407:迷走する誠意
族長に呼ばれて、俺たちは族長宅(兼集会所)に戻る。床の間に広げられた可視化術式巻物の上にミードが所在なさげに座っていた。
「俺たちが呼ばれたってことは、何がしかの結論は出たか」
「……ああ、うん。まあな」
俺とミルリルの視線を受けて、ハゲたオッサンの幽霊とお爺さんは互いに視線を逸らしてモジモジする。似合わん上に微妙にキモいからやめろ。
「何じゃその煮え切らん態度は。決まったのか決まってないのか、ハッキリせい」
「……何もなかった」
「「は?」」
「我らには、望みも、助けてもらいたいことも、ない」
ミードの視線を受けて、族長はいう。唯一最大の懸念事項だった囚われのスールーズ奪還も果たされ、彼らを虐待していた皇国軍も解体された。強大国の国軍という後ろ盾をなくした個別の兵力ならば、彼らの戦士でも対処可能となれば今後の脅威にはならない。つまり。
「なるほど。もう、助けなしでもやっていけると」
ミードは苦笑して首を振った。
「無駄足に、なっちまった。すまんな、兄さん……いや、魔王陛下、妃陛下」
「何をいうておるか。おぬしらは本当に揃って度し難いほどの阿呆じゃのう」
ミルリルは笑って、族長とミードを見る。
「それは無駄足とはいわん。気にかけていた者たちが無事で自立して立派に暮らしておる。それのどこに謝ることがある。詫びるのではなく、喜ぶべきなのじゃ。そこで口にするのは、しみったれた泣き言ではなく寿ぎであろうが!」
いい年こいたおっさんと老人二人が、のじゃロリ先生の叱責にシュンと縮こまる。
「しかし、見事じゃの族長」
続く優しい声に、族長とミードはハッと顔を上げた。
「おぬしらは、ミードの期待に応え、絶えかけたスールーズの血を維持し、守り、ここまで育て上げた」
「……勿体無い、お言葉」
「ミード、おぬしもようやった。おぬしの後押しで奮起したこやつらは、もう虐げられた惨めな辺境の蛮族ではない。押しも押されもせん強者の血統。おぬしの、誇るべき同胞じゃ」
ぐにゃりと、ふたりの顔が歪む。泣きそうになるのを堪えている年寄りの顔が、異常にブッサイクで反応に困る。結局のところ、中年を超えると感情は殺すものなのだ。できることならそうするべきだし、そうできない事態はつまり、大人として負けたときだ。
「さて……とはいえ、そろそろ潮時じゃな」
「「……え」」
「好意からとはいえ、死者をいつまでも現世に縛っておくわけにもいくまい」
ふたりは、視線を合わせる。ミードが頷くと、族長マイスは覚悟していたというように頷きを返す。
「明日の夜には、助けたスールーズの者たちをここに戻せるであろう。そこで、宴を設けさせてもらえんかの。わらわと、魔王陛下と、ケースマイアンの民から、スールーズとミードへの餞じゃ」
ミルリルの視線に俺は頷きで返す。
「引き受けた。その前に、ミード」
俺は、気になっていたことを済ませようと思った。
「できるかどうかわからんけど、お前も成仏する前に、いっぺん挨拶したいんじゃないかと思ってな」
「……挨拶? 誰にだ?」
「サイモン。お前が生前に取り引きしていた、“ミーシャ”の……息子、だと思う」
老いて引退したはずのサイモン。
彼の最期の仕事は、またも血塗られた道へと……
「マグナム・ブラッドバス ――ガールズ&リボルバー――」
9月1日正午スタート予定です




