381:魔王の朝ごはん
「ターキフ、オークの誘引臭を止めたいんだが馬橇を消してもらえるか?」
「了解」
朝になると俺はティグの頼みを受けて、雪原に転がっていた魔獣やら獣やらの死骸を全部収納する。馬橇は半分がた地龍に喰われたようだが、荷台の残骸にはオークの死骸でも入っているらしい血塗れの麻袋が積まれていた。
いまのところ、臭いに惹かれて寄って来る魔物やら何やらの気配はない。誘引された大物は二体の地龍だけだ。
「ううむ……地龍というても、些かちっこいのう」
「おいウソだろ、これでか⁉︎」
ミルリルの発言を聞いて、ルイが雪原で解体中の地龍を二度見する。こいつらだけは、夜のうちに収納で仕舞っておいたのだ。朝になって解体のため出したのだが、これ、路面電車くらいある。
「そりゃまあ、シーサーペントなんかに比べれば、小さいけどなあ……」
ルイは呆れているが、解体を頼んだスールーズの連中はそれどころではなくビクビクしながら刃物を振るっている。解体は慣れているようで、手際は良く役割分担の連携も取れてる。……んだけど、ときおり小さく悲鳴を上げたりお祈りをしている声が聞こえる。もう死んでるから大丈夫だというのに。
地龍の一体はオスで、一体はメスだった。ミルリルによれば成体になったばかりらしいので、番というより姉弟ではないかと思われる。
突進しかけて突っ伏した姿勢のまま死んでいた方が弟、もう一体の頭を撃ち抜かれて横倒しになって死んでいたのが姉だ。サイズはメスの方がいくらか上回っていて、しかも四肢が弛緩してベロンと伸びているため、動いていたときよりも大きく見える。
「前にケースマイアンで仕留めたのは八十尺はあったがのう。これは、せいぜい二十五尺(七メートル半)やそこらじゃ。二頭を足しても、肉は前のの半分にも満たん」
「比べるものがおかしいだろ。だいたい、ラファンの近くにあいつら以上の地龍が隠れ棲んでいられる森も山もないしな」
たしかに。領府の鼻先を、しかも沿岸域を二十五メートル級の地龍がうろつかれても困るわ。幸か不幸か今回のは七メートル級。全然ちっこくはないけど、なんとか対処可能なサイズだった。
「そのチコ龍じゃがの」
なんか、略されとる。ミルリルに話しかけられてスールーズの面々は恐る恐る振り返った。
「解体が済んだら、売れる素材はおぬしらが土産にせい」
「「「え」」」
“良いの?”というような顔で見られたが、特に必要ないので頷く。ギルドに持ち込むのも面倒だし、換金したところでカネの使い道もない。
「その代わり、肉は“ばーべきゅー”にしたいのじゃ」
ミルリルさん肉好きね。俺も地龍なら食べたい。解体してもらった肉も生肉からの調理となると――そして小型とはいえ地龍が二体ともなると消費も――大ごとなので、カルモンの実家にヘルプを……
「ミルねーちゃーん♪」
「おお、よう来てくれたのう」
駆けてきたのはカルモンの娘さんノーラちゃん。その後ろから奥さんのルフィアさん、お母さんのトリンさんと、ご近所おばちゃんお婆ちゃん混成料理人チーム。コロンに呼びに行ってもらったのだ。
「ターキフさんミルさん、お招きいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ助かります。さあ、こちらへ」
解体が済んだ分の地龍肉を持って、屋敷の厨房に案内する。
「鍋にお湯は沸いてます。オーブンにも火は入ってます。調理台に用具と調味料も置いてますが、足りないものがあればいってください」
「あらすごい厨房だねえ……ピカピカだよ」
「お茶と茶菓子くらいしか使ってなかったからなあ……」
ティグはおばちゃんたちに肉を託し、俺たちと前庭に戻る。
「吶喊の方で欲しい素材はあるか?」
「いや。そういうのは仕留めた者の権利だしな。好きにするといいけど、ギルドには地龍出没と駆除の報告が必要だろうな。問題はハイベルンの方か」
「そうだな。逃げちゃダメか?」
ティグは玄関先で苦笑する。
「たぶん、無理だ。ほら」
近付いてくる馬橇を見て、俺はガックリと肩を落とした。




