377:告白と懺悔と残されたもの
スールーズがいう“血盟誓約の剣”。どうやら、俺がマッキン領主にもらった……“誓約褒章”だっけ。“これの持ち主に可能な限りの便宜を図りますよ”的な、コネクションの目録機能を持った短剣。それの魔法バージョンみたいなものらしいのだ。
「これは……厄介じゃの。意図が悪意でないだけに、余計に面倒じゃ」
地下倉で初めて目にしたとき、ミルリルは少し困った顔で俺に告げた。魔石の種類とそこに刻まれた紋様や文言から、彼女には大まかな仕組みが想像できたらしい。
「機能がわかるのか?」
「わらわは魔導師ではないので、概略しか読めんがの」
ドワーフでも魔道具を扱う技術者には回路を組むのに必要な程度の基礎知識はあるのだそうな。
「防護、反射、転送、変換、入れ替え、定着と、状態維持」
ミルリルの指が、ふたつの魔石とその間に広がる模様を順に示す。
「えらい数を組み込んでおるが、構成自体は単純じゃの。魔力光の状態からすると、おそらく現在の状態は、“状態維持”じゃの」
「状態?」
ミルリルの指が、上階を指す。
「幽霊状態じゃ。この命令が解除されん限り、ミードはずっとあの場に繋ぎ留められたままじゃ」
「ということは、それが諸悪の根源……呪いの魔剣とかなのか?」
「書斎に居る連中に訊いてみんことには、わからんがの。呪符の構成が、前半では持ち主を守ろうとしておる。それでも無理ならば逃がそうとしておる。それでも無理ならば、せめて魂だけでも残そうとしておるのじゃ。呪いというには、奇妙じゃの」
彼女の指は、石と石との間で止まる。そこには、小型の魔法陣なのだろう陰陽紋に似た浮彫があった。
「それに、この途中にある“入れ替え”というのが引っ掛かるんじゃ」
「位置情報の入れ替えだとしたら、緊急措置として屋敷に放り込まれたのは理解できなくもない。そこで事故かミスがあって、精神だか魂だけが屋敷に定着してしまったとか」
「いや、位置の変更であれば、その前の“転送”で済んでおる。“入れ替え”は、きっと……」
◇ ◇
「いざと……なれば、スールーズの、巫女を、依り代にして、ミード様の魂を、受け止める……はずだった」
「「おい」」
書斎に声が響く。ルーイーの言葉に反応したのは、俺とミードだ。幽霊の声が聞こえるのは俺だけみたいだけどな。
「なあ、その巫女って、まさか……」
「わたしだ」
ルーイーが挑むような態度で俺に告げる。若干、顔が赤くて涙目気味なのがよくわからん。
「冗談じゃねえ。いってやってくれよ兄さん、俺ァ娘っ子の身体を乗っ取ってまで生き延びたかねえよ」
「ああ、うん。そりゃそうだろな」
「魔王、ミード様が、何か」
俺を見るルーイーの目には不安と期待と怖れと何やらわからん焦燥みたいなものが揺れていた。なんとなくだが、彼女自身もう状況の把握と理解はしているのではないかと思う。ミードが、この場にいる原因も。
「そういう真似は止めてくれってさ」
「ミード様を、守ることは、我らの総意。巫女も、贄ではなく、自分の意思で」
「他人の生き方や死に方を勝手に枉げようとするな。ルーイーの身体に入って、ミードが喜ぶと思ってるのか?」
「……我らに、ミード様の御心は、わからん。でも、死んで欲しく、なかったのだ。我らは、できる限りの、ことを……」
「それは、わかる。ありがたいとも、思う。けどよ」
天井付近でふわふわと浮いているミードは、困り切った顔で俺に話しかけてくる。
それはまあ、通訳なのだから聞くけどさ。お前らお互いに気遣ってるつもりがボタンを掛け違えてるというか、色々とこじらせてんなあ、とも思う。
「俺は何度も望みを伝えたし、最後にはわかってもらえてたつもりだったんだけどな。それに、聖人君子でもなけりゃ善意からでもないんだよ。俺は……」
口ごもって項垂れる中年男の幽霊と、怒られた犬みたいな顔で項垂れるスールーズの連中。そして、失血と低体温で今度こそたぶんガチで失神しかけて項垂れるイエルド。俺はどうしたものかと困惑しながら見守るしかない。
「……俺はな、兄さん。スールーズの連中を、利用した。私利私欲のために、食い物にしようとしただけの、最低のクズなんだよ」




