401:最初のアプローチ
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俺たちは城壁上を短距離転移で飛んで城塞の北側に向かう。北側の城壁を背にして建つ目的の建物は、素っ気ない白壁の三階建て。日本の都市部にあった低層の雑居ビルから凹凸と看板とエアコンの室外機を取っ払ったみたいな印象。もちろんコンクリではなく、木造で石壁に漆喰を塗った感じだけどな。少し離れた城壁上からは建物の東に向いた側面が見えている。窓の数は少なめだが、これは皇国の建物全般にいえることだ。ガラスの生産量(あるいは、民間に流通する量)も関係してるのかも。
「……まずいのう」
「どうした?」
ミルリルが危機感を抱くような敵が、いるようには見えないんだけど。
建物の前は幅十メートル弱の、そこそこ広い通りになっていて、建物の両側から十メートルほど離れた場所にバリケードのようなものが築かれていた。配置された人員は手槍と剣を持った墨色外套の男が各二名。皇国軍の兵士なのだろう。そう難敵とも思えない。
バリケードも細い木を組んだ簡易的な構造。通行を阻止する対象が街の住人か(俺たちのような)侵攻してくる敵対武装勢力なのかも不明なレベルのお飾りだ。
「あれじゃ」
渋面の彼女が指す先には、建物の壁に書かれた文字と記号。看板代わりなんだろうけど、俺には読めん。
いや、あの文字の形は、前にどこかで見た覚えはあるような、ないような……
「あれ、サルズで見たな。ほら、商業ギルドの並びにあった白壁の」
「ようわかったの。そうじゃ。“育成互助救護院”と書いておる」
「イクセー・ゴジョ・キューゴイン……病院か?」
ミルリルによれば、それは教会が経営する子供の教育の場だそうな。でも、いまはどこも有名無実化して、どこでも腐敗の温床になっていて人身売買の競売前保管所とか犯罪者の養成所みたいな汚名を着せられている機関なのだそうな。ミルリルが説明してくれたが、いまひとつ実態がピンとこない。そんな俺を見て、ミードがポソッとフォローしてくれた。
「兄さん、ありゃ元いた世界でいう、孤児院だよ」
「おい」
待て。そこにいた子供たちはどうなった。そもそも、ちゃんと保護されていたのか? 建物がスールーズの拉致監禁拠点になってる時点で、どの程度の“互助”なのかは察しがつく。イラッとしたのが顔に出たのだろう。ミルリルが苦笑して首を振った。
「そう、“まずい”というたのは、その顔じゃ。おぬし、子供絡みになると目が据わるじゃろ?」
「ミルリルもだよね?」
転移で無防備な屋上からエントリー、とか考えてたけど止めた。頷くミルリルを胸の前に抱えて、浮かんでるミードに訊く。
「ミード、人質の位置はわかるか?」
「すまねえな、兄さん。あの建物は隠蔽魔法かなんかが掛かってて、気配を察知できねえ」
「そっか……」
「ヨシュア、心配ないぞ。囚われとる者たちは、二階に居るはずじゃ」
ミードの返答を聞き取れてはいないはずだけど、ミルリルが自然に答える。ミードは俺を見るが、そんな怪訝そうな顔されても俺は知らん。スーパードワーフな姐さんにはスーパーナチュラルなパワーがあんだよ。
「なんで二階ってわかる?」
「そこにだけ隠蔽魔法陣の反応があるからの。隠したいものがそこにあるということじゃ」
「「なるほど」」
ひょいと転移でバリケードの前まで出る。一瞬硬直した兵士が反応するより早く、俺の懐から降り立ったミルリルの剛腕が叩き込まれた。
脇腹に凄まじいボディブローを喰らって悶絶するふたりの兵士に、俺は声を掛ける。
「お前たちが捕らえているスールーズを返してもらいにきた。抵抗すると殺す」
自分でも驚くほど感情のこもってない声色に、俯せに倒れたまま兵士たちがビクリと身を震わせた。
「……ッ、な……にを……」
剣を抜こうとでもしたのか、腰に伸ばされた腕を踏みにじる。踵の下で肘が折れる感触が伝わってきた。
「ああぁ……ッ!」
「抵抗すると殺すと、いったはずだ。警告はこれで最後だ」
悲鳴を聞いて建物から七名の兵士が駆け出してきた。手槍や剣を持った墨色外套の男たち。バリケードを守っていた兵士よりも、いくぶん年嵩で鍛錬も経験も積んでいるようだ。
「わらわたちには、誤差じゃの」
「そうね」
飛び出してきた勢いのまま突き掛かってくるかと思えば、兵士たちはこちらを一瞥して周囲を警戒し始める。なにしてんの、と思ったところで理由に気付いた。ショボくれたオッサンとちっこいガールのペアだけで襲撃してくるわけがないと考えたのだろう。考えれば当然の判断だ。
「貴様ら、何者だ!」
「ケースマイアンを統べる“殲滅の魔王”、ターキフ・ヨシュア陛下と、その連れ合いじゃ。控えよ」
妃陛下は大音声で叫ぶが当然どこぞの時代劇みたいな展開にはならず、兵士たちはますます不審そうな態度で武装ごとに分かれて全周警戒を始めた。スルーかよ。
ミルリルの目配せで建物の屋上を見ると長弓装備の弓兵がこちらを狙っていた。
「スールーズの者たちを返してもらおう。彼らは、わらわたちの同胞じゃ」
肩に掛けていたUZIを小脇に抱えて、ミルリルが兵士たちを見る。直近の脅威が俺たちしかいないことがわかったのか兵士の何人かは蔑んだ目でニヤニヤと笑い始めた。
「出来損ないのゴミどもか」
「亜人にはお似合いだな」
会話の隙を衝いて、足元に転がっていた立哨の兵士が動き出した。不自由な片手で向かった先はよりによってミルリル。小柄な彼女につかみ掛かろうとした男は鬱陶しそうに突き上げられショートアッパーを喰らって弾け飛ぶ。縦回転してバリケードに突っ込み、材木を粉砕して静かになる。
「抵抗は無駄じゃ。従わんならば殺す。貴様らのくだらん企てに巻き込まれた子供や一般市民がいるのであれば、彼らも解放してもらう」
そこまで聞いても、動く気配はない。
「我らが、そんな戯言を受け入れるとでも……」
「そちらの問題じゃな。なにを思って、どう足掻こうと自由じゃ。皇国軍が選ぶ道は、みっつ」
銃を持っていない左手を掲げて、ミルリルは兵士たちに向けてゆっくりと指を折る。
「逃げるか、従うか、鏖殺にされるかじゃ」




