395:使徒降臨
――飛んだはいいけど、どうするかな。
上空から自由落下しながら、俺は対処に困っていた。この港町、高さ十メートル近い壁で囲われた城塞都市なのだが、城壁の上に着地できそうな地点が見当たらない。回廊状になった通路が走ってはいるが、そこには兵士なのか住人なのかひとが鈴なりになっている。胸壁から顔を出している奴らを踏んでも良いならどうにかなりそうだけど、バランス崩して落ちる未来しか見えない。
海側を向いた砲台は露天で、内部も周囲もひとでギッシリだ。いや、内部は……
「ミル」
「うむ、いつでも良いぞ」
俺の懐でふわふわの髪をなびかせ、ミルリルは幸せそうに笑う。両手で、UZIを抱き締めて。
「「おおぉおッ⁉︎」」
湾内を凝視していた住人や兵士たちが、いきなり現れた俺たちを見て悲鳴やどよめきを上げる。
俺が立ったのは、城壁から突き出した“魔導圧縮砲”とやらの砲身の上。砲というだけあって当然ながら円柱状のそれは長さ四メートル、直径一メートル半ほど。青銅なのか脆そうな金属は錆で黒ずみ、荷重の掛かった基部が不快な軋みを上げる。足元の下には十数メートルの距離を置いて船着場と海面。
正直、ムッチャ怖い。
「なんだ、あれ。どっから来た」
「おかしな格好だな。亜人か?」
「あの変な船と関係あるのか」
なんか住人ぽいのがこっち見てゴチャゴチャいってやがるけど、なんでそんなに危機感ねえかな。お前ら呑気に見物してるけど、こちらに舷側を向けたフリゲートの100ミリ艦載砲は三基ともこちらに砲口を向いてんだぞ。
ここにいる人間は誰も、自分たちが射程圏内にいるとは思っていない。それはまあ、そうか。二千五百メートルとか、いうて遥か彼方だ。俺の視力ではフリゲートがハナクソほどにしか見えん。
「おい、そこの!」
周囲を見渡していたミルリルは、声のした方を見る。士官と思しき墨色の制服を着た男が、俺たちを怒鳴っていた。俺の腕から降りると身軽なドワーフ娘はひょいひょいと砲身上を歩いて露天砲台のところまで進み、そこに詰め込まれたスールーズの人質を見る。そのまま指揮官に目を向けると、妙に平坦な声で告げた。
「貴様、皇国軍の指揮官じゃな」
ひとは怒りが一定レベルを超えると、ああいう無機質な声になる。俺のいるところからは顔は見えないけれども、とても恐ろしい視線を向けられたんだろう。指揮官の男はビクリと身を震わし、見る間に蒼褪め始めた。
「こちらに囚われておるスールーズを解放せい。いますぐじゃ」
「なんッ……だ、お前、ら!」
精いっぱいの虚勢を張って剣を引き抜こうとした指揮官だが、パンと銃声が上がって刀身が根元から弾け飛んだ。
「何度もいわすでないぞ」
「「「皇国軍を舐めるな!」」」
ふたつの砲台の陰から、十数名の兵士たちが姿を現す。それぞれ腰の短剣を抜いて身構え、ゆっくりと油断なくこちらに向かってくる。それを見据えながら、ミルリルは周囲に聞かせるように大きく声を上げた。
「わらわたちは、スールーズの守護神、ミードの使徒じゃ! 我らが雇い主、ミードの名において、ここに宣言する!」
ミル姉さん“雇い主”って、いっちゃマズいでしょう。演技でも譲れない線はあるのか単にウソが下手なのか、そういうとこ律儀なんだから。
「もし、ひとりでもスールーズの民を害せば、この街を滅ぼす」
「ふッ、ふざけるな! 砲兵隊、こいつを殺せ!」
指揮官の合図で身構え、向かって来ようとした兵士の頭が弾ける。
「これは、裁きの鉄槌じゃ。死にたい奴から、向かってくるがよいぞ」
砲兵というイメージのままに屈強そうな大男揃いだが、城壁の上に並んだ十数名が、固まったまま誰ひとり動けずにいる。野次馬らしき一般人たちが悲鳴を上げて逃げ去っていった。
「さあ、決断せよ。おとなしくスールーズを解放するのであれば、この場は逃がしてやっても良い。手向かいするのであれば、殺す」
「なッ、な……」
俺からは死角になってあんまり見えんけど、砲台内部に囚われたスールーズのひとたちは拘束され何かに繋がれて苦しい状態にあるようだ。砲身の上でバランス取ってる俺の足もプルプルしてきたし、固まってグズグズしてる煮え切らん連中に付き合ってはいられない。
「ミルリル、そっちは頼む」
俺は短距離転移で、胸壁の上に立つ。手に武器はないので油断したか、兵士のひとりがつかみかかろうと飛び出してきた。ひょいと再転移でもうひとつの砲台まで飛ぶ。背後で城壁から落ちてゆく兵士の影が見えた。
「ふッ、ああああぁーッ‼︎」
どこか遠くで、グチャリと潰れる音。どうやら海面には届かなかったようだ。
「指揮官。いつつ、数える。そこを超えたら、交渉決裂……」
いいかけて、止まる。見てしまったからだ。露天の砲台のなか。“魔導圧縮砲”やらいう得体の知れない武器のために、首輪で繋がれ目隠しをされ、手足を縛られた十数名が半死半生のまま詰め込まれている光景を。
「……おい、ウソだろ」
ハエがたかっている。ウジが湧いている。俺は収納ですべての枷を剥ぐ。砲台内部に入って、痩せ細ったひとたちを救おうと足掻く。拘束を解いたところで返ってくる反応は弱い。目隠しを外しても、ぼんやり開かれたままの目はこちらを見ない。
「おい」
俺は砲台から通路に飛び出して、指揮官に向けてブローニングハイパワーを手にする。
「お前らが、やったのか。これを」
「な」
「“な”じゃねえんだよ、このゴミクズが! 答えろ! お前らが、やったのか‼︎」
発砲すると膝が砕けて指揮官は顔面から石造りの通路に叩き付けられる。俺の近くにいた兵士たちがこちらに向かってくるが、ひとりずつ9ミリ弾でとどめの二連射を与える。射殺した兵士は六人。スライドがホールドオープンして止まる。収納からイサカのショットガンを出して、固まっている兵士たちに向ける。
「や、やめろ! それは、俺たちがやったんじゃねえ!」
「誰の指示だ」
頭を抱えてうずくまる大男たちへと、順に銃口を向けて問い質す。隙を見て逃げようとした男の背中を撃って殺した。
「答えなければ殺す。逃げても殺す。嘘を吐いても……」
「じ、実地検証部隊の魔導師どもだ! あれは、人間じゃないって! 特殊な、装薬を形成するための、“材料”だって……!」
油断させようとしたのか錯乱したのか、泣き顔のままつかみかかってきた男の頭を吹き飛ばす。一斉に飛び掛かろうとした残りの兵士たちも散弾で腹を撃ち抜かれて倒れ、流れ弾で足や腕をミンチにされて転げ回る。
「そうだったな。皇国の連中は、亜人も平民も、人間扱いしないんだったか」
「そッ」
「質問はしてねえよ。ゴミが」
ひとり残った指揮官にショットガンの銃口を向けた。膝を砕かれ這い擦ることしかできない男は、涙と鼻水を垂れ流しながら、恐怖と痛みに息を荒げる。
「ヨシュア、こちらも頼む」
最初に降り立った砲台から、ミルリルの沈んだ声が聞こえた。
「おい」
「ひッ!」
「残りのスールーズはどこにいる」
「いない。いや、知らない。それは……もう」
殺したか。なんにしろ、用済みだ。俺はショットガンで胸板を吹き飛ばす。
「ミルリル、入るぞ」
砲台の入り口から内部に踏み込むと、そこはもうひとつと同じような状況だった。みんな拘束を解いてもグッタリしたまま動かず、目隠しを取っても反応を見せない。
「まずいのう、これは治癒魔法が要るのじゃ」
それができるのは、ほとんどがエルフだ。船にいるなかでは、ルーイーとエイノさん、あとは……エルケル侯爵もか?
「とりあえず、連れてくる。少しだけ、ここを頼めるか」
「うむ、任せよ」
最低だ、こんなの。やっぱり、俺たちの進む先には、災厄しか待っていないのだ。




