42:終戦、そして
「おぬしは、阿呆じゃ」
教会に運び込まれた俺を、ミルリルが怒りを込めた目で見下ろしている。土埃に汚れた頬は、涙の痕で縞々になっている。
勿体ないな。ホントは、ぷにぷにで艶々なのにな。
「おいヨシュア! 聞いておるのか!?」
「……え? ああ、うん。聞いてる。ごめん、悪いことした。せっかくのぷに……」
「ぷに?」
「あ、いや、なんでもない。心配かけて申し訳ない。でも」
「わかっておる。いや、理解には苦しむが、おおかた自分の手で幕引きを行いたかったというところであろう?」
どうかな。そうなんだろうな。
あいつだけは自分の手で殺すって、思ってはいたけど、それは恨みや憎しみというより義務感のような気がした。同郷の狂犬を野放しにするわけにはいかない、っていうような。
「そもそも王国とケースマイアンとの……いや、人間と亜人との諍いは何百年も前から続いてきたことじゃ。おぬしがひとりで背負うべき話でもなかろう?」
「……そう、なんだろうな。でも、少なくとも勇者との確執は俺が始めたことだし、俺が終わらせなきゃいけないと思って」
自分でも、上手くいえない。王国軍の“その他大勢”と一緒にあっさり殺されてたとしたら、“自業自得”で終わりだけど。重機関銃からもナパームからも生き延びて、死兵になって向かってくる日本人を倒すのに、エルフやドワーフや獣人たちの手を汚すっていうのも、なんか違う気がしたのだ。
あいつの狙いは亜人たちというより、俺なのだろうから。
「それにしても、もっとやりようはあっただろうにのう。おぬし、英雄願望でもあるのか?」
「え? いや……そんなん、ないけど。全然」
「前にもいうたがの、ヨシュアは自分をひどく低く見る癖がある。もしやそれは、本当の自分はもっと強くあるはず、あるいは、そうあるべきという気持ちの現れではないか?」
……そう、なの?
いや、違うと思う。そこまで考えてなかった。というよりも、なにも考えてなかった。考えなしに突っ込んで、考えなしに死に掛けた。阿呆といわれたところで、返す言葉もない。
「なんにせよ、目の前でボロ雑巾のようになってゆく様を見せられる身にもなってみよ」
「……ああ、うん。ごめん」
素直に謝ると、ミルリルは屈み込んで俺の頭を抱き締めてくれた。思いがけず甘い匂いがして、思わず身体が硬くなる。そして……いささか問題がある部分も、少し。
「まあ、五体満足で帰ってきてくれたんじゃ、許そう。おぬしのおかげで、妹も無事に取り戻すことが出来たしの」
「あ、ああ……うん。ありがとう、ミルリル」
「なに、男の阿呆さ加減を許容するのも、女の器量じゃ」
……ああ、ミル姉さん、アンタむっちゃ男前や。
◇ ◇
「……あ? 酒と肴? アンタ俺をなんだと思ってるんだ?」
なんだか久しぶりに会ったような気がするサイモンは、俺のオーダーを聞いて呆れたように首を振った。どうでもいけど、今日のサイモンはえらく香水臭い。
「手に入れられないのか?」
「んなこたぁねえよ。俺を誰だと思ってんだ」
「じゃあ頼むよ、ビジネスマン。心配しなくても、カネならあるぞ。前に渡した分の清算がどうなったのか聞いてないけどな」
「それなら、こっちの立て替え分を差し引いてもかなりのプラスだ。ザックリいって、65万ってとこだな。現金で用意するなら半月ほどかかる」
おう、あんだけ買って7000万円くらい余ったってか? ……てことはたぶん、渡した貴金属や金貨は1億円を余裕で超える評価価値だったってことだな。金相場くらい知識として持っとけばよかったかな……まあ、細かい価格交渉をしたところで乗り換え先がないんじゃあんまり意味がないけど。
「こっちじゃ米ドル紙幣使い道がねえよ。いまは預かっておいてくれ。必要なものがあれば、また調達を頼む。……かもしれん」
「……それは構わんけど、ずいぶんと余裕だな」
「どっちにしろ窓口はお前しかいないんだ、信用するしかねえだろうが。金貨なら、腐るほどあるしな」
俺の言葉に、サイモンの目が泳ぐ。酒樽半分の金貨でどんだけ儲けたんだ、こいつ。
いま気が付いたけど、恰好がえらく小奇麗になってる。ジャラジャラ下げてた貴金属もなくなってるし、腕時計も高そうなのがひとつだけになってる。その艶々した白シャツ、もしかしてシルク? 足元に目をやるとクロコダイルかなんかのブーツだったりして、センスの無さは相変わらずだが。
「……ま、まだある、って……ちなみに、どれくらい……?」
「お前に渡した金貨が端金に思えるくらいだ」
「ぬおぉッ!! ちょ、ちょっと待ってろ!」
サイモンは慌ててフレームアウトして、すぐに戻ってくる。両手には大量の酒瓶と缶詰を抱えている。うん、わかりやすい性格だこと。
何往復かすると、カウンターの上には酒と肴がうず高く積まれた。ハアハアいってるけど、お前どれだけ必死で走り回ったんだ。
「こ、これは、ほんのサービスだ」
「うん、いいね。これからも頼むよ。こっちも、誠意には誠意で、答えるつもりだからな」
すべて収納して手を振ると、最敬礼に近いお見送りを受けて、市場は閉じる。
時間が動き出し、俺はまた教会のなかにいた。治癒魔法のおかげでボロボロだった俺の身体は元通りになっていたが……
そうだ服、頼むの忘れてた。転移当初から着たきりのスーツ(2年近く前に買ったイチキュッパの安物)は穴だらけ引き裂かれて焼け焦げ、コントの爆発シーン後みたいになってる。
後でケースマイアンの誰かに普段着を見繕ってもらおうかと考えて、棒立ちの俺を支えようとでもしたのか駆け寄ってきた“のじゃロリ”の肩を抱く。
予想していた反応と違ったのか、腰にしがみついたままハッとして俺を見上げる。ふにゃりと緩んだ口元を隠そうとしているのが、ホント可愛いな、おい。
「あの……」
声を掛けられて初めて、俺はミルリルの後ろに、もうひとりちんまりした女の子がいることに気付く。顔かたちや雰囲気はよく似ているが、いくぶん線が細く儚げな印象を受ける。
「おお、ヨシュア。妹のミスネルじゃ」
「お初にお目に掛かります、ヨシュア様。わたくし、ミスネルと申します。ヨシュア様のご尽力で同胞たちを救い出していただけたこと、姉から聞かせていただきました。まことに、申し訳なく、またありがたく思っております」
深々と頭を下げられたところで、俺はようやくフリーズから復帰した。
なんか、あまりにもキャラが思ってたのと違ったのでリアクションできずにいたのだ。
「……あ、ああ。お構いなく。……無事で、なにより」
「ん? どうしたのじゃ、ヨシュア。鼻でも摘ままれたような顔をしておるが」
「ホントにミルリルの妹さん?」
「無論じゃ。どっからみても姉妹、そっくりであろう?」
うん、見た目はね。でも中身が、えらく違うような……まあ、いいか。
人質になっていた子たちの怪我は、エルフの治癒魔法でほぼ回復しているそうな。最初は怯えて震えていた彼らも、栄養のある食事と睡眠を取り、女性陣の親身なケアを受けて、少しずつ明るさを取り戻してきているのだとか。
ミスネルの硬いところは元々の性格なのか緊張しているのかわからないけど、ミルリルと話している表情は穏やかで屈託がないように見える。
まあ、いいか。すぐに全てを受け入れられなくても、再建されるであろうケースマイアンと一緒に、新しい環境に馴染んで行ってくれればいい。
そこまで考えたところで、俺は、ふと思う。
住人が戻り明るさを取り戻してゆく亜人の楽園、ケースマイアン。
そこに、俺の居場所はあるのか、と。




