389:提督魔王
「「「うははははははは!」」」
洋上に姿を現したリガ級フリゲートを見たケースマイアン技術陣は即座に飛行船を降下させ、飛び降りるような勢いで乗り移ってきた。操縦を行うためか、飛行船に乗っていたのはドワーフを中心に十二名。ドワーフの若手も爺ちゃんたちもドワーフみたいなポンコツ聖女も、うっとりした目で見渡しながらクルクル回転して笑う。ひとしきり大笑いすると、今度はダッシュであちこち駆け回り、装備や性能を確認してゆく。宝の山を目の前にしたみたいなリアクション。彼らにとっては、本当にそういう状況なんだろうな。
「二日……いや、一晩じゃな」
動かせるようになるまでどのくらい掛かるか訊いた俺は、ハイマン爺さんの言葉に首を傾げる。
「え、マジで?」
「ああ、そのくらいあれば動かしてみせるぞ?」
お前ら、向こうの世界の船なんて触れるどころか見るのも初めてだろ? そんな簡単にわかるもんなのか?
念のためリンコを見ると、自信満々で頷く。
「ぼくも爺ちゃんたちも、内燃機関ならもうお手の物だし、ボイラーはこちらの既存技術で似たようなものがある。蒸気タービンも基礎はわかる。問題は人員だけど……まあ、大丈夫だよ。なんとかする」
どうでもいいが、このマッドサイエンティストな女子高生も目をウルウルさせ手を戦慄かせた興奮状態である。我が軍のドワーフチームは、みんな変態か。
「おったまげたのは、あの武装じゃ。T−55の改修案で難航しておった設計の実物を目の当たりして、カレッタはエラく悔しがっておった」
「ええんじゃハイマン。どのみち、あれだけの機構はMBTには積めん。それがわかっただけでも光明じゃ」
ええと……機構というのは100ミリ砲の揚弾装置か装填装置か。自動装填式の戦車砲であれば、後の世代の戦車には装備されてるんだけど。いまは、いわない方がいいかな。
「さて、艦橋の方はぼくが見てきたけど、案外どうにかなりそうだよ。機関室はハイマン爺ちゃん、兵装類はカレッタ爺ちゃんがリーダーでいい?」
「おう。あれは実に面白そうじゃ」
「わしも構わんぞ。T−55に慣れとる若いのを連れてきとるからのう」
「ドワーフの天国が束になって降臨したようなもんじゃな。分解できんのが残念で堪らんわい」
うん、やめて。間違っても海の上で分解しないでね。
「このまま港で乾ドックを手に入れたら、好きなだけ分解整備できるかもよ?」
「「「「おおおおぉ……‼︎」」」」
う〜ん……さすがにドックは帆船サイズのもんしかないと思うけど、彼らは必要なら自分たちで作るしな。まあ、とりあえず操艦はどうにかなりそうで、ひと安心。大変な作業だろうけど、みんな幸せそうで何よりですわ。
「ヨシュア」
後部甲板上に向かうと、ミルリルが駆け寄ってくる。
「“ぐりふぉん”に乗っていた者たちは、全員が無事に乗り込めたのじゃ。いまは食堂のようなところにいてもらっておる」
「ありがと。いま飯まで手が回らないから、こっちで何か用意しようか」
「……ヨシュア殿」
エルケル侯爵が強張らせた顔に固まった笑みを貼り付けて近付いてくる。
「これは、いったい、どういう……」
「ケースマイアン海軍の艦艇です。いま届いたばかりなので、慣れるまで少し待ってもらいますが明日には出発できるはずです」
説明になってないよね。うん、わかってるんだけど。どう説明したらいいやら。
「すごい……なんという凄まじい船だ。これは……まさに海を征く城だ。この外壁では弓矢どころか砲弾でも崩せないだろう。まったく、信じられん……」
実際には軽合金が多いから、弓矢はともかく大質量の大岩とかを外板にぶつけられるとさすがにダメージは食らうんだけどね。とはいえ戦闘中に投石砲の射程内に止まることも黙ってぶつけられるのを待つ状況もないから、特に指摘はしない。
「このフネ、速度はどのくらい出るんじゃ?」
たしか二十八ノットとかいってたけど、単位は……忘れた。キロだと時速五十前後じゃなかったかな。いきなりフルパワーでフルスピードというのも出せるかわからんし、素人船員での操艦だと非常時に停船できん気がする。
「安全を考えると、ホバークラフトの半分くらいかな。二時間に八十キロってとこか」
「それでも、この図体でなかなかの速さじゃのう」
“試験運転開始するよー”
リンコの弾んだ声で艦内放送が入る。気が早えぇなオイ。もう動かすのかよ。
“機関始動、微速前進”
“機関始動、微速前進、了解じゃ!”
復唱もそれっぽいけど、それ全艦放送でいうことなのかな。詳しくないから知らんが。
“いいよ爺ちゃん、しばらくそのまま”
“うははははは……いい音じゃああぁ……!”
だから、全艦放送だというのに。いきなり素を出し過ぎです。エルケル侯爵とかスールーズの皆さんとか、呆れ顔で苦笑してますがな。
新生ケースマイアン海軍、いろいろ台無し。




