表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/422

4:初めての実弾

「ウェルカーんムッ♪」


 そいつは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、どっかで聞いたようなふざけたセリフを吐いた。

 浅黒い肌に薄汚いTシャツ。ラスタカラーのニット帽。膝までのワークパンツに、紐を通していないスニーカー。いささか目が飛んでる気がするその男からは、汗と埃と血と硝煙とガンオイルとマリファナの臭いがした。


「よお、会えてうれしいぜ、ブラザー。俺はサイモン、ビジネスマン(・・・・・・)だ。欲しい物あれば、何でも調達するぜぇ? 金さえあれば(・・・・・・)何でも(・・・)な」


 目の前には演台のようなカウンターテーブルが置かれ、そこへ気怠そうに体重を預けている。指にも首にも金のアクセサリーが重ね掛けされ、手首には腕時計がアホほど着けられている。

 これ、あれや。市場は市場でも……


「ブラックマーケットやないか!」


「おいおいおい、アンダーグラウンドなものをブラックって呼ぶのは、人種差別主義(レイシズム)ってもんだぜ?」

「っざけんな。白黒の連中も、安っぽいのをイエローって呼ぶだろうが。そんなことより頼みがある。俺にこの窮地を脱する手段を与えてくれ」


「あん?」


 マリファナ臭いラスタ男、サイモンは鼻で嗤って、周囲を見る。裸の男女の群像劇。悲劇か喜劇か知らんが、どう見てもまともではない。


「どの窮地かは知ったこっちゃないが、そんなもん俺に頼むのはお門違いってもんだ。俺はビジネスマンだぜ? アンタとの間にあるのは、カネと物とのやり取りだけだ。お互いの結末が幸せなら、次に繋がる。ただし不幸せならそこで終わりだ。わかる?」


 わかる。

 とても、よくわかる。

 なぜなら、気付いたからだ。止まっていると思っていた世界のなかで、いくつかの人影が少しずつ動き出していることに。

 ああ、たまにあるな。メニュー画面を開いても、戦闘中の時間が止まらないタイプのゲーム。主に、プレイヤーがリアルタイムで危機的状況に置かれ判断が問われるタイプのゲームだ。

 ホラーとか、シューターとか、ストラテジーとか。ああ、クソが。


「じゃあ武器を、何か強力な武器を売ってくれ」

「もちろん大歓迎だが、カネは? ちなみに払いは米ドルでな。カードは受け付けない。信用払い(ツケ)も論外。レートはかなり落ちるが、場合によってはユーロも相談には応じる。(ゴールド)かダイヤモンドもな。保証書付きならそれなりに譲歩してやるぜ」


 カネ、ああカネか。そりゃそうだ。


 サイモンがカウンターテーブルの上に置いたのは、ベコベコに凹んだブリキの深皿。犬の水飲み容器みたいなそれが、要するに“俺の神”への献金皿というわけだ。


「日本円は?」

「なんだそりゃ。イェン? ……ああアンタ、ジャパニーズか。コニチワ、アリガト。コムギコカナニカダ」

「突っ込まねぇぞ。で、どうなんだよ」

「くっそローカルなマイナー通貨なんて受け取るわけねえだろうが。常識で考えろよ? あん?」


 ムカつくが、正論だ。

 こいつがどういう存在で、どこからどう現れて、どういう仕組みで取引しようというのか、まったくわからんし特に知りたいとも思わないが、中東だかアフリカだかのブラックマーケットの人間が日本円を受け取ってくれると思う方がおかしい。

 サラリーマン時代の俺だって、日本国内の商取引で中国元なんて受け付けない。


 そもそも、会社帰りのしがない貧乏サラリーマンが持ってるもんといえば、小銭とカードと定期券、千円札が数枚だ。武器の価格なんて知らんが、千円札で買える武器なぞ碌なもんじゃなかろう。


「じゃあ、買い取りはどうだ?」


 俺は剥き身の剣を収納から取り出し、サイモンが腰に手を回した(・・・・・・)のを見て慌てて献金皿に置いた。鞘を取り出し、さらに4セット追加する。

 足りないとでもいうのか、サイモンからの反応はない。時間もない。たぶんもうすぐ魔力も切れる。そうなると止まってた時間は俺が丸腰で無策のまま解放される。

 ドレスやら燭台やら鎧やらを次々に取り出してはカウンターに置いて、王の冠やら王妃・王女の貴金属類をさらにその上に重ねた。


「ほとんど信用買いみたいなもんだぜ、それ。時間も食うし、レートだって……」

「レートなんてクソ食らえだ! ひと山いくらで持ってけ泥棒! これだけの品だ、どこで叩き売ったって1000ドル以下にはならねえよ! その代わり、武器をよこせ。俺の……俺たちの、()のためにな」


 サイモンは笑って、腰に回していた手をこちらに延ばす。そこに握られていたのは、戦争映画で見慣れた形状の拳銃。ミリオタの俺には安堵するのに十分なものだ。


「ナインティーンイレブンか。助かる」


 M1911、日本じゃコルト・ガバメントなんて呼ばれる、アメリカ軍の先代・制式拳銃だ。現在はイタリアの9ミリ口径拳銃、ベレッタM9に置き換えられたが、M1911が使用する太く重い45口径(11.2ミリ)弾の打撃力は軍民ともに一部で信仰に似た人気がある。

 ……とはいえ。手に取った瞬間、わずかな違和感と嫌な予感がした。各部のデザインがわずかずつ、俺の知っているコルト製と違う。改良型のA1じゃないのか、と思ったが、そういう問題じゃない。


「……スター? スペイン製のコピーだろ、これ」

「おお、よくわかったな。オリジナルと同じ45口径。整備も照準調整もバッチリだ。気を付けろよ、もう薬室(チャンバー)にも装弾されてる。撃鉄(ハンマー)も起きてる。もう親指操作(サム)セイフティを外すだけで発射可能だ。弾倉(マガジン)には6発」


 いつでも撃てるようにコック&ロック、ってやつか。装填されているのは全部で7発。相手は騎士5人と勇者と賢者と魔導師。

 王と王妃と王女と聖女を除外したとしても、ひとり1発にも足りない。


「予備マガジンは」

「あいにく、持たない主義でな。7発撃って終わらない諍いなら、何万発撃ったって終わらない」

「ああ、終わらないさ。トラブルってのは、そういうもんだ。そのためにお前がいるんだろうが!」


 男は懐から剥き身の弾薬をパラパラと手渡してくる。俺はそれを数えることもなくスーツのポケットに入れた。こんなもん、気休めにしかならない。再装填している時間が出来たら、そのときは危機を脱している。


「違いねえ。じゃあ、また会える日が来ることを祈ってるぜ」


 王室からの戦利品を持って、男が光のなかに消える。時間が動き出す。一斉に飛び掛かってくる騎士たちに銃口を向け、俺は引き金(トリガー)を引き絞った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 日本円がローカルでマイナーな通貨か…それはつまりこのブラックマーケットは主人公さんたちの世界とは世界線のズレてるパラレルワールドってやつなんですかね。 「戦後の経済復興が成されなかった日本」…
[気になる点] 「ニヤケ面の聖人」サイモンは、中南米の場末のヤクザものです。 メキシコ湾とカリブ海で「使える」現物は、米ドルか貴金属、若しくは高純度のヘロインやマリファナ等ドラッグの類であって、地球の…
[一言] >「くっそローカルなマイナー通貨なんて受け取るわけねえだろうが。常識で考えろよ? あん?」 えっ!? 日本円はローカルでもマイナーでもないですよ。 日本円は米ドルやユーロと同じ「ハードカレ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ