44:リコンキスタ
「申し訳ありませんでしたのじゃーッ!」
教会で目覚めた俺の目の前にあったのは、以前にも見た、ミルリルの見事な土下座。
なんだかんだで、俺は再びエルフの治癒魔法のお世話になったようだ。
飛んでたもんな、縦回転で。
「ミルリル殿、戦闘に勝ったとはいえ、戦争は終わっていない。まだヨシュアを壊してもらっては困るぞ?」
おいこら、そこのエルフ。まだ、とかいうな。
大事にしたげて、ティーンの心みたいに壊れやすいんだから。
「よ、ヨシュア、怒っておるかの?」
「いいや。大丈夫だよ、ミルリル。ぜんぜん怒ってないし、どこも痛くないから」
「それは俺の治癒魔法のおかげだがな」
うん、名前忘れたけどイケメンエルフ、ここは空気読め。
「……い、いきなり、あんなことを、いうとは思わんかったのでのう。ビックリして、つい……ブッ飛ばしてしまったのじゃ」
うん、前半と後半で繋がってない気はするが、動転してしまった結果というのはわからんでもない。
イケメンエルフってば、“あんなことって、どんなこと?”みたいな顔をしているけれども、当然ながらそれは全力でスルー。
「それについては、後で考えよう。朝になったら、少しみんなと話したい」
俺の言葉をすぐに察したらしく、ミルリルはすぐ真面目な顔になって頷く。
イケメンエルフ――思い出した、名前はコーネルだ。たぶん――の方はピンとこなかったようだけど、やがて思い当ったのかこれも小さく頷いた。
「王都に、攻め入るつもりか?」
「そうだな。たぶん、最後までやらなきゃいけないんだろうな」
もし俺たちがこのままどこかに逃げるというなら、王都も国王も、放置してもさほどの問題はない。どうせ王国は、国外までは追ってこれないのだ。刺客を送る程度のことなら対処のしようもある。でも、ケースマイアンをこの地で再建するのが前提だとしたら。
遺恨は、最後まで潰さなければいけない。
「王国軍の兵力はどのくらい残っているか、わかるか?」
「国軍の総兵力は20万以上と謳ってはおるがの。国王直轄の部隊は最大多く見積もっても3万といったところじゃ。しかも、その大半は野戦に向かん近衛と王都の衛兵だからの。その他は貴族の領地軍、要は私兵じゃな。そんなもん王とはいえ勝手に動かすことなど出来ん。カネも物資も貴族の持ち出しでは出兵に従わんし、そもそも地方領地の防衛を蔑にすれば、周辺国からの侵攻をされて終いじゃしの」
イケメンエルフのコーネルが、ミルリルの言葉に首を振る。
「いや、それ以前の問題だな。王都に潜入した解放軍の者が調べた限り、今回のケースマイアン攻略にも、全部の貴族が賛同したわけじゃない。あれこれ理由を付けて従わなかった者の方が多いんだ。兵を出したのは王家に比較的従順な……あるいは、出兵に利があると踏んだ貴族たちだ。王は、そんな領地軍との混成部隊3万を溶かした。勇者も死んだ。その事実が広まった時点で、王家はお終いだな。王都防衛を命じたところで、誰も従わないだろうさ」
王家は自分たちの弱体化を知られるわけにはいかない。弱味を見せれば、たちまち国内外から攻められ領地を蚕食される。実のところ、その可能性はかなり高いようだ。
「どうしたのじゃ、ヨシュア。意外そうな顔をしておるの」
「……意外といえば、意外だな。世界最強最大の国といっても、その程度か」
「武力で奪い、脅し、踏みつけてきた結果の繁栄だからのう。その力が弱れば、虐げられてきた者たちが牙を剥くのは当然じゃ」
「ちなみに、ケースマイアンの防衛は、いまの戦力で足りるのか? ある程度は銃器と弾薬の補充を行うとして、だけど」
「3万の王国軍を破ったんだ、いまのケースマイアンに攻め込める国はない。問題は、隣国が結託したときくらいだな」
コーネルの言葉に、俺は首を傾げる。
「王国に対してはともかく、ケースマイアンを攻めることで利害が一致するのか? さほどの資源や資産があるとは思えないし、占領したところでメリットはなさそうなんだが」
「ああ、そうだな。ケースマイアンに侵攻する国がないという想定は、攻め込んだところで得る物がないという理由が大きい。ヨシュアのもたらした力は、まだ王国以外には知られていないしな。ただ、自国の隣に亜人の国が再建されれば、いままで亜人たちを粗略に扱っていた国は危機感を抱く。さっきの王国の話と同じ、虐げられてきた者が牙を剥くのではないかという恐怖だよ」
コーネルの言葉を聞いて、ミルリルは呆れた顔で首を振る。口元は弧を描いているが、眼はぜんぜん、笑っていない。
「牙を剥くに決まっているであろうが。周辺国に逃れたはずの同胞たちが王国軍の人質にされたことを忘れるわけがなかろう。彼らを王国に売ったやつらには、必ずや報いを受けさせるのじゃ」
◇ ◇
「のうヨシュア、やっぱり、“まいくろばす”にせんか?」
「ダメだって。今度は危ないんだから確実性のある車両にするって、何度もいっただろ?」
今回の王都行き、なぜか獣人やミルリルからは異常なほどに人気がある“にこにこ幼稚園”のバスは止めて、HMMWV(高機動多用途装輪車両、の頭文字)にした。
それはそうだ。3万の軍を破ってまだ間もない。敵も待ち受けているだろうし、有事には悪路を飛ばすことになる。そんなことしたらポンコツのマイクロバスはあっという間にサスペンションが死ぬ。もしくはスタックして俺が死ぬ。
「それは、わかるがのう……こいつは、なんだか薄らデカくて可愛げがないではないか。わらわには、あのクマの方が安心感があるんじゃ」
可愛げ、は……ないな。いや、これから修羅場を潜るのに、そんなもんは要らん。
装甲板を追加したハンヴィーの後席屋根には装甲板付きの回転式銃座を設置した。四方を囲った装甲板は開いた段ボール箱みたいでイマイチ視覚的な据わりは悪いんだけど、安全性確保のためにはしょうがない。
武装は、追加購入したM60。複数の機関銃で使用弾薬を統一したいからと、一度は断った代物だ。使用するのは7.62×51というNATO規格の弾薬。30-06の子分みたいなもので、威力は少し落ちるけれども、それはまあ誤差程度だ。ケースマイアンで調達が必要な弾薬がまたひとつ増えることにはなるが、7.62NATO弾は100発ごと金属製ベルトリンクで繋がって金属ケースに入っているので、車載機関銃専用と考えて割り切る。
サイモンには、2千発を用意してもらった。2千で終わらなければそれこそ、何万発撃っても終わらない。まあ、そんなわけないんだけど、そう思い込む。
さて、残る問題は、と。
「……おい、降りろ」
「「いや!」」
「何回いったらわかるんだよ。今度はホントに危ないから連れて行かないって……」
「「いやあー!!」」
駄々をこねているのはエルフの娘、ミーニャだ。王国軍に捕まって奴隷に落とされ母親を殺された彼女は、俺からソウドオフショットガンを手に入れたことで王国軍兵士の右腕を吹き飛ばして回る修羅になった。その数、実に200人超。殺害数こそ、ほんの数人だが、敵に恐怖を振り撒くという意味では、ケースマイアンでもトップクラスだ。
それはそれとして、昨日から何度も何度も説得しているのに、この子は聞かない。引き剥がそうとしても車内にしがみ付いて必死に抵抗し、最後には俺もミルリルも根負けした。
それは、まあ100歩譲って受け入れるとしてもさ。
「いやああー!」
「おいヤダル、なんでお前まで便乗してんのさ」
「いやぁ……って、あれ? なんだよミーニャ、その“わたし関係ない”みたいな顔」
「わたしは、同意を得た。もう必要ない」
「ずるい! あたしも行く! 王都! ね?」
「ね、じゃねえよ。お前は留守番に決まってんだろ」
虎娘ヤダルは、ミーニャが右腕狩りに励んでたとき俺やミルリルと一緒に飛び回ってたんだが、そこで仲間意識が芽生えたのか面白いものが見られると思ったのか、いまミーニャと一緒にハンヴィーに入り込んでジタバタ並んで駄々こねているのだ。
なにしてんだ、お前は大人だろうに。
「……もう、いいではないか。いちいち放り出すのも面倒じゃ、行くぞヨシュア」
「「わーい、ありがとうミルリル~♪」」
開戦前、俺はドワーフ娘ミルリルと虎娘ヤダルとエルフの娘ミーニャを抱えて空飛ぶタクシー役にされていたのだが、今度はホントにタクシー役である。まあ、戦力として頼りになることは間違いないので、連れて行くことにした。危なくなったら、最悪また全員抱えて転移で逃げるさ。
「ねえヨシュア、おやつは? あたし、いろんな色の“ちょこれーと”がいい!」
「ねえよ、遊びに行くんじゃねーっつうの」
ヤダル、お前ネコ科の獣人だろうが。そんなん食って死んでも知らんぞ!?




