392:曇天なれど波は
幸い、その後もトラブルは発生せず。そこそこ波はあったが船内の揺れはそれほどでもなく、船酔いに悩まされる者も出なかった。我らがフリゲートは着実に距離を重ね、翌日の昼過ぎには共和国の北端を過ぎて皇国領に入った。もちろん見てわかる国境線や海岸線の特徴があるわけでもないので、距離と航空地図による目測ではあるが。
「いま北東に見える小島が、昔この辺りを根城にしていた海賊の砦があったっていうマーカーズ島だって」
「ほう。ハイダルの居る島よりも少し大きいかのう」
「でも平べったいな。あれじゃ水も望めないし、隠れるところもなさそうだ」
「そう、だから討伐されちゃったみたい」
俺とミルリルは艦橋で、リンコ艦長兼航海長の説明を聞いていた。ケースマイアンからの出張組十二名ではさすがに人手が足らず、操艦にはひとり何役もこなす必要がある。みんな忙しく走り回っているが、老若ドワーフたちもドワーフの親戚みたいなマッドエンジニアJKも、なんだか妙に楽しそうだ。
特にリンコは、いつもより元気に見える。徹夜明けハイなのかもしれけどな。“吶喊”やスールーズの交代要員が少しでも眠るようにいったのに、徹夜は慣れてるからと艦橋に残っていたのだそうな。それは、ハイマン爺さんやカレッタ爺さんも似たようなものだった。
彼らのワクワクしている理由は、すぐにわかった。
「さあ、いよいよ皇国領海、楽しみだねえ♪」
“リンコ、的が出てきたらすぐに教えるんじゃぞ!”
「はいはい。教えるから、勝手に撃っちゃダメだよ? それ射程たぶん戦車砲より長いから」
“わかっとる!”
火器管制室から、弾んだ声が聞こえてくる。艦載砲の整備が済んだカレッタ爺ちゃん率いる兵装担当チームは、試射がしたくてウズウズしているらしい。
「左右の機関砲は、さっき試射して機能に問題ないことを確認したよ。25ミリしかなかったから、カレッタ爺ちゃんは残念がってた」
煙突脇の機関砲を試射してたのは音でわかったけど、艦内にいたので見てない。KPV重機関銃の14.5×114ミリ弾でも無敵状態だったのに、25ミリってどんな威力なんだろ。海上じゃ的がないので見ても実感は持てないと思うけど。
「……ぬ? 25ミリ、しかというのはどういうことじゃ?」
「うん。元は、もっと大きい37ミリの対空機関砲が搭載されてたみたい。艦尾の100ミリ砲の前方に二基」
「ああ、艦尾の……なんて呼ぶのか知らんけど、お立ち台の上か。監視に使った倉庫の脇に基部だけ残ってた」
「そう、それ。沿岸警備隊に転籍したとき撤去したんだろうね」
リンコの見せてくれた操艦マニュアル(英語)によれば、ミルリルと監視に当たったお立ち台は上部構造物、あるいは武装配置用の張出しと書いてあって、サイモンがサービスで付けてくれたそれはまだ改修前のものなのか大きな機関砲の絵がある。
25ミリでもすごいのに、さらに大きい37ミリか。それって、もうちっこい戦車砲じゃん。
「まあ、爺ちゃんが触りたかったのは機関砲というより、それの自動管制装置の方だけど」
「必要ないだろ。こっちじゃ航空機もないし、この船の射程範囲内に接近できる戦力を想像できん。有翼龍でも出てこない限り……いや、それでも25ミリで完全なオーバーキルか」
ケースマイアンでは14.5ミリでワイバーンを撃墜してたしな。
「わかってないなあ……必要かどうかじゃないんだってば。ぼくらは触りたいし弄りたいのー!」
のー、っていわれてもさ。
「ヨシュア、“こーくーき”というのは?」
「俺たちのいた世界での、空飛ぶ機械だよ。前に乗った地面効果翼機よりずっと速くて硬くて、この船を一発で沈めるような攻撃能力を持ってる」
「……おぬしらの世界の常識は、聞くたびに思うが非常識じゃのう」
ミルリルは呆れて首を振るが、ふつう軍事技術の発展は何かが一強にはならない。パワーバランスとして敵対国もしくは自国が、すぐに対抗策を講じる。こんな“オーバーテクノロジーで無双、ずっと俺のターン”なんて状況がおかしいのだ。
「うん。ケースマイアンは、まさに非常識の塊だね」
「俺の場合、必ずしも自分の力ってわけじゃないから、ちょっとリアクションに困るな」
「問題ないよ。そもそも魔王というのは、アンフェアな存在だし」
「悟ったようなことをいうなよ、女子高生が」
「そういえばリンコ、昨夜おぬしは“皇国が持てる船を沖まで出してくる”というておったな。あれはどういう話じゃ?」
そういやそうだな。壊滅した海軍が何をしようと、こちらの脅威にはならんだろうと聞き流してた。
「皇国軍は瓦解しておるはずじゃ。残党の残党どもに、なんぞ勝算でもあるということかの?」
「勝算はないよ、全然。もう皇国には兵も兵器も資源も未来の展望も、何もないんだもの。ぼくら魔王軍どころか、共和国軍にも勝てない。だから、たぶん軍は全力で海上封鎖する」
「だから、それがわからんというのに……いや待て、もしかして」
「そう。自国民を、逃さないために」
えー。そっち⁉︎
「度し難いのう。罪咎のない民まで、ともに死ぬことを強要するか」
「かんちょー、左舷前方に反応」
若いドワーフの声に、リンコはレーダーを覗き込む。
「距離は……三千、か。何だろ、これ」
光点は弱く小さなものが五個。当然ながら認識情報はない。木造帆船が相手じゃ、軍用レーダーも勝手が違うか。
「カレッタ爺ちゃん、十時方向距離三千、小型船舶が五」
“敵じゃな?”
「この海域に味方はいないけど、民間船舶の可能性もあるから発砲は視認するまで待って」
“了解じゃ”
少し東方向に迂回する形で接近すると、港町のある内湾を囲むように帆船が外洋に向けて布陣しているのが見えた。実際に“見えた”のはドワーフと獣人だけだけどな。俺とリンコの視力では、双眼鏡を使ってなんとか船のシルエットが視認できるかどうかだ。
「ヨシュア、見える?」
「ぼんやりだけどな。見た感じ、砲艦じゃない。舷側の低い、手漕ぎ併用の平船……」
名前は忘れた。案の定、ミルリルさんが引き取ってくれる。
「兵員揚陸艇、とかいうやつじゃな」
「そう、それ」
でも、そこがおかしい。揚陸艇ってくらいだから、兵員を敵の領土に送り込む着上陸用の船だ。鈍足で非武装のそれをいくら海上に配置したところで戦力にはならない。俺たちのような敵の海上戦力と対峙するにしても、船で漕ぎ出す自国民を拿捕するにしてもだ。置くべきものは砲艦か……移乗戦闘艦だろうに。
「もしかして、もう兵員揚陸艇の他に船がないのか?」
「港湾内部に、いくらか大きな船があるようじゃ。向こうが威嚇と監視で、こっちは……」
とかなんとかいいながらミルリルさん、三キロくらい離れた湾内の確認には双眼鏡を使っているが、その半分くらいの距離しかない洋上船舶は裸眼で見てる。やっぱこの世界のひとたち、視力も聴力も桁違いだな。
「……待てヨシュア、こちらを見て何か始めよったぞ」
いわれて双眼鏡を覗いた俺は、平船の横に吊り上げられ人力で海に降ろされようとしている奇妙な棺桶状のものを見て首を傾げる。
「なんだ、あれ?」
「あははははは……!」
いや、なに急に笑てんのリンコ。
「なんだよ、もう。昔ぼくが皇国軍に提案したときは、まるっきりガン無視したくせにさ」
「どうしたんじゃ、リンコ。何か知っておるようじゃの」
「知ってるっていうか、あれ、ぼくが提案したものだよ。ハナで嗤われて終わりだったけど」
俺たち(と艦橋にいる若手ドワーフとクマ獣人青年)の視線を受けて、マッドエンジニアな女子高生はしばし悩む。これ、あれだな。理系のインテリが一般人に噛み砕いて語ろうとしてるときの顔だ。
微妙にドヤってるのが、ちょっとイラッとする。
「ああ……と、フリゲートくらいの艦艇、海軍でいうと駆逐艦なんだけど、何を駆逐するか、知ってる?」
「いや、艦艇はサッパリわからん。……敵の戦艦とか、空母?」
「逆だよ。戦艦とか空母を守るの。水雷艇を“駆逐”してね」
水雷艇。フリゲートやら駆逐艦より、もっとちっこい船か。てことは……
「なあリンコ、もしかして、あれ」
「元いた世界の水雷艇とはずいぶん違うけど、役割としては同じだよ。ぼくが残した資料を読んだ技術者がいたんだね。見た目はブサイクだけど、あれは形態からして魚型自律稼働ゴーレム。この世界で初めて実用化した……」
リンコは笑った。なんでか少し、嬉しそうな顔で。
「誘導式魚雷だ」




