376:縛り縛られ
俺たちが木箱を持って書斎に戻ると、スールーズの七人が慌ただしく動き回っていた。
漏れ聞こえてくる声から判断する限り、拘束しておいたイエルドと七人の傭兵のうち、ひとりが心肺停止したようだ。魔導師のルーイーが救命措置を施そうとしている。違和感から目をやると、ミルリルが小さく頷いて俺と逆方向に動き出した。
「待って、悪いけどこっちでやる」
部屋の中央に、背を逸らして痙攣する男。彼を押さえようと集まったスールーズたちの背後で、傭兵のひとりが立ち上がって隠し持っていた小刀みたいなものを振りかぶる。拘束していたロープはその小刀で切ったんだろう。吶喊の連中から死角になる位置を選んでいる。頭も動きも連携も、それなりに悪くない。
「……ッきゅ」
男は踏み出す間もなく、スタームルガーの22ロングライフル弾で胸を撃ち抜かれて倒れた。ミルリルさんの45ACPだと血飛沫やら何やらが部屋中に飛び散ってしまう。直前に高価そうな絨毯を見て判断したあたりが貧乏性である。
「望むならいつでも殺してやるが、新居を汚すのは忍びない」
イエルドと傭兵たちは、ようやく俺たちの存在に気付いたようだ。
「魔、王……ッ」
「死にたい奴から手を上げろ。窓から外に放り出す」
同時に襲撃を掛けるつもりだったんだろう。もうひとりの傭兵が拘束を解いたまま、膝立ちで固まっていた。動きかけた男の首根っこをつかんだミルリルはテラスにつながる窓を開け、手すりを越えてひょいと放り投げる。
三階から落ちた男は小さく悲鳴を上げたが、硬いものに当たる音がしてすぐ外は静かになった。
「軒下の雪は凍っておったようじゃの」
淡々としたミルリルの声に、イエルドが憎々しげな顔でこちらを見る。ミードの見立て通り、さっきまで死にかけていたのは演技か。
痙攣しながら苦しんでいた男が跳ね起き、コロンのナイフに手を伸ばそうとしてティグに首を捩じ折られる。
そこで俺と目が合い、ティグは“あれ、これ拙かったか?”って顔で見る。殺してからいうなとは思うが、特に問題ないと苦笑しつつ首を振った。
「貴様らは、もう用済みじゃ。訊きたいことはあったがの、個人的な興味でしかないのでどうでもよいわ」
逃げようとした傭兵をルイが殴り殺し、もうひとりの背中にコロンの投げナイフが突き刺さる。殺した五人の死体は収納した。残るはイエルドと、魔導師がふたりだ。
ひとりが乱戦のさなかで転がった振りをして魔術短杖に手を伸ばした。俺はその手を杖ごとスタームルガーで撃ち抜く。
「がッ、あぁッ!」
小さく弱い22口径弾とはいっても、手を砕かれて杖は持てない。最期の力を振り絞って呪文を叫びかけた男の顔面を撃つ。もうひとりの魔導師は咄嗟に立ち上がりかけたが、襲い掛かろうとしたエイノさんから電撃のような攻撃魔法を受けて崩れ落ちた。髪から煙が上がっているのを見る限り、脳を焼かれるレベルのものだったようだ。
残るはイエルドだけ。勝算がないと悟ったか、首謀者のくせに自分は動こうとしない。
「……ふざ、ける……な、魔王……ッ!」
「ふざけているのはどっちだ、イエルド」
「わらわたちは、ミードの霊から頼まれてカネを回収してきたがの。あいにく貴様にはどうにもできんものじゃ」
信じていない風だったので、俺はイエルドの前に木箱を置いて、ふたを開ける。孤立無援で身動きもできないまま、騎士崩れのチンケな男はギッシリ詰まった紙幣を汚い物でも見るような目で一瞥した。
「“異界の貨幣”か。そんな、駄法螺を、誰が信じる」
「ミードからそう聞いたか。あいにく、それは事実だ。その紙が一枚で金貨以上の価値がある。換金できるのはミードか、俺くらいだろうがな」
もうひとつの木箱を開いて、そちらはルーイーたちスールーズに見せた。
「もうひとつ、ミードが大事に仕舞ってあったのが、これだ。見覚えは?」
箱に収められていたのは、磨き上げられた短剣だった。鞘と柄には魔石のような石がひとつずつ埋め込まれている。長い間あの隠し部屋に死蔵されていたはずなのに、石からは淡い魔力光が放たれ、キラキラと瞬いている。
ルーイーたちはそれを見て、悔しそうな哀しそうな、切なそうな顔で、呻いた。
「ミード様は、……なぜ、これを……遺して行かれたのか」
ルーイーやミードから話を聞いて、もしかしたらって思わんでもなかった。彼を縛っていたのは恨みや未練じゃなく、何か別の、魔法的な束縛なんじゃないかって。
でも、こういうのは少し想定外だった。
「ルーイー、これは魔剣かのう?」
「……術式は、組んであるが、用途は違う。これは、“血盟誓約の剣”。我らスールーズの一族が、すべてを捧げて、支え、守ると、誓った……忠信と崇拝の、証」
ミードを縛っていたのが、愛と敬意だなんて。




