38:再会
夜明け前、歩哨を立てて臨戦態勢のまま城壁近くで微睡んでいた俺たちは、平地側から上がった爆発音で目覚めた。すぐに歩哨から状況が伝達される。機関銃座の周辺に折り重なって倒れた王国軍兵士の死体を、誰かが動かしたのだ。
いま、機関銃座のなかは空だ。ドワーフの爺さんたちも城壁に守られた場所で、次の決戦に備えて休養と銃の整備に回ってもらっている。不在の間、主に伏兵や破壊工作から銃座を守るために、いくつか手榴弾を利用したトラップを仕掛けていた。そのひとつが、爆発したのだ。
城壁の際から見下ろすと、銃座に潜入していた3人の兵士が、よろめきながら転がり出てゆくのが見えた。
ひとりは破片を食らって痛みに身悶え、もうひとりはそいつに蹴躓いて倒れ、亜人たちへの呪詛の言葉を喚き散らす。ひとりはトボトボと背を丸めながら自陣に歩き出したが、ふと蹲り、前のめりに倒れて、そのまま動かなくなった。
サイモンから調達した手作り仕掛け爆弾は、軍用車両を吹き飛ばすようなものが中心で、こっちの世界でいうと戦術攻撃魔法レベルの凄まじい破壊力だが、手榴弾はふつうの対人用だ。
なんでかマーケットに在庫が薄かったため(本当かどうかは知らない。在庫処分なのかもしれないが)、手に入ったのはえらく古いものばかり。楕円球型やパイナップル型ならまだマシで、なかには木製の柄付きまである。まさかの1世紀近いビンテージものだ。当然、不発弾が混じっている可能性も込みということで、価格はIEDと抱き合わせのほぼサービス。安いのは結構だけど、時間通りに起爆しないリスクを考えて、戦闘時の使用は止めた。遅発のも怖いが、暴発なら致命的。というわけで、すべてトラップ用だ。
「敵陣から軽歩兵4、救出に向かってきます」
監視役の獣人兵士が俺に伝える。
俺は小さく息を吐き、獣人射手たちには手を出さないようにと、身振りで示した。みんな頷きながら俺の行動に注目する。
甲冑や革鎧を着込んだ王国軍兵士は、破片手榴弾程度では、なかなか死なない。それは、彼らにとって残酷な結果を招く。悲鳴と呻き声と助けを呼ぶ声。4人の勇敢な兵士たちが、戦友を救出するために近付いてくる。
俺は、収納から自分用に確保していたM1903を出した。スコープ付きのボルトアクションライフルを、獣人たちと混じっていくらか練習していたのだ。いざというときのために。それが、たぶんいまだ。
負傷した戦友を抱えて、必死に駆け戻ろうとする兵士の足を、俺は30-06で撃ち抜く。
撃たれた兵士は、転がって悲鳴を上げる。これで負傷兵が3人、残る無傷の兵士たちは状況を察したのか、周囲の遮蔽物に隠れて逃れる機会を窺う。俺は小銃を下した。そのうち彼らは脱出し、自陣に報告に行く。この狙撃についても、遅かれ早かれ王国軍に伝えられるだろう。
隠れて近付く者は痛い目に遭い、助けに来るものも狙われると。
いずれまた王国軍は、数を恃んだ力任せの突撃を敢行してくる。そのときには力で捻じ伏せるしかない。弾雨と、爆風と、狙撃と、暗殺で。
その前に、出来るだけのことはする。王国軍兵士から、戦意を奪う。生殺与奪の権はこちらにあることを、俺たちはいつでも、どこからでも殺せることを思い知らせる。確実な死から逃げられない恐怖を、傷付き泣き叫ぶ仲間を救えない無力感を。彼らの心に、植え付ける。
そのために、俺は……
「のう、ヨシュア……」
「悪いな、ミルリル。他のみんなもだ。どんな非難でも罵倒でも、いくらでも受け付ける。ただし、この戦争が終わったらだ。それまで、ケースマイアンの誰にも傷付いてもらいたくないんだ。俺は、敵に情けを掛ける気はない。どんな汚い手でも使う」
「わかっておる。誰もおぬしを責めたりはせん。わらわがいいたいのは、だ」
「そうだ、ヨシュア。そんな顔して、ひとりで抱え込むな、ってことだよ」
振り返ると、ミルリルと獣人の射手たちが、困ったような笑顔で俺を見ていた。
「お前は俺たちを仲間だと思ってくれてるんだろ? お前に亜人たちが大事なんだとしたら、わかってくれるよな? 俺たちも、お前が大事なんだって」
「……お、おう」
「わらわたちは、もう覚悟を決めたのじゃ。信じよ」
「……わかった。改めて確認する。まとまって動いている兵士を狙撃。第一目標、指揮官。第二目標、武器や荷物の多い者。倒すのは、そのグループの、ひとりだけだ。可能な限り、殺すな。重症を負わせて、足手まといを作る!」
「「「「応ッ!」」」」
その効果は、すぐに現れた。少人数単位の部隊が機能を失くし、撤退や離散、逃亡を図る者が続出したのだ。
特に、同色の外套でまとまっていた小部隊にその傾向が強く、これは王国軍の命令で集められた弱小領地の貴族軍と思われる。彼らは指揮官を喪うとたちまち戦意を失くし、一目散に撤退し始めた。次いで、バラバラの服を着た部隊、おそらくは傭兵だ。ひとりが倒されると戦意どころか武器も装備も傷付いた仲間もすべて投げ捨て、着の身着のままで戦場からの脱走を始めた。
「さすがじゃのう、ヨシュア」
「一応訊くけどミルリルさん、それ嫌味じゃないよね?」
「当たり前じゃ! 純粋に、冷静に、わらわは感心しておる! おぬしのゆるぎない外道っぷりにの!」
なにそれ、ひどい。
「さあて、嬢ちゃんたち。わしらもそろそろ、穴倉に籠るときが来たようじゃ」
「ヨシュア、すまんが送ってくれんかの」
ドワーフの機関銃手ふたりと装弾手ふたり、そして護衛の獣人ふたり。それぞれに、満面の笑みで俺の肩を抱く。
「先に、いわせてくれんか。ヨシュア、お前は良いヤツじゃ。わしらに、素晴らしいものをくれた」
「死に場所、なんていうなよ。だったら送らないし、機関銃も渡さないからな!」
「ハッ、アホなことを抜かすな! それは、とんでもない勘違いじゃ!」
「そうじゃ。わしらはな、勝つつもりでいるんじゃ! ケッチョンケチョンにぶっ飛ばして、王国軍を完膚なきまでに、粉微塵に引き裂いてくれるわ!」
獣人の護衛、RPKを肩に担いだ人狼族のペルンが、俺に笑う。
「素晴らしいものってのは、銃だよ。俺たちは、こいつをもらって、ようやく誇りを守ることが出来るようになった。そんで、昨日の戦闘を乗り越えて、いまじゃ誇りそのものになっちまった」
「そうよ。わしらは、いま感じとるんじゃ。かつて妻に抱いた愛情と同じような、掛け替えのない紐帯ってものをのう」
お、おうふ。
こいつら、某・微笑デブみたいなこといい始めてるけど、大丈夫か?
視線を逸らすとM1903小銃を持った射手たちも、城壁上のエルフたちも、満足げな笑みでうなずいてるし。いいのか、これ放置して……って、ミルリルさん?
「うむ。わらわと“うーじ”は、既に血肉を通わせておる。さらに付き合いの長い“すたー”なぞもう、肉親も同然よの!」
「み、ミルリルさん!?」
ダメだこいつら、どうにかしないと。
静かに動揺する俺の眼下で、笛と太鼓の音が響き始めた。
櫛の歯が抜けるどころではない勢いで兵が抜け始めた王国軍だが、まだ負けを認める気はないようだ。重装歩兵部隊を喪い、ワイバーン部隊を墜とされ、地方貴族軍部隊に逃げられてなお、ケースマイアン目掛けて着実に進攻してくる。
お互いに、もう退けないところまで来てしまったのだ。王国軍の連中は自業自得だとは思うが、それに巻き込まれる一般兵士も良い面の皮だ。
「来たぞ。総員、戦闘配置!」
残った数千の歩兵を引き連れ、武器も装備も外套の色もバラバラな混成騎兵部隊、約1千が進んでくる。
その先頭に立つのは、黄金の甲冑に銀の大剣。背筋を伸ばし毅然とした姿勢になったその男は、生まれ変わったように見えた。
ああ、ようやくか。やっと、お前が出てきたか。
俺は、笑みを浮かべる。遥か彼方の、そいつに向かって。
「……さあ、来いよ、王国の勇者」




