391:ナイトウォッチ
前回390話、皇国領海に入るの少し早過ぎたので修正。
日が落ちると周辺監視の振り分けをして、手の空いているものは就寝。操艦・エンジニア組も交代で就寝ということになった。寝床はずらっと並んだ狭い三段ベッドだが、文句をいう者はいない。あちこち回ってるうちに、士官室なのか救護室なのか、えらく殺風景な個室を見付けた。簡易ベッドが三つ並べてあったので、とりあえず女性はそちらで寝てもらう。“吶喊”のルイとエイノさん、あとミルリル。
エルケル侯爵は、艦長室と思われる少し豪華な個室――とはいえガランとした部屋に作り付けの執務机と本棚とベッドが置かれているだけなのだが――を使ってもらう。
「そんなに気を使わなくても良いんだが」
「そういってもらえるとは思ってましたけどね。たぶん周りが気を使うでしょうから」
それもそうだと侯爵は受け入れてくれた。スールーズの紅一点ルーイーは仲間と一緒じゃないと眠れないようなので、止むを得ず大部屋の端に寝床を配置した。
軍用毛布が置かれているだけだが、艦内は暖房が入っているので問題ない。というか、少し暑い。
「飲料水は、ここにある。トイレの位置は確認したな、あと監視の順番は深夜までがスールーズ組、そこから朝までが“吶喊”組だ」
「「了解」」
機関室の判断で出力を上げることになったらしく、夜になって機関音が変わるのがわかった。船速も上がったようだが、そちらは実感としてはわからない。いくぶん波を越える間隔が短くなったような……まあ、気がする程度だ。
深夜で交代した“吶喊”の当直に、俺もミルリルと参加する。吶喊組のなかでも、俺たちは明け方までの遅番に当たった。早番だったティグとマケインが、俺たちに艦内装備のゴム引き外套を渡してくる。
「外は飛沫が掛かるからな、ちゃんと着込んだ方がいいぞ」
「艦尾の方は、床が凍ってる。必ず二人一組で、縁にはできるだけ近付くな」
「わかった」
「了解じゃ」
冬の海を吹きっ晒しで当直監視は逆にハイリスクというリンコ艦長の判断で、配置は艦橋と艦尾の屋内である。元の世界と違って夜の海に出ている船舶はないし、巡航中のフリゲートを攻撃してくる敵は海の怪異くらいだ。外的脅威の方がレアケースであって、万が一にも海に落ちたりする方が危険だもんな。
「それはそれとして……」
俺とミルリルは、後部デッキにある巨大な物置小屋のなかで首を傾げる。定期巡回ローテーションのとき以外はここで監視に当たれとの指示だったのだが……。
「この物置小屋は、なんでこんな構造になっとるんじゃ?」
そう。フリゲートの煙突の後ろ、艦尾の100ミリ艦載砲を見下ろすように謎の高台があって、そこにドデーンと設置されているのだ。ミルリルは物置小屋といったが、サイズは四メートル四方に高さ二メートル強とかなりデカい。作りは案外しっかりしていて、防水と密閉も考慮してあるっぽい。それは良いんだが、こんな行き来に不便な場所に倉庫を作る必要性がわからん。帆船時代の後部客室ならわからんでもないけど、置かれたものを見る限り完全に倉庫だ。食品などは艦内に倉庫があったから、こちらには含まれていないようだけど、逆にいえば重そうなものが多い。運び込むのも運び出すのも、人間が手持ちで階段を昇り降りすることになる。
「ここは、後部の見張り台……いや、元は銃座かな?」
「そのようじゃの」
ミルリルの指差す窓の外を見ると、小屋の横に、撤去された機関砲か何かの基部らしきものだけが残っていた。そのサイズを見る限り、かなり大きいものだったようだ。
「前の機関砲があれば、必要ないという判断だったのではないかのう?」
ミルリルがいっているのは、いまいる場所の少し前方、煙突の左右に配置された機関砲のことだ。艦船の知識はないので推測するしかないが、たぶん魚雷や爆雷のように、海軍から沿岸警備艇に回された時点で外された装備のひとつなのだろう。
ともあれ、俺たちは元機関砲座であるところの臨時監視哨に入る。一応、両舷側に窓はあるので、外の監視もできなくはない。荷物が邪魔だけど。ミルリルは窓際の金属ケースの上に、ひょいと腰掛ける。
ううむ。彼女には、ちょうど良かったのかも。
「ヨシュア、これはおぬしのいたところの文字じゃな?」
「そう、こっちのダンボール箱のは英語なんで、わかる。そっちの木箱のは俺も読めない」
キリル文字だっけ。ロシア語だ。数字以外は読めん。英語と日本語――あと一部の中国語――以外はほとんど読めん。
「となると、開けてみんことにはわからんということかの」
「そうなるね」
倉庫の内部は木箱やら段ボール箱やら金属ケースやらバブルラップで巻かれた機材やらがギッシリと積まれていて、ちょっとした資材倉庫になっている。おそらくサイモンのいってた“山ほどつけたサービス品”の一部、つまりあいつの国で余ってたり不人気だったり処分に困ったりした様々なお楽しみグッズだ。
入り口から近い位置に、ロシア語の書かれた木箱があった。文字は読めないが、前にも購入したので中身がわかった。通称スパム缶と呼ばれる密閉された弾薬箱で、AKMやRPKで使われる7.62×39ミリのアサルトライフル弾が七百発だか缶詰になってる。その缶二個入りの木箱が、ざっと見ただけで五十以上はある。
何この量、中隊編制できるレベルじゃん。
その数にちょっと引っ掛かって横の細長い木箱を開けると、自動小銃がギッシリ詰まっていた。
「ほう、“えーけー”じゃな。ヨシュアの使っておるのとは少し雰囲気が違うようじゃが」
「……そうね」
AK47だ。状態は良いし、ありがたいけど。これ絶対、サイモンが自分の国から遠いところに送り出したかっただけだろ。何丁あるんだこれ。その横の小さめの木箱には金属弾倉がギッシリ。延長弾倉やドラム式もある。そら、こんだけの量が非合法組織とか敵対勢力とかに流れたら国の危機だわな。
まあ、いいや。端の方には謎の大箱やら大型の機械らしきものもある。時間ができたら、他の箱も調べてみよう。
「さて、合図じゃ」
特に何が起こるわけでもなく二時間ほどの監視任務は終了。全艦放送で短く鳴らされたベルの音に合わせて、俺たちは臨時監視哨だった倉庫を出る。
高台で見下ろした艦尾の砲座では、ドワーフの若手が整備作業中だった。わりと順調みたいで、こちらに気付くと笑顔で手を振ってきた。
俺たちは、右舷を回って艦橋に向かう。艦橋担当のルイとエイノさんとコロンが左舷を回って、俺たちのいた艦尾に回ってくるローテーションだ。みんなで話し合って決めた巡回方法だが、どこか当直監視ってより臨海学校とかの肝試しっぽい。
「そこ滑るから気を付けてな」
「了解じゃ」
周囲に灯りのない夜の海というのは、あまりに茫洋として現実味がない。波間にちらほら巨大な魚影らしきものが見えたりはするが、それも本当に見えたのか幻なのか判然としない。
俺たちは真っ黒な海面を“監視”しながら、しばらく轟々と寄せては返す海鳴りを黙って聞いていた。繰り返される潮騒がホワイトノイズのように聴覚を麻痺させ、ふらっと海面に吸い込まれそうになる。それよりなにより落ち着かないのが、周囲に感じる得体の知れない気配だ。たぶん気のせいなんだろうとは思うけど、どうにも慣れない。
俺がミルリルに話すと、彼女はクスクスと笑った。
「まったく同じことを感じておったわ。まるで、どこぞの女狐が見せた幻術のようじゃ。海辺で暮らしとる者たちは、慣れるものなのかのう?」
ふたりで寄り添って周囲を警戒しているうち、上空に厚く垂れ込めた雲が過ぎ去って、満天の星空が覗いた。
「……ぬ?」
なにか気配が変わったことに気付き、ミルリルが周囲を見渡す。波の音が急に高まったかと思うと、遠くで海鳥らしき鳴き声が響いて水平線に日が昇り始めた。
魔法の幻惑効果が切れたみたいに、周囲を取り巻いていた何かが霧消した。視界が開けて世界が広がりを見せ、リアリティが感じられるようになる。
――変なの。
元いた世界で夜の船旅なんて経験がないから、夜の海ではよくある話なのか、この世界で特有の現象なのかはわからない。物の怪を信じていた大昔の人って、こういう感覚だったのかね。




