413:そしてふたりは永遠に
そうね。そうなんだよね。うん、知ってた。
「ヨシュア、なにを珍妙な顔をしておるのじゃ?」
「珍妙って。そらそうでしょうよ。こんな顔にもなりますわ」
港湾城塞エファンとケースマイアンの輸出入窓口であり、事実上、多国間交易の仲介役にもなるスールーズの村は、恐ろしい勢いで開発が進んでいた。建てたばかりの資材倉庫には交易物資が次々と搬入され、早くも追加の建設要請が――なんでか共和国理事会から――出されてきた。あなたがた国際法上は隣接国でしかないのですが。貸し倉庫みたいなものが欲しいって“非公式な問い合わせ”もきてるし。マッキン氏とエクラ女史から。
「国の重鎮が直接いうてきたら、非公式じゃねえだろそれ……」
「ローリンゲン殿とマッキン殿はスールーズの村とハーグワイとの定期便を運行するそうじゃ。ほれ、前にローリンゲン殿がいうておった、“巡回魔王便”とかいうやつじゃな」
「えー」
「さすがに他国の為政者を勝手に旗印にもできんので、自分のところの海妖大蛸印にしたらしいがの」
良くも悪くも自分の気持ちに真っ直ぐな南領出身者、相変わらずの通常営業である。
ただ、搬入搬出と交渉を繰り広げるこの賑わいも、とりあえずは今日までだ。明日から、しばらく、この辺りはひと気が絶える。
「これを、頼めるかの」
ミルリルは磨き上げたUZIを俺に渡してきた。携行袋に入った予備マガジンと箱入りの45ACPもだ。
「ヨシュアからもらった宝物じゃ。おぬしにしか、預けられん」
受け取った銃を捧げ持つようにした手の上に、胸下装着ホルスターに入った局地用リボルバーを乗せる。最後にM1911コピーをホルスターから抜き、薬室を確認した後でホルスターごと差し出す。
悲しいのか恥ずかしいのか、困った顔で頬を染めてミルリルは俺に囁く。
「丸裸に、なったような気分じゃな」
そうだろうな。のじゃロリ先生なら拳ひとつで中型の魔獣くらい仕留められそうですけれども。
「げふ」
案の定、その感想は筒抜けだったようで、俺は指先で脇腹を突かれて悶絶する。
「それでは、さらばじゃ」
「うん」
振り返りもせず、彼女は転移魔法陣に乗って消えた。
◇ ◇
「おうおう、どうしたヨシュア?」
ひとり佇む俺に、ヤダルとミーニャが声を掛けてくる。数日前、飛行船での機材搬入に付き添ってきたらしいけど、そのままスールーズの村に残っていた。暇なんか?
「いつにも増して、エラいショボくれてんじゃねえか」
「うん、ヘンな顔してる」
「君ら、いいかた……」
「ん〜?」
「ミルリルにも同じようなこといわれたけど、何かあんだろ、もう少しこう、気を使った表現とか」
「おう、そんじゃ……“ブサイクな顔になってる”」
「悪化してんじゃねえか!」
ヤダルは屈託なく笑い、ミーニャとふたりで俺を両側から小突く。何か俺に用でもあんのかと訊いてみるが、適当な感じでごまかされた。
「で、いまの気分はどうなんだ? まさかここまできて逃げるなんていわせねえけどな?」
「ああ、うん。……すごく、変な感じだ」
「ん?」
「自分の半身を、どっかに置いてきたような気がする」
俺の言葉に、ふたりは呆れ顔で首を振った。
「けッ、惚気てんじゃねーや」
「そうじゃないんだよ。この世界に召喚された日から、いままで常に一緒だったから」
「ああ」
「だから、思ってたより、ずっと辛い」
「だーから、それだよ! 甘ったるい空気を撒き散らしやがって!」
通信機が鳴って、ミーニャがヘッドセットで何事か短く会話する。
「ヤダル、時間。被告人を、連行する」
「やめろミーニャ、お前が真顔でいうと冗談なのかわからんくなるから」
ヤダルとミーニャから両腕を取られ、俺は転移魔法陣に乗せられる。
「じゃあな、ヨシュア」
「後悔しない最期を」
「だから、その顔をやめれ」
転移の後、真っ白になった視界が戻ると周囲には凄まじい数の観客が興奮状態で並んでいた。怒号と悲鳴と歓声が笛と太鼓の音に混じって鳴り響く。まるでビッグマッチのサッカースタジアムだ。
いろいろと違和感のある状況だけど、これがこの世界での流儀だというなら従うしかない。俺は、群衆を搔き分けるようにして目の前の階段に向かう。俺がいた頃にはなかった最新設備。ケースマイアンの平野部から高台に向けて、緩いスロープを描きながら登ってゆく魔道具のエスカレーター。高低差といいデザインといい、まるで天国に登る階段だ。
「「「お待ちしておりました、魔王陛下」」」
登り口の脇に控えているのは、衛兵のような制服を着たエルフの七名。王国との戦争で十四体の有翼龍を仕留めた城壁の英雄たちだ。
「ありがとう」
俺がエスカレーター前まで来ると、エルフたちは儀仗兵よろしく銃を肩に置いて敬礼のような姿勢で道を開けた。
「精霊の祝福を」
巨漢のケーミッヒがそういって、ニヤリと笑った。
俺は頷いてエスカレーターに乗る。静かにスムーズに動き始めたステップはスルスルと高度を上げて、かつて城壁のあったケースマイアンの中心に向かって進む。歓声と音楽が波のように押し寄せ、花吹雪のような色とりどりの細片が宙に舞い踊る。春には少し早いというのに日差しは穏やかに降り注ぎ、雪の残った“魔都”の端々をキラキラと輝かせる。
素材と配色に統一感のある街並みは、俯瞰で見ると俺の目には息を呑むほどに美しく映った。自分たちが命懸けで守ったものは、それだけの……それ以上の価値があったのだと、いまになって強く実感することができた。
「さあ、陛下」
いつの間にやら、エスカレーターは降り口に着いていた。一歩を踏み出そうとして俺はポカンと固まってしまう。
いまや城壁は撤去され、高台の上は草花が咲き誇り、水を生む巨木が配置された広大な公園のようになっていた。
公園の中心にあるのは、神殿のような講堂。通路の両側に立ったケースマイアン住人たちが、俺を講堂に向けて誘導する。足を運ぶたびに、祝福の声と花吹雪が俺の頭上に振り撒かれる。見た顔も、見慣れない顔もある。広場で見守ってくれていたひとたちも合わせると、その数は優に万を超えるように見えた。
「これが、新しいケースマイアン……」
通路に花を撒いていた女性陣が脇に避ける。講堂の前に、白いドレスを身にまとったミルリルが立っているのが見えた。傍らに立つのは、ドワーフの長ハイマン爺さんと狐獣人のメレルさん。介添え役と牧師役、といったところなのだろうか。こちらの流儀がわからないが、なぜか事前練習をする習慣はないのだそうな。
“他人の定めた決まりを守ることに何の意味がある”
当日の段取りを訊いた俺に、ハイマン爺さんは胸を張って答えた。
“思うようにやるがいいわ。みなは、それを見てヨシュアという人物を知るんじゃ”
「そりゃないだろ……」
俺が歩みを進めるたび、指輪が輝く青白い粒子を噴き上げ始めた。我知らず興奮してしまっているのか、止めようがない。撒かれていた花びらを巻き上げながら空一面に広がり、キラキラと輝きながら舞い落ちてゆく。
まるでエレクトリカルな花咲か爺さんだ。さらに講堂へと近付くと大きく歓声が高まった。見上げれば薄紅色の光の帯が、光の粒子でいっぱいの空をオーロラのように彩っていた。
輝く空の下、俺はミルリルの前に立つ。ここでどうするべきなのか、集まってくれたひとたちに何を見せ、何を伝えるべきなのか。俺の頭には、何ひとつ浮かんでは来ない。
「ミルリル」
声を掛けると、俺の半身は静かに微笑む。
彼女がいてくれたら。俺たちに不可能などない。迷いも、怖れもない。
きっと、ここからまた始まるんだ。新しい旅が。新しい戦いが。
ふたりで、進んでゆく。どこまでも。
いつまでも。
とりあえず、ここまでで本編終了です。
長らくご愛読いただき、ありがとうございました。
ユル〜い意味でいえば続編ともいえる新作
「マグナム・ブラッドバス ―― Girls & Revolvers ――」
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