393:チキンラン
「う〜ん、これはどうしようっか、だな〜、うんうん」
リンコはこれで珍しく動揺しているのだろう。フラダンスと盆踊りが混ざったような変な動きで舞いながらブツブツいい始めた。考え事するとき変なモーション入るひと、いるよね。
そんなことはどうでもいいんだが、どうしたもんか。俺は俺で対処に困って天を仰ぐ。
「なあリンコ、魚雷っつうても、どこまでの脅威かわからんことには判断できないんだけど」
「ぼくの設計をベースにはしてるんだろうけど、予想できるのは推進と誘導の方式くらいだね。爆発力は火薬の搭載量と起爆方法しだいだから……」
ミルリルは不思議そうな顔で俺たちを見る。
「取り込み中のところ悪いがの。“ぎょらい”というのは、なんじゃ?」
「ええとね。こういう……軍用艦艇を沈める威力を持った、水のなかを追いかけてくるタマだ」
「ほう」
ミル姉さん、その“ほう”は危機感とか恐怖感じゃないよね。エンジニアとしての知的好奇心だよね。
「“みっそー”やらいうのの仲間じゃな。それは、なにを感知して追ってくるのじゃ?」
「ん?」
「“えくらのぷらん”に積んどった、“みっそー”は特定魔力を辿って飛んでゆくというておったが、この場合も同じかのう?」
みっそーって、あれか。南大陸で帝国海軍の砲艦を撃沈したリンコ特製の誘導式対艦ミサイル。いつの間にかリンコとの間で、そんな技術情報まで共有してたのね。
「ぼくの設計では、音だった」
「音?」
「そう。皇国の仮想敵だった共和国の海戦力は魔道具を搭載してないから、魔力探知式だと目標を認識できないんだ。でも、どんな船でも、特定のリズムで刻まれる音源はある。その標的の音源に“印をつける”する作業が必要になる。いまやってる、あれがそうだよ」
棺桶みたいな魚雷を水に入れて、何かしてるんだろうけど俺には見えん。
「こちらを攻撃する気なのは確実か?」
「それ以外に、誘導式魚雷を水に入れる理由はない。魔王陛下、ご決断を」
リンコは艦内放送用マイクを渡してくる。
砲艦外交ってのは、当然ながら現地人の反抗を受けるものなのだろうな。うちの艦長が残してきた遺産が向けられるのは想定外だったが。
俺は通話スイッチを押す。
「カレッタ爺さん、100ミリ砲、発射用意。目標、前方の兵員揚陸艇」
“了解じゃ!”
「相手は軟目標だ。弾種は榴弾。優先順位は、“棺桶”を水に入れてるヤツからだ。必要なら機関砲も使え」
“任せとけ!”
「ハイマン爺さん、機関全開は可能か?」
“おう、いつでも行けるぞ!”
「カレッタ爺さんの発砲と同時に、敵艦陣形の中央を抜く。そのまま直進して港湾部を制圧するぞ」
「「「了解」」」
リンコはクマ獣人の操舵手に指示を出す。
“こちらカレッタ、主砲および機関砲、発射準備完了じゃ!”
「撃てェ!」
ドゴンドゴンと轟音が響き、わずかに船体が揺れる。木っ端微塵になった敵艦艇が、爆炎とともに撒き散らされて海面に降り注いだ。着弾したのは、左右で一隻ずつ。残り三隻は、こちらへの攻撃しようと棺桶を水に入れた状態で動けずにいる。こちらも艦載砲に装填するまでの間は無防備になる。
「よーし……ハイマン爺ちゃん、機関全速!」
“機関全速、了解じゃ!”
腹に響くような唸りを上げ、フリゲートが加速を始める。艦長席で、リンコが悪役のような笑い声を上げる。
「ふはははは、素晴らしいね! ケースマイアン海軍旗艦が、いま初めて本当の力を発揮するんだ! カレッタ爺ちゃん、派手に吹き飛ばしちゃって!」
海上で固まる兵員揚陸艇の間を抜けるように、フリゲートは港の内湾に向かって直進する。通過直前に左右の機関砲が唸り声を上げ、少し離れた揚陸艇に弾雨を叩き込む。黒色火薬に着火したのか爆発とともに炎が上がって、吹き飛ばされた木片が宙に舞うのが見えた。
“右奥のが、吹き飛ぶ前に発射しよった!”
「右旋回、いっぱいまで回して!」
操舵手に回頭を指示して、リンコは右舷の窓から後方を確認する。
「機関砲、いける?」
“任せとけ! ハイマン、速度そのままじゃ!”
“了解じゃ!”
傾いた艦内でぐぬぬと踏ん張りながら、俺とミルリルも右舷の窓から魚雷の航跡を探す。激しく掻き混ぜられた海面には細かい白波が立っていてよく見えない。
「あれじゃ」
ミルリルの指す方角に、大きく弧を描いて向かってくる物があった。速度はさほど高くもないが、フリゲートの全速で振り切れるかどうかは微妙なところだ。波で振られた後の動きを見る限り、キッチリこちらを捕捉しているようだ。
「あれ、本当に追尾誘導してるんだな」
「基礎設計と検証は、ぼくがキッチリやったからね。これで沈められたら、ただのバカだけど」
「なに、いざとなれば魔王陛下が無事に収めてくれるわ」
演劇の混沌を収める神みたいな? その魔王も、いまは舞台に乗ってるんですけど。
こちらの横腹に向かってくる魚雷に対して、右舷の機関砲が短く発射される。
「あれは、ハズレじゃな。もうチョイ奥に……いいぞ、そこじゃ!」
二百メートルほどのところで爆発が起き、派手に水飛沫が上がった。
“どうじゃ!”
カレッタ爺さんの声に、艦内放送で歓声が聞こえてくる。
「ありがと、カレッタ爺ちゃん。ハイマン爺ちゃん、機関低速」
“機関低速、了解じゃ”
「舵戻して、左九十度回頭」
「了解」
ようやく危機が去って、フリゲートは港の内湾に向かう。港の最深部、城塞に面した中央岸壁までは四キロちょっと。こっから先は、悠々と威容を見せ付けながら降伏と無血開城を迫る……
「ああ、そうだヨシュア、約半分で城塞にある砲台の射程に入るよ」
「え? なにそれ」
最大射程二キロの砲? そんなもん初耳だぞ? つうか、そんなもんあるなら先にいっとけよ。
「ごめん。いま思い出した。なんていうか……あんま本気にしてなかったから」
なんだそりゃ。
「それは、リンコの青銅砲ではないのじゃな?」
ポンコツ聖女改めポンコツ艦長はチラッとこちらを見て、非常に微妙な半笑いの顔で首を振った。
なに、そのリアクション。
「ええと……自称・皇国軍最強の超秘密兵器、“魔導圧縮砲”だよ。射程以外の仕様は、あんまりよく知らない」
「え?」
「ぼくのいた皇国軍実験開発部隊は実地検証部隊と犬猿の仲でね。その実地検証部隊の上位組織が開発したとは聞いてる」
「いや、でもさ。実地検証部隊ってくらいだから、使えるもんにはなってるんだろ?」
「どうかな。そこの連中は、検証しないので有名なんだ。まあ、ぼくのいたとこも実験も開発もしない無能揃いだったから、そういうお国柄なのかもね」
「そういう?」
「恥ずかしげもなく理想と願望だけ謳っちゃう、みたいな?」
ああ、人間でもいるよな、そういうタイプ。なんにしろ、めんどくせえヤツらだ。
「艦長判断で潰してくれ」
「了解。カレッタ爺ちゃん、射撃用意。目標正面、城塞上部に突き出した、敵砲台」
“了解じゃ。二千五百めーとるもあれば、仕留めてやるわい”
「よーし、そんじゃ方位そのまま、直進」
操舵手のクマ獣人青年に、リンコが弾む声でいった。




