375:最短距離の宝探し
俺とミルリルは屋敷の地下に降りてミードの遺した物を回収してくることになった。まずは、そのドル札の確認だけど……ミードによれば、どうやら他にも何か埋めてあるらしい。
「らしいって、どういうこと?」
「すまんけど、覚えてない。記憶が、曖昧でなあ。たぶん、なんか大事なもん……だった気がする」
いい加減な幽霊である。
俺たちに同行するのは吶喊の五人だけ。ルーイーには玄関ホールにいたスールーズのお仲間三人も書斎に呼んで、イエルドたち襲撃者の監視をしていてもらう。
「魔王、ふたり、死にかけてる」
ルーイーが襲撃者を指す。どのふたりか知らんけど、もう全員が縛られ転がされたままグッタリして動かない。さっきルーイーが最低限の治癒魔法を掛けてたから、ここで死ぬとしたら失血か低体温症か。俺はミードを見て要不要を確かめる。
「気にすんな、あれは演技だけだ。もし死んでも、誰も困らんよ」
スールーズの面々にミードの答えを伝える。
「逃げないように見ていてくれればそれでいい。責任はこちらで持つ」
ミードも行動範囲に制限があるらしく、地下には入れないというのでイエルドやスールーズたちと一緒に書斎で待っていてもらうことになった。俺以外のひとたちにミードの姿は見えてないっぽいが。
「制限って、どんな?」
「まず屋敷から出られない。敷地のなかでも外はダメだ。地下も、食品保存用に状態維持と害虫除けの忌避魔法陣を組んであってなあ……」
霊体となったミードは、自分で敷設したその忌避魔法陣に阻まれるのだとか。霊体って、魔法の効果区分でいうと害虫扱いなのか。ヒデぇな。
「あと玄関ホールもキツい。いま、変な悪霊除けの煙が充満してるだろ」
スールーズの立哨組が、香炉で青白く光る御香を焚いていたな。あれもダメか。なんかホントに虫みたいだ。
「ヨシュア、地下には何があるのじゃ? おぬしにしか扱えん代物とは聞いたが、それではよくわからん」
「前に俺がいた世界の貨幣だってさ。こっちでは両替も換金もできない」
「それでいて、正しき相手に渡れば価値は生かされるということじゃな。なるほどのう。ミードが意図してその方法を選んだのであれば、大したものだと思うが……」
ミルリルが天井のミードに目を向けると、ミードはついーっと目を逸らす。ミル姉さん見えてないはずなんだけど、気配くらいは感じるのかね。
「結果的に、そうなっただけだな。隠したときには、まだ自分が死ぬとは思ってなかった」
ミードは開き直って肩を竦める。いまの状況を見れば、周到な準備をした結果には思えんわな。
襲撃者の拘束を再確認して、俺たちは書斎を出る。
「ターキフさん、こっちです」
さすがに広過ぎて勝手がつかめんので、先導してくれるのは吶喊の魔導師、ハーフエルフのエイノさん。居住スペースの移動に使う装飾された広めの階段を下りて、食堂に入った。奥にある厨房の脇で施錠された扉を開け、小さな階段で地下に向かう。降りてすぐには大小の樽が並んでいる。葡萄酒や蒸留酒らしき樽の横に、俺が渡した銅貨の樽も混じっていた。まあ、さすがに屋敷の支払いにこんな少額貨幣は使えんし、ちょっとやそっとじゃ消費もできんわな。
「ここが地下倉だと聞いてます」
エイノさんが地下に降りた先にある両開き扉を示す。わずかに開いているところを見ると鍵は掛かっていないようだ。
「わたしたちは使う機会がなかったので、内部がどうなってるのか確認してませんが。もしかしたら、ネズミや蜘蛛の巣だらけかも」
「大丈夫ですよ。ミードの話では、虫やら汚れを寄せ付けない魔法陣が組んであるそうなので」
効果には半信半疑だったけど、倉の中に入ると、何年か空き屋だったわりに汚れも蜘蛛の巣もない。埃や黴の臭いもしない。さすがに管理人くらいは来てたのかと思ったけど、ミードによればずっと無人だったそうな。魔法による状態保存か。こういう用途では、科学技術よりも高機能だな。
エイノさんが扉を開けてすぐ横にある壁の石に触れる。何も起きない。
「あら? 変ですね。ここにも魔石ランプが埋めてあるはずなんですが」
さっき触れてた石は魔力に反応するスイッチパネルみたいなもんか。経年劣化かトラブルかは不明。
「これを使ってください」
俺は懐中電灯を出して、エイノさんに渡す。打撃武器兼用としてトンファーグリップが付いた大型のフラッシュライトだ。自分用にも、もうひとつ出す。武器としては要らんだろうが、他にライトは強力過ぎるシェアファイアしかない。
「ターキフさん、これは魔道具ですか?」
「魔力は使ってないけど、似たようなもんですね」
照らしてみた地下倉のなかは、物もほとんどなくガランとしていた。端の方には棚が並んで、いくつか木箱が積んであるけど、蓋は開いていて中身は空っぽだ。
「北側の壁のなかって聞いたけど……コロン、北ってどっちだ」
「右だね。ターキフ、そっち照らしてくれる?」
埋蔵金――ドル札だけど――の捜索担当は鍵開けや罠解除が得意なハーフドワーフのコロン。壁を手で触れながら、手慣れた様子で調べてゆく。
「ここだね。奥が空洞になってる」
壁を壊さなければいけないのかと思っていたが、コロンはすぐに隠し扉の開け方を見つけ出した。戸棚や木箱で隠されたロックを解除すると、北側の壁が半畳程度のサイズで開く。なかにはブリーフケースみたいな持ち手のついた箱がふたつ。
「なんじゃ、お宝というには小さいのう」
金本位制の社会であれば、そういう感想になるだろうな。
箱にロックは掛かっておらず、持ち手の両側にあるツマミを捻るとすぐに開いた。百ドル札の束がギッシリ並んでいるのを見て、ミルリルもエイノさんもコロンも、不思議そうに首を傾げる。
「ずいぶんと手の込んだ札じゃの。それは、多色印刷しておるのか」
「そう、金属板でね。これが、さっきいってた紙幣、紙のお金だ」
正確にいうとドル札の素材は紙ではなく麻混の木綿だとか聞いた気がするけど。
「これがカネ? なあターキフ、それ騙されてねえか?」
えらく懐疑的なのは、俺たちの後ろからついて来てたティグ・ルイ・マケインたち吶喊の肉体派三人。珍しく静かにしてたのは絶賛警戒中だからだろう。
「いや、たぶん問題ないよ。この紙幣は、元いたところで見た記憶がある」
あいにくドル札は持ったことも使ったこともないんだけどね。まして百ドルなんて、あんま見る機会もない。
「ミードの話も、とりあえずは信用しても良いと思ってるしな」
「あたしがいちばんわかんないのは、それだよ。あのキュンキュンカリカリいってんの、本当にミードなのか?」
「あ、みんなは見えないんだっけ」
「変な気配は感じるんだけどね。ターキフの説明は理解したし、いってることも信用してるけど、真偽の程は、わからんとしか答えようがないな」
冷静に答えるマケインは別として、ティグとルイは幽霊が感覚的に苦手なようだ。それも怖がりというわけではなく、“殴って死なない相手が苦手”という感じか。理論派の人間は話の通じない相手が嫌い、の正反対バージョンみたいな。
「もしこいつがお宝じゃなかったとしても、こちらは何も失わない。むしろ俺が腑に落ちないのは、なんでミードが屋敷に縛られているのかの方なんだけどな」
もうひとつの箱を開けて、今度は俺も首を傾げる。なんだこりゃ。
「それじゃ、書斎に戻ろうか。ミードに……たぶんルーイーにもだけど、訊きたいことがある」




