411:別れの宴
うおおおぉ、もうチョイじゃー!
ケースマイアンからの飛行船、最初に就航した大型の“トルネード号”がスールーズの村上空に現れたとき、その場にいる全員がパニック状態になった。王国との戦闘では使っていないし、共和国との行き来も無人の緩衝地帯である“狭間の荒野”上空を進んでいたので実際に目にした人間もほとんどいない。
「なん、だ……あれは⁉︎」
「デカッ……百二十尺以上はあるんじゃねえか⁉︎」
見た感じで全長五十メートルを超えてそうだから、フィート換算だと……まあ、たしかに百六十はあるか。
「お待たせー」
「ありがとう、おつかれさま皆さん」
エクラさんたち共和国の重鎮をエファンまで運んでくれたのは新型の五十尺(約十五メートル)級高速艇だったから、さほど驚きはなかった。いっぺんケースマインに戻って人と荷物を積んで折り返してきてもらったのだが、まさかこれほどの超大型とは思っていなかったのだろう。今回はリンコやハイマン爺さんたちが船に掛り切りで手が離せず、ドワーフの若手エンジニアを中心に動かしてもらったので、無事に送り届けてくれた労をねぎらう。
ケースマイアンのスタッフも次々に次世代が育っている感じで心強い。
「……怖かった」
送ってもらったケースマイアンの面々は初めて乗ったひとも多かったらしく、緊張と恐怖で生まれたての子鹿のように足がプルプルしてたりする。わかるわかる。
「ヨシュア、食料品と料理とお酒と機材、あと頼まれてた建築資材も降ろすよ」
「そこの村に頼む」
さくさくと手際よく機材を搬入してくれたのは、若手有望株のドワーフ三兄弟、ルッキ・ミッキ・サッキだ。それぞれがドワーフで力持ちなのもあるけど、大きな貨物は小型の騎乗ゴーレムを運転して運んでいる。体高三メートルほどで、たぶん素材は樹木質。プロポーションと動きを見る限り、戦闘を考慮していない低速高トルク型だ。
「あれ、便利そうだな。新しく作ったのか?」
「そのようじゃな。もうケースマイアンの技術発展は速度も種類も凄まじ過ぎて、わらわも全ては把握しきれておらん」
「え、そんなに凄いことになってんの?」
「わらわもおぬしと共和国に居ったから、伝聞でしかないがの。あれは名実ともに魔都じゃ。他に表現のしようもないわ」
すげー。見たいような、見たくないような。
「ああヨシュア、久しぶりー」
ドヤドヤと降りてきたのは、割烹着っぽいエプロンぽい揃いの服を着た獣人とエルフとドワーフのお姐さんたち。ケースマイアンが誇る、料理上手の女性陣だ。なんだか、しばらく見ないうちに皆さん少し、ふくよかになられたような……いや、口には出さんけど。料理開発の弊害というか、職業病かも知れん。
「元気で活躍してたみたいで、楽しませてもらってたわよー?」
「はい?」
「リンコちゃんの“どろ〜ん”から送られてくる、“今日の魔王陛下”」
そういやあのポンコツ聖女、ケースマイアンじゃ街頭テレビみたいのが大人気だとかいってたな。何がどれだけ伝わってるやら、プライバシーに配慮してるとは聞いててもやっぱり恥ずかしい。
「それじゃ、友好関係を祝う宴だっていうから腕によりを掛けて作ってきたから、期待してね」
「はい、お願いします」
「魔王陛下、我らに何かできることは?」
スールーズの族長マイス氏が、村人を揃えて立っていた。
「女性陣は、ケースマイアンの女性に聞いてください。男性は、転移施設と資材倉庫を組みますんで広場までお願いします」
今回の本題でもある、ケースマイアンと繋がる大型の転移魔法陣。それをエクラさんに組んでもらうのだ。場所の選定は済んでいて、いま村の外にある直径五十メートルほどの平地が予定地だ。魔法陣は金属に刻んで耐候性を持たせてはあるけれども、さすがに保安上も野晒しにできないので簡単なプレハブ建築を用意した。
「壁や梁はゴーレムで押さえるので、そこの連結部分を差し込むのを手伝ってください」
「おう」
壁や梁や柱など統一規格で揃ったパーツをくっつけてロック機能付きの金属ピンで留めるだけの簡単設計。最初に聞いたときは半信半疑だったけど、これ省力化と工作精度は元いた世界より高度なレベルになってる。
そして、驚いたのは若手ドワーフ三兄弟。前見たときには幼い印象があったのに、いつの間にやら頼れるエンジニアになっていた。
「はい次、そこを上下に二本通して、カチッていうとこまで押し込んでー」
「おう」
「はい、固定確認したら次ねー」
「おう」
「いいよ、そっちは天井載せるから離れてー」
スールーズの男性に協力してもらい、流れるような指揮と作業でコンビニくらいの建物を瞬く間に組んでしまった。
「ここが入り口で、扉の鍵はそれね。族長さんと、もうひとつは誰か代表者を決めて持ってもらって」
「お、おう」
「そんじゃ、次は資材倉庫を建てようか。やり方は同じで、幅と奥行きが二倍。あんまり大きいと強度が安定しないからね。それを、三棟建てるよー」
「おおー!」
なんか、スールーズの男性たちも楽しくなってきたっぽい。
◇ ◇
作業が一段落し、空が薄暗くなってきた頃。スールーズの村で暮らす全員と、エファンの代表及び関係者、そして共和国の重鎮とケースマイアンのスタッフ、俺とミルリルとエルケル侯爵。総勢五、六十名の宴となった。
まだ空っぽのプレハブ倉庫を三つぶち抜きで宴会場にして電気式の照明を焚き、なかに建築資材で簡易テーブルと椅子を並べた。半立食だけど、出席者の大半はその方が楽だろうとの判断だ。
「「うわぁああ……ッ♪」」
外には竃が七つ組んであり、有翼龍と地龍と陸走竜の肉がバラエティに富んだ調理法でじゅうじゅうと香ばしい匂いを漂わせている。
「こっち焼けたよ、お皿ちょうだい」
「「おぉ」」
「ワイバーンのカラアゲも、そろそろいけるよ」
「「おおおぉお」」
「地龍のベーコンが美味しくできたんだよ。みんな食べてみてね」
「「「おおおぉ……!」」」
魔道具のコンロではケースマイアン産の野鳥と地物野菜の具沢山スープがコトコトと湯気を上げ、テーブルには女性陣お手製の平焼きパンと様々な焼き菓子も並んでいる。
みんな幸せそうに談笑しながらケースマイアンの地酒や香草茶を楽しみ、思い出話や未来への展望を語る。柔らかく穏やかなふわりとした空気のなかで、親しげなふたりが笑い合うのが見えた。
「もう何も、問題はないんだ」
「ああ、そうだな」
「みんな、幸せになった。これからは、もっと、ずっと幸せになる」
「ああ、その通りだ」
「もう、何の心配もない。だから」
「ああ」
「これで、さよならだ」
“血盟誓約の剣”に刻まれた紋様の上を、エクラさんの指が静かにたどる。
「状態維持解除、定着解放」
柄の端に埋め込まれた魔石から光の粒子が放たれ、ミードの姿が少し薄らぐ。
「入れ替え処理遮断、変換・転送経路封鎖」
剣の紋様に触れるたびに、光の粒が瞬きミードの姿は揺らいでゆく。
「反射処理中止、防護効果……取り消し」
もう、彼の姿は俺にも朧げな幽霊のようにしか見えない。嗄れた軋みのような音が、わずかに音声として伝わる。
「じゃあな、兄さん。いろいろ……ありがとうな」
幸せな宴の空気はそのまま、笑顔のままで俺たちはミードを見送った。みんなで、そう決めたんだ。楽しいまま、嬉しいままで、笑って彼を見送るんだって。シワシワのクシャクシャに表情を歪めたブサイク顔で、涙を堪える族長を見て周りの人間は少しだけ冷静さを取り戻す。
そうだ。これは悲しむところじゃない。
「なに、悔やむことも悲しむこともないぞ。ミードは、おぬしらとともに居る。ここに」
スールーズの面々を見渡し、ミルリルは胸を指差す。シーサーペントのときも聞いた、きっとそれがドワーフの死生観なのだろう。ちょっと泣きそうな感じで眉を下げ、彼女は笑った。
「いつでも、いつまでもじゃ」
石和せんせーの次回作にご期待ください(棒読み)
つうか、ブラクマのエンディングが間に合わずに新作もう始まっちゃってますけどね。
乞うご期待!
マグナム・ブラッドバス ―― Girls & Revolvers ――
https://ncode.syosetu.com/n5356fp/




