398:烽火
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城壁に立つ俺たちの頭上を通過していったのは、“翼の生えた樽”だった。
申し訳程度に手足も生えてはいたが、それは“気を付け”の姿勢でピタリと身体に這わせ、空気抵抗を抑えているようだ。ポカンとした顔で見送る俺たちをガン無視して――あるいは認識できずに――ゴーレムは湾内で回頭するフリゲートに狙いを定めたようだ。
リンコは湾を出て戦闘を行うつもりらしく、艦は沖へ向けて航跡を引きながらグングンと加速してゆく。湾の出口を抜けるより早く、最初の攻撃が加えられる。高度を落とした飛行ゴーレムから魔力光が瞬き、細い光線が艦尾を掠めて派手な水蒸気と飛沫を上げた。
「おおっ」
エルケル侯爵が息を呑むが、どうやら艦が無傷だとわかってホッとした吐息を漏らす。
「ミルリル、いまの……熱線?」
「どういう機構かは知らんが、発せられた魔法は風と雷の複合じゃの。南大陸で帝国軍が持っておった、“遠雷砲”に似た魔道具を搭載しておるようじゃ」
「リンコたち、大丈夫かな」
「わからんが、魔力で発射されておるのであれば無尽蔵ということもあるまい。四半刻も逃げ切れば“ふりげーと”の勝ちじゃな」
「そう……なの?」
「あんなデカくて重い物を“飛ばす”なんちゅうのが、そもそもムチャな話じゃ。“えくらのぷらん”も、問題のあれこれを力技でねじ伏せておったがのう。それでも飛ぶものとしての道理は弁えておった」
「それじゃ、飛行ゴーレムは?」
「翼を付けた“はんびー”を飛ばしてるようなもんじゃな」
エンジニアとしての目で見たミルリルの見立てでは、あの樽と翼は半分ほどが金属製なのだそうな。当然ながら航空力学も揚力も考えられてるわけもなく。飛行というよりも“魔力で空中に投擲されたゴーレム”といった方が正しいらしい。
機動も上昇降下もしてるし、俺にはけっこう器用に飛んでるように見えるけどな。
「あのデカブツは、“飛んでる”とはいえん。ほれ、あの図体の左が光ると右、下が光ると上じゃ。外から魔力で蹴られておるようなもんじゃの」
たしかに。どうやらミルリルが正解だったらしい。見えない巨大な足でリフティングされてるようなもんだ。搭乗者がいるとしたら、たまったもんじゃないな。
もう一発、熱線が発射された。後部甲板を掠めたように見えたが、被害は不明。フリゲートに支障が出ているようには見えないが、俺には遠すぎてよくわからない。攻撃が当たらないのは、リンコたちの操艦が上手いのもあるだろうが、ゴーレム側の制御がひどいのも影響している。巨大なフリゲートの航路をジグザグにしているのは、攻撃を避けるためというより追い越させるを狙ってのもののようだ。
その作戦はどうなのかな……飛行しているなら失速しての墜落も有り得るのだろうけれども、リフティングの場合は下から蹴り上げられることで(少なくとも高度は)回復してしまう。
至近距離での熱線発射を狙ってフリゲートの後ろを取った飛行ゴーレムに、艦の中央付近から機関砲の一斉射撃が加えられた。青白い魔力光が飛び散って魔道防壁がダメージを防いでいるのがわかる。機関砲弾を弾くほどの防壁ならば魔力消費もシャレにならんレベルだろう。距離を取ろうと離脱しかけた飛行ゴーレムは、後部三番砲から100ミリ砲弾をまともに喰らった。わずかに芯を喰われるのは避けたようだが胴体を抉った砲弾に片翼をもぎ取られ、“空飛ぶ樽”は錐揉み状態で海面に叩き付けられる。
「呆気ないもんじゃ」
騎体下部からの魔力プッシュも離水するほどの力はないのか、それとも機構自体にダメージを負ったか。樽が揺れる以上の動きは見られない。
「ふうむ……水没しないな。もしかしてあれは、着水すると船になるのか?」
見ていた侯爵の言葉を裏付けるように、樽が後部から小さな飛沫を上げて海面上を進み始めた。フリゲートと比較にならないほど遅い。
「度し難いのう」
ミルリルは心底ゲンナリした声を出す。
「あれを作った者は何がしたいのか皆目わからん。上役に命じられて断れんかったのかもしれんがの」
エンジニアとして経験した苦い体験でも反芻しているのかもしれない。理由はともかく、叩き落とされたゴーレムが溺れたような動きでフリゲートを追いかける姿は哀れを誘った。
九十度回頭したフリゲートの一番二番砲塔から100ミリ砲弾を喰らって、樽は爆散した。
「おぉう……まあ、そうなるだろうな」
エルケル侯爵は、小さく肩を竦めた。
“ヨシュア、聞こえる?”
リンコからの通信に、俺たちは耳を傾ける。
「どうした、戦いぶりは見せてもらってたけど」
“う〜ん、戦った気はしないかな。それはともかく、あのドンガラに付けられてた拡声器みたいなのから、ずーっと喚かれてたんで、念のため魔王陛下の意思を確認しとくね?”
「ん? 助命嘆願とか? でも吹っ飛ばしちゃっただろ?」
“違う。ぼくらへの、降伏勧告だって”
「なんでだよ!」
思わずツッコんでしまった。そんなんリンコも当然わかってるようで、笑いながら返答があった。
“知らないけど、なんか新しい皇帝が即位して、そこの港町が新しい皇都になるんだって。その皇帝陛下ご本人が、ぼくらは絶対に勝ち目はないから潔く降伏しろって、訴えてたけど”
「いや、そもそも誰だよ」
“知らない。皇帝の血縁者なんじゃないのかな。そこの……城の上の塔にいるんだって。それ自分でいっちゃうって、もしかして自殺志願者なのかな”
振り返ると、城壁に囲まれた街の中心部に三本の尖塔が付いた建物があった。二、三階がほとんどの街のなかではそこそこ高い、十階程度の建物ではあるのだけれども、城と呼ぶには小さいしデザインも素っ気ない。元は官公庁か何かだったように見える。もしくは、いまも。
「海から塔までの距離は、一哩以上はあるのじゃ。おぬしら……というか、わらわたち“非常識な常識に染まった者”以外に、攻撃が届くと思う者はおらん」
それを聞いたエルケル侯爵が怪訝そうな顔でミルリルを見た。ミルリルは頷いて、ふたりは揃って俺に顔を向ける。いや、こっち見んなや。そんな珍獣を見るような目で。
“撃っていい?”
「好きにしてくれ。スールーズの村に残ってるひとがいるようなら、俺は、そこに向かいたい」
“了解。こっちに収容したひとたちから話を聞いとくよ。その前に……”
沖合で、フリゲートの艦載砲が連続して発射されるのが聞こえてきた。祝砲のように響いた轟音からわずかに間を置いて、塔が一本ずつ崩落するのが見えた。
“魔王陛下の、鉄槌を”
いや、今回は俺あんま関係ないから。




