(閑話)マジカルみるりると狙われた花園
亜人の楽園マイアンガーデンを襲う、悪辣な黒の帝国。
踏み込んできた黒衣の戦闘兵たちを押しとどめようと獣人やエルフ、ドワーフの男たちが必死に戦うが多勢に無勢。次々に力尽き倒れてゆく。女子供は悲鳴を上げて逃げ惑うが、その声もやがて蹂躙の渦のなかに消える。
「殺せ殺せ! 何もかも滅し尽くせ!」
「ああ、神様ッ!」
誰もが絶望し天を仰いだそのとき、眩い光と供の光の天使が降臨した。その名も――
「のーきんすぱーく! マジカルみるりる!」
わらわは魔法の精霊よしゅあんの使徒。愛と正義を守るためこの世に舞い降りた、美少女魔法戦士じゃ。
「マジカルぱんち!」
「げぅッ!」
「マジカルちょっぷ!」
「ぎゃあッ!」
「マジカルすぴんなっくる!」
「「「「うわぁーッ!」」」」
出てくるザコどもをバッタバッタと薙ぎ倒し、わらわは集団の奥でふんぞり返ったどこか見覚えのあるジジイに詰め寄る。そやつは銀の鎧に身を包んでわらわに禍々しい魔の大弓を向けようとする。
「おのれ、我が野望を邪魔する小娘が! 爆炎魔法の前に塵となるが良いわ!」
「吠えよ、マジカルうーじ!」
わらわの手には子犬のような精霊が宿り、頼もしい咆哮とともに鉛の礫を吐き出す。
「はぶぉッ!」
「ごふぁッ!」
「ぎゅッ!」
ザコどもは必死にジジイを守ろうと集まって来よるが、ある者は胸を貫かれ、ある者は頭を吹き飛ばされ、ある者は股間を抉り取られて、粉微塵に砕けて光の粒に変わった。
魔の大弓は弦を切られ、ジジイも全身に風穴を開けて膝をつく。
「悪辣なる帝国の老害よ! ここが年貢の納め時ぞ!」
「ええい、小癪な!」
ジジイがなにやら唱えると、地面が揺れて巨大な影が現れよった。蛇のようであり龍のようでもあるそれは薄桃色の長大な体をくねらせ、なんぞ奇妙に赤黒く膨れ上がった頭をもたげてこちらを睥睨する。
「なんのこれしき、出でよ! マジカルたんくま!」
「「ゴーゴー!」」
ずんぐりむっくりした緑色と白のクマが、雄叫びを上げてわらわの後ろに降臨する。これぞ魔法の精霊よしゅあんの奇跡じゃ。
「愛と正義の加護を見るが良い! 天誅、マジカルばすたー!」
マジカルたんくまの口が開かれると鋼の筒がスルスルと伸び、轟音と共に魔法のてっこー弾を打ち出す。
「な、なにぃッ!?」
ジジイの顔が驚愕に歪み、すぐに絶望で蒼褪めよる。
背後の巨大なナニヤラは白く濁った粘液を吹き出しつつ粉砕され、ヘニョヘニョと情けなく萎びて倒れる。長さも太さも半分ほどにもなったそれは、もはや脅威でもなく生臭い汁を垂らす出来損ないの芋虫でしかないのじゃ。
「おのれマジカルみるりる、こうなれば死なばもろとも!」
長大な剣を構えて走り出そうとしたジジイの身体が、横から撃ち出された何かで横っ飛びに吹っ飛ぶ。あれはマジカルさんだん、じゃな。
ということは……
「みるりる、無事か!?」
「……よしゅ、あん?」
その姿を見たわらわは、思わずマジカルすてぃっくを取り落として固まってしもうた。愛と正義の美少女魔法戦士にあるまじき失態ではあるが、それも仕方ないであろう。
わらわが身も心も捧げた魔法の精霊、愛するよしゅあんが目の前におるのだからのう。
どこから駆けてきたやら息を切らし、汗だくでわらわを見つめておる。
「ぶ、無事に、決まっておる。わらわが、誰だと思っておるのじゃ」
「ああ、そうだな」
思わず動転して心にもない言葉で突き放してしもうたが、よしゅあんは気にも留めず、安堵の表情でわらわをしっかりと抱きしめてきよった。
ぬ!? これは、イカン。そういうのは、まだ、ちょっと早いと思うのじゃ。
「お前のことが心配で、全てを投げ出して来てしまった。許せ、マジカルみるりる」
「い、ぃヨいのじゃ。おぬしに、思われておるだけで、わら……わ!?」
ちょ、ちょっと待たぬか。それはダメじゃ。なんという破廉恥な真似を、こッ、ここは公衆の面前ではないか!
「ま、待て! よしゅあん!? みなが見ておる!」
「見せてやればいい」
「そうね」
「そうだ、みるりる」
「ちょ、え!? ヤダル!? おいミーニャまで!? おぬしら何しとる、見ておらんと助けんか!」
「良かったな、みるりる」
「おめでとう、みるりる」
「良くないわ! めでたいのは、おぬしらじゃ! なに、よせ! 見るな! おい馬鹿、なッ! 拍手するな! 花を撒くな! やめ、よしゅ……ひゃあッ! そ、そこはイカン……!」
「ああ……さすがだ、マジカルみるりる。こんなところまで、マジカルじゃないか……」
「ばッ! 馬鹿者! ワケのわからんことを抜かすな! ええい……!」
「やめんかヨシュアーッ!」
目覚めると、窓から薄明りが漏れておった。息を荒げて大汗をかいて、わらわは困惑して周囲を見渡す。
ふんわりと暖かなベッドの隣で、ヨシュアは幸せそうに眠っておる。ちょっと前までエラいところでエラいものがエラいことになっておったというのに、この世は事もなし。夜明け前の平和な静けさに満ちておった。
「……なんじゃ、これ」
わらわは溜め息を吐くと、ぽふりと枕に頭を乗せた。




