388:ファントムフリート
「おうブラザー久しぶり、フリゲート要らねえか?」
相談がてらに繋いだ“市場”で、現れて早々サイモンは俺に手を挙げた。
たしかに今後の方針として、沿岸部の城砦都市を落とすのにホバークラフトと飛行船じゃどうかなと思わんでもなかったけれどもさ。
「……お前、どっかで俺らの状況を見てない?」
「ん? 何の話だ?」
う〜ん、偶然なのか? それはともかくサイモン、なんか雰囲気が、ずいぶんとこう……なんていうかな。
「政治家ぽくなったな」
タイト気味でクラシックなグレーのスーツに赤のネクタイ。短く切り揃えられた髪で爽やかな笑顔を浮かべて、アメリカの大統領候補者といわれたら信じそうになる変わりようだ。シェイプアップしたのか腹回りが絞られ、胸板は厚くなって精力的な印象を受ける。
「まあな。カネ掛けてないと侮られるのに、カネ掛かってるように見えると叩かれる。いまだけだから我慢してるが、正直こんなの俺には向いてないな」
「そうか? 似合ってるとは思うぞ? 商売上のスキルも被ってそうだしさ」
「被ってねえ! ……ことも、ねえか」
そこは否定しろよ、と思ったがあえて反応はせず聞き流す。
「いや、たしかに似たようなもんだ。口先ひとつでカネやら何やらを出さすんだからな」
だとしたら、案外サイモンには天職かもしれん。完全に商人から手を引かれては、こちらが困ってしまうんだがな。
「まあ、話を戻すとな。いま俺ん国で海軍の再編が行われていてな。いくつか旧型艦艇が宙に浮いてる。ちょっとばかり古いが現役のフリゲートがお買い得なんで、アンタのために押さえておいた。山ほどおまけ付きでバーゲンプライスの三十万ドル。どうだ?」
適当な世間話の延長線で、聖者様はいきなりデカい話をし始めた。フリゲートが三千万円? 相場はわからんけど、妙に安い気がする。大型ヨットでも、もうチョイすんだろ。
いや、それ以前に変じゃねえか?
「ちょっと待て。サイモン、いま市長代行……だったよな? お前の国って、市長が軍権持ってたりすんのか?」
「そんなわけねえだろ。フネの話は別口、本業の方だ」
商人の方で出た話ってことか。そらそうだろうな。
「海軍の再編って……大丈夫か?」
艦艇の維持なんて金食い虫の代表みたいなもんだ。フリゲートってことは河川海軍ではなく外洋で行動する海軍なわけだし、恐ろしくカネと人員が嵩む。
いや、逆に考えればそれは……
「そうか。巨大な雇用と経済効果か」
その上、うまくすりゃ街でくすぶる荒くれ者に規律と信念を叩き込み、真人間に変えることも出来る。犯罪者予備軍までロンダリングかよ。
「お前、スゲーな」
「いや、それがな。やってみたら全然そんな美味いハナシじゃねえんだよ。上向いてきたばっかの財政黒字が、アッという間に吹っ飛んだ」
「……そりゃ最初はな」
「で、だ。とりあえず売れるものは売って、市場に出せないポンコツは解体して、古くてもまだ使えるものは恩着せられそうな国に譲渡もして、最後に残った難題がそのフリゲートだ。旧ソ連製のリガ級、うちに来る前の最終使用者は……どこかアジアの沿岸警備隊だ」
要するに一線級の軍用艦ではないということかな。異世界に安く売り払われる時点でお察しだが。艦船については詳しくないので、リガ級とかいわれても全然わからん。
「なあ、フリゲートって……サイズはどのくらいなんだ?」
「WW2の駆逐艦くらいだな。全長は九十メートル、全幅が十メートルってとこだ」
デケぇなオイ。そういうのは何百人か乗って運用するもんだろうよ。たぶん、これもキャスパーみたいに数奇な運命を辿ったパターンなんだろうな。
「難題って……潰すにも流すにも手間ばかり掛かって採算が取れない、とかか?」
それで俺に売り込みというのもよくわからないな。整備済みなら他でも三十万ドル以上にはなるだろ。型落ちとはいえ現役の艦艇が三千万円ちょいというのは捨値、ほぼ燃料と武器弾薬の実費だ。
「いや、今回に限っていえば、最優先事項は早急な処分と隠蔽だ。アンタなら情報漏れが有り得ないから話すけど、その艦は、いまドックから出せない。書類上では存在しないからな」
「は?」
「こちらの海軍再編に合わせて、周辺国から合同軍事演習が申し込まれた。前政権の軍事協定違反がバレる。というか、半分バレてる。あんまり時間がない」
何してんだ、お前の国。
「幽霊船かよ」
「そんな顔すんなって。ホラ、あれだろ。ジャパニーズ役者のジンクスでは、死人の役を演じると長生きするらしいじゃねえか」
「いや知らんし。験の話をしてんじゃねーよ」
「航行機能は万全、改修済みの整備済みだ。安くてシンプルで良いフネだぜ?」
う〜ん、問題は金額じゃないんだよな。性能もあんまり問題じゃない。
「最低限必要な乗員数は」
「動かすだけなら……艦橋に三、四人と、機関室に四、五人てとこだ」
「マジで?」
俺はまったく知識がないんだけど、フリゲートって八人で動かせるのか? たしか駆逐艦って、乗員が百人以上はいたはずだけど。
「もちろん、文字通り“動かす”ってだけだ。法を守っての安全な航行やら接岸はまず不可能だし、海上戦闘も無理だ。でも、そっちならどうにか対応可能だろ」
好き勝手いってやがるぜ。事実だけど。これから進む先の海上にいるのは、ぶつかっても関係ない怪異か敵艦くらいだ。たぶん。
「ちょっといろいろあったフネでな。英語の図解入り簡易マニュアルも付いてて、未経験者の操艦にもある程度は対応してあるみたいだぜ?」
そこだけ聞いたら安心材料なんだろうけど、なんか嫌な予感がするな。海賊かテロリストにでも鹵獲されたか。
「兵装の一部は撤去されてて、残っているのは100ミリ艦載砲三基と、25ミリの連装機銃が二基だけだ」
“だけ”というには重武装だが、聞けば撤去されたのは対潜迫撃砲と魚雷発射管。どのみち、こちらの世界で使い道はない。そしてこの100ミリ砲、仕様は違うもののT−55主力戦車の主砲とほぼ同じ種類の砲だそうな。俺はそもそも戦車砲に触ったこともないので仕様差は不明だけど、もし砲弾の共用ができるならありがたい。
「砲弾の共用? できるはずだけどな。多めに卸すから、試してみてくれ」
これはドワーフ技術陣に丸投げするしかないな。正直、俺に出来ることはほとんどない。
ただ、鉄の塊が浮いて砲撃してくれてるだけでも使い道はあるのだ。いまから行う駆け引きには特に。そう、文字通りの“砲艦外交”だ。
「それじゃ、そのフリゲートを頼む。支払いは金貨でな」
「毎度!」
樽入りの金貨を並べると、サイモンは商人の顔でインチキ臭い笑みを浮かべた。




