405:スールーズの村
フリゲートに収容されたスールーズの人たちは回復まで少し時間が必要とのことで、彼らが村に戻るのはまだ後になる。状況確認(と、必要なら支援)のために今回は俺たちだけで向かう。港湾都市城塞の北西、ルーイーによれば徒歩で半刻ほどのところだそうな。乗り物ばかりで身体が鈍っているので、久しぶりに歩くことにした。
「ミード、道はわかるか?」
「ああ、まあな。しかし、ずいぶん景色が変わってる」
俺たちが進んでいるのは、田園風景のなかに小さな林が点在する、どこにでもある田舎道だ。いまは雪をかぶっているけれども、区分けされ均された平面から、見渡す限り一面の畑であることがわかる。
数世紀は時間が止まったような環境だろうに、たかが十年数十年単位で景色が変わるほどの変化があるとは思えないんだけどな。
「右の畑、いまカカシが立ってるところより奥は、全部森だった」
「え」
思ってたより開発すげえ。東京ドーム数十個分はある。もっとか。
「左も、もっとこじんまりした畑がポツポツあるくらいだったんだけどな」
「農地改革でもあったか」
「この畑の話かの?」
ああ、俺とは以心伝心なんで忘れがちだけどミルリルさんはミードの声が聞こえないんだっけ。一緒に歩いてるんだから、ちゃんと通訳してあげないと。
「そう。昔はこんなに豊かじゃなかったって。それに右の農地は全部、ミードの没後にできたものらしい」
「土魔法じゃ。土を砕いて滋味を引き出し作物の養分とする」
「じゃあこれ、皇国による農業発展? 意外だな。もっと、搾取だけ考えてるのかと」
「なにをいうておる。搾取そのものじゃ」
「「へ?」」
「森を焼き払って土から“外的魔力”を奪い、住民からは“内的魔力”を奪う。見よ」
少し離れたところにある橋を指す。枯れかけた川に不釣り合いなほど大きな橋が架かっていた。
「ミードが知っておる時代には、豊かな水を湛えておったのじゃろ」
「……ああ、そうだな。川船が行き来するくらいの、大きな河だった」
ミルリルに伝達すると、彼女は後ろを指して小さく鼻を鳴らす。
「城塞の住人を食わせるには必要なことじゃ。責めるのは筋違いと思うがの。この農地を作った為政者は、あまり将来のことを考えておらんかったように見える。考える余裕がなかったか、考える必要がなかったかじゃ」
見通しがきくところで転移を行い、森の少し奥まったところにある小高い丘の上に、スールーズの村が見えてきた。
「お待ち、しておりました」
木柵で守られた村の入り口前に、粗末な衣服を身にまとった住人たち二十人ほどが膝をついて並んでいた。後ろの方には、以前皇都に向かう道すがら知り合ったスールーズの戦士たちの姿もある。
「雪ンなかで何してんだバカ、立ってくれ!」
「ミードは、そういうのは望まないそうだ。立ってくれといってる。どこか、話ができる場所を空けてほしい」
俺たちの到着は、ひと足先に飛んできたドローンが教えてくれたそうだ。集会所にもなっているという族長の家に集まってもらい、ミード(の残留魔力)を可視化させる術式巻物を床の間みたいな位置に敷いた。魔力を流し込むと魔力光が瞬き、巻物の上に魔法陣が発生して、ミードの姿が少し鮮明になった。
これで俺以外の人間にも見えるようになったのだろう。スールーズの面々が揃って平伏する。
「だから、そういうのをやめてくれ。マイス! 俺とお前は、そんな関係じゃなかっただろ⁉︎」
「と、とんでもございません」
マイスってのは、族長か。かなり高齢のお爺さんだけど、たぶんミードが生きてた頃は近しい年齢だったんだろうと思う。
「お前らとは、貸し借りなしだ。むしろ、こちらが必要なものはもらったんだ。感謝してくれてんのはありがたいけど、神様扱いされるのなんて、まっぴらだ!」
「我らは、ご期待に、応えられず」
「何の期待だよ。俺は好き勝手に生きて、好き勝手に死んだ。良いことも悪いこともあったけど、悪くない人生だったんだ。何の後悔もねえよ。お前らとの関係も含めてだ」
ミードは、真っ直ぐに族長を見る。ハゲてしょぼくれた中年男ではあったが、決意に満ちたその顔はそれなりに精悍に見えた。
「……お前は違ったのかよ、マイス」
族長は視線を受けて、無言のまま俯く。俺とミルリルは目線で頷き合い、スールーズのみんなを外へと促す。
「積もる話もあるだろうし、ちょっとだけ席を外そうか。君らも、村を見せてくれないかな?」
「お、おう」
先頭に立って、族長の家を出る。さっき入るときは気付かなかったけど、集会所でもある家の前にあるこの石像、これミードだよな。クラーク像みたいにビシッと宙を指してるイケメンぽい顔。荒く削り出した彫像なのに禿げてる感じまで再現してるし。そこは盛ってあげてと思わんでもないが。
「おぬしら、流行病を治してもらっただけで、ここまで崇め奉るか?」
「だけ、ではない。誇りと、自立する力を、与えてくれた。いまのスールーズが、あるのは、ミード様の、恩恵」
そう語ったのは、前に会った無骨な戦士。今日はモコモコの戦装束ではなく野良着みたいな平服だけど。ミルリルさんによれば、族長の三男でケーマニーだそうな。
そのときは家族が皇国軍の人質にされて俺たちを襲うように命じられていたが、こちらが皇国軍を殲滅したので衝突は回避できた。その後、捕まってた家族を救出しに向かったが、皇国軍が大混乱に陥っていたせいで捜索は難航していたそうな。
「ああ、城塞に囚われの身になっていたひとたちがそれか」
「そうだ。先ほど、浮いてる球に繋がれた魔道具で、人数と名前を確認した。魔王、陛下。妃陛下、には……みな大変に、感謝して」
だから、雪の上で平伏しようとすんのやめてくれ。俺とミルリルは必死で彼らを立たせる。
「わらわたちは、ミードの依頼に応えただけじゃ。感謝するなら、あやつにせい」
……あ、ミル姉さんメンドくさそうな誠意の行き先を丸投げした。
「それで、じゃ。おぬしらに困ったことがあれば、わらわたちが対応するのでな。ミードからは仕事として請け負っておる。なんなりというが良い」
「「「ない」」」
返答、早えぇな。何もないのかよ。
「望みは、もう叶えていただいた。後は、我らがミード様の期待に応えるだけ」
……ああ、うん。でもそれ、ミード本人も困ってたね。見せてもらった村は綺麗に整備され整っていて、けして裕福ではないものの暮らしに困っている風ではない。村のあちこちに置かれた、大小様々な石像に気付く。丁寧に雪が払われお供え物が置かれたそれは、なんとなくミードを象っているっぽい。
「……まるでミードランドだな」
思わず漏れた呟きに、ミルリルさんが苦笑する。もちろん言葉の意味を理解してはいないだろうけど、大意は伝わっているようだ。
「強く生きるための旗印、といったところじゃの。わらわたちドワーフにとっての火の神じゃ」
村の中心にある木には、根のあたりにまたミード像(座り姿勢)が置かれていた。そこには月見団子みたいなお供え物が置かれていて、小鳥がついばんでいる。村人たちはそれに目をやるが、追い払ったりする様子はない。
「あれが、わたしたち」
不思議そうな俺の視線に気付いたのか、村の女性たちが小鳥を指していう。
「飢えて、凍えて、力もなく、その上、病で死にかけてた」
「皇国軍は、病が出ると、村ごと焼く。生きたものも、いっしょに」
「止めてくれたのは、ミード様。生かして、支えてくれた」
「いまがあるのは、ミード様の、おかげ」
口々にいう村人たちの目は、不思議と穏やかだ。失礼な話、もうちょい狂信者っぽいノリかと思ったけど。要するに、ミードへのお供えを飢えた弱者に与えるのは、彼の理念に沿っているというようなことか。なんか、インド的?
「わたしたち、ひとりひとりのなかに、ミード様がいる。前に進めと、上を望めと。同胞に、先達に、恥じぬ行いをせよと、身を律せよと、微笑んでおられる」
村の女性の言葉に、戦士のケーマニーが頷く。
「だから、スールーズは折れない。スールーズは諦めない。困難を前に、膝を屈するわけにはいかない」
なんかミード本人との間に温度差があるみたいだけど、そこは俺たちが干渉するところではないような気もする。というか、とりあえず無事が確認できたことだし、用がないならお暇したい。
「魔王陛下、妃陛下」
話し合いが済んだらしく、集会所の前で族長が俺たちを呼んでいた。




