4:初めての実弾
「ウェルカーんムッ♪」
そいつは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、どっかで聞いたようなふざけたセリフを吐いた。
浅黒い肌に薄汚いTシャツ。ラスタカラーのニット帽。膝までのワークパンツに、紐を通していないスニーカー。いささか目が飛んでる気がするその男からは、汗と埃と血と硝煙とガンオイルとマリファナの臭いがした。
「よお、会えてうれしいぜ、ブラザー。俺はサイモン、ビジネスマンだ。欲しい物あれば、何でも調達するぜぇ? 金さえあれば、何でもな」
目の前には演台のようなカウンターテーブルが置かれ、そこへ気怠そうに体重を預けている。指にも首にも金のアクセサリーが重ね掛けされ、手首には腕時計がアホほど着けられている。
これ、あれや。市場は市場でも……
「ブラックマーケットやないか!」
「おいおいおい、アンダーグラウンドなものをブラックって呼ぶのは、人種差別主義ってもんだぜ?」
「っざけんな。白黒の連中も、安っぽいのをイエローって呼ぶだろうが。そんなことより頼みがある。俺にこの窮地を脱する手段を与えてくれ」
「あん?」
マリファナ臭いラスタ男、サイモンは鼻で嗤って、周囲を見る。裸の男女の群像劇。悲劇か喜劇か知らんが、どう見てもまともではない。
「どの窮地かは知ったこっちゃないが、そんなもん俺に頼むのはお門違いってもんだ。俺はビジネスマンだぜ? アンタとの間にあるのは、カネと物とのやり取りだけだ。お互いの結末が幸せなら、次に繋がる。ただし不幸せならそこで終わりだ。わかる?」
わかる。
とても、よくわかる。
なぜなら、気付いたからだ。止まっていると思っていた世界のなかで、いくつかの人影が少しずつ動き出していることに。
ああ、たまにあるな。メニュー画面を開いても、戦闘中の時間が止まらないタイプのゲーム。主に、プレイヤーがリアルタイムで危機的状況に置かれ判断が問われるタイプのゲームだ。
ホラーとか、シューターとか、ストラテジーとか。ああ、クソが。
「じゃあ武器を、何か強力な武器を売ってくれ」
「もちろん大歓迎だが、カネは? ちなみに払いは米ドルでな。カードは受け付けない。信用払いも論外。レートはかなり落ちるが、場合によってはユーロも相談には応じる。金かダイヤモンドもな。保証書付きならそれなりに譲歩してやるぜ」
カネ、ああカネか。そりゃそうだ。
サイモンがカウンターテーブルの上に置いたのは、ベコベコに凹んだブリキの深皿。犬の水飲み容器みたいなそれが、要するに“俺の神”への献金皿というわけだ。
「日本円は?」
「なんだそりゃ。イェン? ……ああアンタ、ジャパニーズか。コニチワ、アリガト。コムギコカナニカダ」
「突っ込まねぇぞ。で、どうなんだよ」
「くっそローカルなマイナー通貨なんて受け取るわけねえだろうが。常識で考えろよ? あん?」
ムカつくが、正論だ。
こいつがどういう存在で、どこからどう現れて、どういう仕組みで取引しようというのか、まったくわからんし特に知りたいとも思わないが、中東だかアフリカだかのブラックマーケットの人間が日本円を受け取ってくれると思う方がおかしい。
サラリーマン時代の俺だって、日本国内の商取引で中国元なんて受け付けない。
そもそも、会社帰りのしがない貧乏サラリーマンが持ってるもんといえば、小銭とカードと定期券、千円札が数枚だ。武器の価格なんて知らんが、千円札で買える武器なぞ碌なもんじゃなかろう。
「じゃあ、買い取りはどうだ?」
俺は剥き身の剣を収納から取り出し、サイモンが腰に手を回したのを見て慌てて献金皿に置いた。鞘を取り出し、さらに4セット追加する。
足りないとでもいうのか、サイモンからの反応はない。時間もない。たぶんもうすぐ魔力も切れる。そうなると止まってた時間は俺が丸腰で無策のまま解放される。
ドレスやら燭台やら鎧やらを次々に取り出してはカウンターに置いて、王の冠やら王妃・王女の貴金属類をさらにその上に重ねた。
「ほとんど信用買いみたいなもんだぜ、それ。時間も食うし、レートだって……」
「レートなんてクソ食らえだ! ひと山いくらで持ってけ泥棒! これだけの品だ、どこで叩き売ったって1000ドル以下にはならねえよ! その代わり、武器をよこせ。俺の……俺たちの、次のためにな」
サイモンは笑って、腰に回していた手をこちらに延ばす。そこに握られていたのは、戦争映画で見慣れた形状の拳銃。ミリオタの俺には安堵するのに十分なものだ。
「ナインティーンイレブンか。助かる」
M1911、日本じゃコルト・ガバメントなんて呼ばれる、アメリカ軍の先代・制式拳銃だ。現在はイタリアの9ミリ口径拳銃、ベレッタM9に置き換えられたが、M1911が使用する太く重い45口径(11.2ミリ)弾の打撃力は軍民ともに一部で信仰に似た人気がある。
……とはいえ。手に取った瞬間、わずかな違和感と嫌な予感がした。各部のデザインがわずかずつ、俺の知っているコルト製と違う。改良型のA1じゃないのか、と思ったが、そういう問題じゃない。
「……スター? スペイン製のコピーだろ、これ」
「おお、よくわかったな。オリジナルと同じ45口径。整備も照準調整もバッチリだ。気を付けろよ、もう薬室にも装弾されてる。撃鉄も起きてる。もう親指操作セイフティを外すだけで発射可能だ。弾倉には6発」
いつでも撃てるようにコック&ロック、ってやつか。装填されているのは全部で7発。相手は騎士5人と勇者と賢者と魔導師。
王と王妃と王女と聖女を除外したとしても、ひとり1発にも足りない。
「予備マガジンは」
「あいにく、持たない主義でな。7発撃って終わらない諍いなら、何万発撃ったって終わらない」
「ああ、終わらないさ。トラブルってのは、そういうもんだ。そのためにお前がいるんだろうが!」
男は懐から剥き身の弾薬をパラパラと手渡してくる。俺はそれを数えることもなくスーツのポケットに入れた。こんなもん、気休めにしかならない。再装填している時間が出来たら、そのときは危機を脱している。
「違いねえ。じゃあ、また会える日が来ることを祈ってるぜ」
王室からの戦利品を持って、男が光のなかに消える。時間が動き出す。一斉に飛び掛かってくる騎士たちに銃口を向け、俺は引き金を引き絞った。