39:コーリング
城壁の置かれた断崖の手前、3百メートルほどの距離を置いて、王国軍部隊は停止する。こちらの重機関銃や小銃の射程圏内だが、俺は手旗を上げさせて、全員に射撃停止を命じる。
勇者が何をする気か知らないが、ひとまずは様子を見て対応を決める。
降伏するというなら条件次第で……
「出て来い、魔王!」
――は?
かなりの距離をものともせず、あの鬱陶しいゴリマッチョの声がハッキリと聞こえてくる。なんかの拡声器的な魔法なんだろうけど、そんなことはどうでもいい。
魔王って、誰だよ。
俺はリアクションに困って、ミルリルさんに目を向ける。“やだなあ、あいつ、なにいってんだろうね~?”って感じで同意を求めているというのに、のじゃロリさんってば視線を合わせようともしない。
ほんじゃ反対側の獣人射手たちに、と思ったら、こっちはこっちで苦笑しながら頷くばかり。
……おいおいおいおい、ちょっと待て。なんだよ、それ。
「ま、魔王、ってさ」
「どう考えてもヨシュアのことであろうな」
「言い得て妙ってこった」
「いやいやいや、なんでよ。こんな幼気な中年サラリーマンつかまえてあなた」
「幼気な中年という時点で意味がわからんが、なんにせよおぬしは王国軍にとっては魔王なのであろう。それはもう、仕方があるまい」
「仕方あるよ! 俺、魔物の部下どころか知り合いもいねえし、ドラゴン以外は見たこともねえよ!」
「ふむ、魔を統べる者としては怠慢じゃな」
「魔王ポジション決定でハナシ進めんな! だいいち、魔王なんてホントにいるのかよ!?」
「かつて存在していたとは聞くが、実際にどうだったのかは知らん」
「魔王! 白亜の間で見せた力を見たときから、貴様が魔の者だということはわかっている!」
「うるせえな皮被り! 俺は“商人”だっつってんだろうが!!」
魔王呼ばわりは確定しているらしいが、あのゴリマッチョがなにをしたいのかがわからん。
「無垢な民草を謀るのもこれまでだ! 出て来なければ、ひとりずつ亜人を殺す!」
ムチャクチャなその言葉に、城壁に立っていた者たちの空気が凍りつく。ミルリルが双眼鏡を覗き、小さな呪詛の言葉を吐きながら俺に渡してくる。
平野の先、壮麗な旗幟で飾られた王国軍の本陣が見えた。距離にして2km近くはあるだろうか。そこには、昨日までなかった杭が数本、等間隔で立てられていた。その上と周囲にいくつか人影らしきものは見えるが、俺の視力では個人の判別までは出来ない。
「杭の横に立っておるのは、おそらく王国の第1王子じゃな。となれば隣の見慣れん男女は、賢者と、聖女じゃろう。30近い兵と魔導師によって守られておる」
「そんなことは、どうでもいい。杭の上に、縛られているのは、本当に亜人か?」
「獣人の子が3名、エルフが1名と……ドワーフが1名じゃ」
振り返ったミルリルの顔は、蒼白になっている。
「もしかして、知り合いか」
「……そうじゃ、……あやつは、ミスネル。わらわの……妹じゃ」
吐き出された声は震え、いままで聞いたことがないほどに細く儚い。
「……なぜ、こんなところにおる。……民を率いて諸部族連合に渡ったのではなかったのか!?」
「嬢ちゃん、いいたかねえが連合領でも王国に近い側は、かなりの族長に王国の息が掛かってる。そいつらに売られたか囚われたかっていうのは、有り得ん話じゃねえ」
「……そんな、……我らが、どれほどの財貨を積み、……どれほどの人質を与えたと」
「その話は後だ。彼らは、生きているんだな?」
「……あ、……そ、そうじゃな。いまは……まだ」
俺の視力ではハッキリしないが、シルエットがわずかに赤黒く見えるのは、血か。
ふざけやがって。双眼鏡を押し付けて飛び出そうとした俺の腕を、ミルリルがガッチリと押さえつける。絶対に行かせないとばかりに握りしめたまま、彼女は早口でまくしたてる。
「陣には見えるだけでも10ほどの魔導師が詰めておる。やつらも、昨日の戦いでヨシュアの戦術は目の当たりにしておるのじゃ、攻撃に備えた魔導障壁か、魔力阻害の結界を張るのが役目であろう。その上、20近い重装歩兵じゃ。あれが罠であることは明白ではないか!」
「だろうな」
「であれば、ここは、いったん様子を……!」
「罠だから、なんだ」
「なに?」
「罠? 障壁? 結界? 知るかよ、そんなこと。あいつら、こんだけ警告して、こんだけ思い知らせて、それでも俺の身内に手ぇ出したんだ。もう死ぬ覚悟は、出来てるってことだろうが。だったら、望み通りにしてやろうじゃねえか!」
「し、しかしヨシュア、あやつがおぬしの話にあった勇者なのだとすれば、銃も、爆弾も、収納も、転移も知っておるのじゃぞ。このまま突っ込んでは、敵の思う壺……」
「知るかっつってんだよ!!」
俺はミルリルの手を振り払う。双眼鏡が吹っ飛んで、虎娘ヤダルが危うくキャッチしたのが視界の隅に見えた。辺りのみんなも俺とミルリルの扱いに困っているようだが、ここで退く気なんて微塵もない。誰が何といおうと、絶対にだ。
「お前が腰引けてんのは勝手だけどな、だったら俺の邪魔すんじゃねえよ。これ以上グダグダいうなら……」
「馬鹿にするではないわッ!!」
「げぶっッ!?」
レバーに突き刺さった急角度のフックで、俺は前のめりに倒れる。目の前が暗くなり、何も聞こえなくなる。
王都のチンピラみたく悶絶死してないってことは手加減してくれたのかもしれないけど、HPゴッソリ減ったよこれ。走馬灯回ってるもん!? 郡山のお婆ちゃん手ェ振ってたし!
「……す、すてー、たす……」
名前:タケフヨシアキ
職種:死の商人 テロリスト 亜人の守護者 悪意の監視者 唐揚げの兄ちゃん 魔王
階位:06
体力:174
魔力:892
攻撃:621
耐性:789
防御:796
俊敏:887
知力:390
紐帯:11
技能:
鑑定:131
転移:1232
収納:1457
市場:1976
……見るんじゃなかった。見ても意味なかった。変なのばっか増えてるし。有効活用できる情報もなければ、能力の使い道も出ていない。でもこれ基礎パラメータ桁違いなくらいに爆上げしてるのに、体力だけ妙に低いのって絶対、のじゃロリフックの影響だよね!?
「お、おい大丈夫か、ヨシュア」
「あぅ、らいちょう、ぷ」
エルフの誰かが治癒魔法を掛けてくれたようだ。ステータスは消したので体力が上がったのか知らんが、なんとか立ち上がることは出来た。
顔を上げると、ミルリルが泣きベソ顔で震えながら俺を睨み付けている。
自分の感情の行き場がなかったのは俺も彼女も一緒だ。怒りも憎しみも悲しみもあるだろうが、なによりも、怖いのだ。ようやく取り戻しかけたなにかを、喪ってしまうことが。彼女はきっと、いままで何度も同じ目に遭ってきたから。
泣き出しそうなドワーフ娘の頭を、俺はクシャクシャに撫でくり回す。
「いいパンチじゃねえか、ミルリル」
「……す、すま」
「謝るんじゃねえよ。あれで、頭が冷えた。助かったぜ、ホントに。さっきまでは考えなしに突っ込んでって、みんなぶち殺しちまえばいいって、そう思ってたからな」
ふわふわのクセ毛を胸に抱いたまま、俺はケーミッヒを目線で呼ぶ。
巨漢の対戦車ライフル手は、すぐにやってきてくれた。そして。
「問題ないぜ、魔導師どもの連携を解けばいい。魔力の集中している上位魔導師を潰すだけで済む。距離も射程内、簡単なことだ」
アッサリと俺の目論見を読んで解決策を出してくる。どう考えても有効射程内じゃないけど、エルフは最大射程なら当てられるとか思ってる節がある。そして実際、当てる。
ただでさえエルフは運動能力と視力が高い上に、魔法の適性と射撃の適性を併せ持つ規格外の存在だ。彼らにとってみれば人間の魔導師など束になって掛かってきても物の数ではないのだろう。ここは信じるしかない。
周囲のエルフたちが頷くところを見ると、その案の確実性は高いようだ。ここは、乗る。
俺が目顔で頷くと、ケーミッヒはニンマリと狂暴な笑みを浮かべた。
「時間切れだ、魔王! 最初のひとりを殺す!」
薄汚いクズに成り下がった勇者が叫んだのと同時に、ケーミッヒがシモノフを発砲する。連続して、4発。轟音から時間差を置いて、王国本陣で水飛沫のようなガラスの様な何か半透明の砕片が砕け散るのが見えた。
直後その奥で弾けた、赤黒い何かも。
「ハッハー! ザマあ見やがれクソどもが! いいぞヨシュア、行けッ! あいつらを、粉々にブッ飛ばして来い!」
「「応ッ!!」」
転移で一気に本陣まで飛んだ。いきなり目の前に現れた俺を見て動揺する魔導師どもに、ひとりずつAKMの銃弾を叩き込む。魔導防壁やら障壁だか知らんが残った面子で張れる強度は7.62×39ミリ弾を止めるほどではなかったらしく、魔導師どもは胸板をゴッソリと抉り取られて血反吐を吐きながら死んでいった。
次は重装歩兵だ。慌てて盾を構えているが、知ったことか。全員、殺してやる。
「もう魔法のサポートはなくなったぞ! 甲冑や盾くらいで、止められると思うなよ!?」
「総員、大盾構え!」
それなりの精鋭を揃えたのか周囲の重装歩兵は塔状大盾を組み合わせて包囲殲滅の構えを取る。俺は弾倉交換しながら足元の隙間に手榴弾を転がし――トラップに使った余りの骨董品だ。念のため遠目に投げ込み距離を取って――盾の防御の内側に、破片の雨をブチ撒ける。
悲鳴を上げて陣形を緩めたところに、AKMを単射で撃ちまくる。30発の7.62ミリ弾は小気味良い音を立てながら甲冑を貫いて死体の山を築く。
「狼狽えるな、盾を斜めに構えれば弾ける!」
少しは頭の回る奴もいるようだ。弾けるかどうかまでは知らんけどな。盾に隠れて機を窺っていた奴らも、短機関銃の点射で露出した爪先を飛ばされ、体勢が崩れたところを次々に兜を撃ち抜かれてたちまち死体に変わってゆく。
……あれ? 短機関銃?
「ずいぶんと、つれないではないか。わらわたちの出迎えが、この程度とは。のう、ヨシュア?」
ちょっとォ!? のじゃロリ姉さん、なんでいるのよ!? どっから出てきた!?
「なにをしておる、シャンとせんか。皆が見ておるのじゃぞ?」
見てるよね、たぶん。亜人の皆さんってば、城壁からでも肉眼でも見えるんだもんね。
「怯むな! 数で押し包んで、殺……ッ」
「出来るもんなら、お前がやってみよ」
指さすように自然な動作で、ミルリルはUZIから死の弾丸を送り込む。眼窩に食らった指揮官の頭がアッパーでも打ち込まれたように仰け反り、そのまま仰向けに倒れ込む。回り込もうとした兵士の眼に、死の弾丸を、ひとつ。突っ込んで来ようとした兵士の眼に、もうひとつ。
「眼が、見える、距離……♪」
嬉しそうに囁くミルリルの声に、俺は思わず背筋を震わせる。この距離なら、彼女はもう外さないのだ。眼球を撃ち抜く限り、甲冑など何の意味もない。彼女が銃口を向けた先では、1発ごと着実にひとつずつ眼球が、そして命が撃ち抜かれて弾ける。
ちんまりと可愛らしい少女を包囲しながら、屈強な重装歩兵の一団はどうしても踏み出せない。
銃器を知らない王国の兵は弾倉交換の瞬間を隙と見極めることも出来ず、見極めたところで2秒と掛からないその手際ではどうすることも出来ない。
「わらわたちの怒り、身をもって思い知るが良いわ!」
ミルリルは右手でUZI左手でM1911コピーというアクション映画のような動きで重装歩兵を一気に薙ぎ倒している。俺の出番はなさそうだ。
アイコンタクトでその場を任せ、俺は杭の前で身構える王子様だかなんだかに近付く。賢者と聖女は逃げたのか隠れたのか、俺を待ち受けているのは近衛騎兵の甲冑を着た男だけだ。なんで王子が近衛の格好なんだか、俺は知らんし興味もない。
「おい、そこの赤マント。さっさと人質を解放しろ」
「ふざけるな! 貴様こそ武器を捨てろ、さもないと……」
「もういい、わかった」
俺はAKMで腹を撃つ。王子かどうか確認もしなかったが、男は悲鳴も上げずに絶命した。
「きゃああああぁッ!! 王子!!」
天幕の陰で悲鳴を上げているのは、いつぞやぶりの聖女ちゃんか。なんか塗りたくられて髪巻かれて、なんか外人コントみたいに気持ち悪い感じになったな。どうでもいい。倒れたまま動かない王子に向けて必死で治癒魔法を掛けているようだけど、距離があるので届いてない。届いたところで、死んでいるのだが。
聖女ちゃんの護衛のつもりか、賢者になったらしい細マッチョが杖を構えたので、AKMを向ける。
「10数える前に、そいつ連れて消えろ。今度、俺の前に立ったら殺す」
「第1王子を殺して、ただで済むと……」
「思ってるよ。いまさらナニほざいてんだ、お前? だいたい、第3王子も殺したんだ、いまさら増えたからってなにも変わらねえよ。文句があんなら掛かって来い、カスどもが」
「第3王子……行方不明になったのは、貴様が!?」
「行方? 死体は道っぱたに転がしといたはずだけどな」
「ふざけるな! 王族に仇成す者どもを、国王陛下は、いや王国民は絶対に諦めないぞ! 必ずお前たちを殺す! なにを犠牲にしてもだ!」
「……あ? なんに影響されてんだか時代がかった口きくようになってんけど、この状況わかってんのか、お前?」
「撃ちたければ撃つがいい! 俺たちは亜人どもを巣穴から炙り出して、駆除しなければいけ、なッ!」
俺は賢者の膝を撃つ。最初は左。
7.62ミリ弾で撃たれると、穴が開くというレベルではなく、ほぼ千切れる。
「なーんだ。気ぃ使って損したわ」
「ぎゃああああああぁ……!」
「そうだよな。クソみたいな選民思想に染まったのが、勇者だけなわけねえんだよ。命令されたわけじゃなく、お前らも王国側だったんだよな。悪い悪い」
「こ、殺さないで! お願い! 同じ日本人でしょう!?」
なにをいまさら。俺は賢者の膝を撃つ。今度は右。
「同じじゃねえよ、クソが。お前らみたいなのが日本人だって、考えるだけで反吐が出るぜ」
必死で賢者に治癒魔法を掛けている聖女を置き去りにして、俺は杭から人質を降ろしてゆく。
「無事か」
「当たり前じゃ、あの程度の雑兵。わらわを誰だと思っておる!」
すぐにミルリルが駆け寄ってきた。
両手に花ならぬ両手にフォーティーファイブな幼女は杭から降ろした人質を見て、安堵の笑みを浮かべる。
治癒で魔力が尽きたのか賢者に折り重なるように倒れている聖女を見て、ミルリルが怪訝そうに首を傾げる。
「女は殺さんのか」
「男も殺してないだろ。あのふたりは、俺と一緒に召喚されてきた同国人だ」
「それで情けを掛けたのか?」
「いや、逆だ。憎しみが溢れ出て、殺すよりひどい目に遭わせたくなった。異郷で仲間も頼る者もない、生き地獄をな」
「……そこは、おぬしの問題じゃ」
「よおし、もう少しだけ待ってくれ。すぐに助け出す」
解放した亜人の人質たちは、幼い子供たちばかりだった。みな痛ましいほどにちっぽけで軽い。俺が彼らをひとまとめに抱えると、ミルリルはにんまりと笑みを浮かべて俺の背後にひっつく。小さな両手でベルトを持って、ヒシッとしがみつく感じは野生動物の子供のようだ。
「……それで、転移に付いてきたのか」
「そうじゃ、わらわはヨシュアと一心同体じゃからのう?」
なんか違う気はするけど、まあ、いいや。
俺は全身にチビッ子たちを携え、銃声轟く城壁に向けて転移した。




