠れた男たちが、硬直したままハンヴィーを見送っていた。
「すぐに、決まるしのう?」
◇ ◇
「ミルリル、ミスネル、ミルカ、ミーニャ……ケースマイアンって、なんで“ミ”から始まる名前が多いんだ?」
「ヤダルは違うぞ。獣人だからな」
「エルフとドワーフには多いかもしれんのう。両親が女児に付けるんじゃ、聖霊を意味する冠詞じゃな」
「ミが?」
「正確に発音するならば、“ミィ”、じゃな。ミィ・ルーリル、ミィ・ゥエスネル、ミィ・ルーカ、ミィ・ゥエーニャということじゃ」
ことじゃ、っていわれてもな。うん、全然わからん。ひとの名前覚えるのが苦手な上に語学も苦手なので、頭がこんがらがってくる。なるほど、って顔して頷いておこう。
「ヤダルも正式な発音とかあるのか?」
「あるわけないだろ。ヤダルはヤダルだ」
うん、獣人はシンプルで良い。
「ヨシュア、お前いまバカにしたな!? 獣人は単純だなとかアホだなとか思っただろ!?」
「思ってねえよ!」
やべえ、勘は鋭い。さすが獣人……
「しッ! ヨシュア、右奥でなにか動いた」
ヤダルと交代して後部銃座に付いていたミーニャが、足先で俺を小突く。森の先、右への緩いブラインドコーナーの先になにかいるってことか。遮蔽になっている森の端までは距離にして20mほどある。とりあえず減速して様子を見る。
「停車するか?」
「速度このまま、道の左を大きく回って。障害物がなければ突破、道を塞いであったらまっすぐ下がって」
「OK」
森で塞がれていた視界が開かれると、倒木が道を塞いでいるのが見えた。わかりやすい足止めだ。
道の左右に盗賊か野盗化した敗残兵か、汚れた甲冑の残骸を身に着けた男が8人。手にしているのは槍と剣、一定の統率が取れているのと装備が揃っているのを見る限り、どうやら敗残兵のようだ。
奥の茂みには弓を持った男が3人、少し前に見た盗賊の弓使いと違って、隠れようとはしていない。弓兵崩れなら商隊の護衛を倒すくらいわけないという自信の現れなのだろう。
……まがりなりにもあの戦場にいたのなら、こいつらには学習能力がないということだ。
「止まれ!」
野盗でございますといわんばかりの男たちから、そんなんいわれて止まるわけがないだろうに。俺はミーニャの指示通りまっすぐ、敵が視界に入るようにバックして距離を取る。
いまだ弓の射程内ではあるが、矢は降ってこず近接武器を持った男たちにも動く気配はない。
「ミーニャ、M60は使うな。弾薬が勿体ない」
「了解……ヨシュアせこい」
聞こえてるぞ、おい。7.62ミリNATO弾なんて、あんなペラペラ甲冑には過剰火力なんだよ。
ちなみにサイモンからの調達価格でいうと、一番安いのはAKMの軍用弾(緑塗装の鉄薬莢で、有名メーカー製の45口径拳銃弾よりも安かった)なんだけど、手持ちのAKMは5丁(機関銃座用の護衛に用意した予備の4丁と、勇者戦で紛失したのを回収した1丁。ちなみに、最初に使っていたのはまっぷたつにされたので再起不能だった)。
ミルリルは愛用の45口径ペア以外さほど興味がないようなので、手持ちのAKMのうち1丁はヤダルに渡してある。扱いに慣れたM1903を使いたがると思ったが、案外こだわりはないようだ。
「ヤダル、弓を押さえられるか?」
「弾倉いっぽん30発あれば、全部いけるさ」
いうなり降りて、3発を撃ち込む。弓兵は倒れたまま動かなくなった。
「あ、おい左端のオッサンだけは撃つなよ!?」
「へいへい」
残りの8人も流れで射殺しそうな勢いだったので、慌てて指揮官らしい男だけは残しておくように伝える。ヤダルの返答が返ってきたときには、7人は胸を撃ち抜かれて動かなくなっていた。
「な、な……」
部下10人を瞬殺されたオッサンは、身動きひとつできないまま怯えて固まっている。俺の指示があと1秒遅かったら、こいつも確実に死んでた。
「へえ、悪くないな、AKM。M1903ほどじゃないけど、四半哩までなら、それなりに当たる」
「そんなに命中精度は良くないって聞いてるけどな。まあ、俺もAKM以外あんま使ってないんで詳しくは知らんけど」
「比較の問題はどうでも良かろう? 当たる距離まで近付けば済む話じゃ」
「違いねえ」
ミルリルさんの言葉に、ヤダルが笑って頷く。ザ・脳筋会話である。
俺は自分のAKMを収納から引き出して、へたり込んだオッサンに近付く。
「所属と階級と身分、それと、ここにいた目的をいえ」
「誰が、貴様などに」
ドン、と銃声が鳴って傍らの死体の頭が弾ける。短く息を呑んだオッサンは途端に口が軽くなり、なにもかもペラペラと話し始めた。それを聞いていたミルリルたちの顔が怪訝そうな表情になり、どんよりと曇ってゆく。たぶん、俺も同じような顔をしているんだろう。思った以上に事態の進行は早く、急激だったようだ。
「……王都で、内乱?」
「ああ、そうだ。魔王の率いる亜人どもが攻めてくるという噂をきっかけにな。ルモア公爵とエルケル侯爵を中心にした叛乱軍に王都は制圧された。王族はみな行方不明、勇者も賢者も聖女もだ」
「それで、そんな非常時にお前はこんなところで何をしているんだ?」
「こんな非常時だからだ! 中級以上の貴族は生き延びるのに必死だ。我々下級貴族や騎士や平民には指示を仰ぐべき上官もおらん。補給も俸給も途絶えた。もう誰にも、戻る場所などないのだ! 頼るべきは自らの力しかないのだよ!」




