373:望みの行く末
「なあ……これ、どういうこと?」
俺は硬直している連中に再起動を促そうと手を振って合図を送るが、どこからも反応がない。頼みの綱のミルリルさんも怪訝そうな顔で固まったまま天井を凝視している。銃に手を掛けていないのは警戒する必要がないからか、銃弾が効かない相手と判断しているからか。
対応に困って俺は傍らのルーイーを指で突く。
「ルーイー、あの薄いオッサンが、ミード・ハイベルンなのか?」
「無礼な。ミード様は、我らが恩人、ハイベルン家は、我らが主人」
それは……君らには、そうかもしれんけどさ。俺の知ったことではないし、巻き込まれる謂れもないと思うのですよ。そもそも質問に答えてくれてない。
「天井に浮いてるのが、そのご主人様か?」
「そう、だと思われるのだが、我らには、ミード様の、お心が、わからん」
わからんのはお心だけじゃねえだろと思うのだが、ルーイーの言葉が聞こえたのかミードの幽霊も困った顔で首を振る。いや、お前は他人事みたいな顔してんじゃねえ。
「いまこそ、報恩のときと、我らは命を賭して、集ったというのに」
「報恩って……流行り病で滅びかけたスールーズを、助けようとしたんだっけか。それは、成功したのか?」
「ミード様が、手を差し伸べて、くださってから、死者はいない」
それは結構。ミード・ハイベルンは海運業者ハイベルン商会の会頭。となれば薬や医者の調達もそう難しいことではないと思うんだけど……なにか、引っ掛かる。それ以前の問題として、このままでは埒が明かん。誰からも答えが得られないとなると、訊く相手は本人くらいしかいない。
「なあ、幽霊のオッサン。なんでまた化けて出てきた。誰かに、何か用でもあるのか?」
俺が声を掛けると、ミードの幽霊はクシャッと表情を崩して老いた忠犬のような笑みを浮かべる。
「おう、兄さん助かった。あんたは、俺が見えるか。どうも少しばかり、毛色が違うみたいだしな」
「いいから質問に答えてくれ。俺にはこの状況がサッパリわからん」
「ああ、そうだ。用はあるんだ。ずっと、声を掛けてたんだがな。誰も聞いちゃくれねえんだよ」
周囲のみんなは、俺が幽霊と会話しているのに違和感を持っているようだ。会話に関しても何かリアクションがおかしい。見た感じの印象では、ミード側の言葉が届いてないっぽい。
「ああ……そうか、こいつらが固まってる理由が、それか」
「そうなんだよ。兄さん、理由が、わかるのかい?」
ミルリルが俺を見て何かを訴える。天井の異変が何なのかを知りたがっているようだ。ミードの言葉を聞いた限り、俺以外の者には見えてもいないようだ。
「ヨシュア、あれは何じゃ。そして、おぬしは誰と、何をしゃべっておるのじゃ」
「ミードだよ。ハイベルン商会の会頭……元会頭か。ミルリルには、俺たちの会話はどう聞こえてる?」
「ヨシュアの声は、ふだんと変わらん。それに応える方は、ひとの声には聞こえんのう。木を擦り合わせるような音が聞こえるだけじゃ」
「姿は?」
「気配がざわつくのと天井の軋みで、何かいるのはわかるが、それだけじゃ」
ルーイーやスールーズの面々、そしてティグたち吶喊の連中も、揃って頷く。
そうか。なんとなく理解できた。しゃべっていたのは、俺のいた世界の言語、ってことになるのかな。死んだ後は自動翻訳が切れるとか……
「オッサン、召喚者か」
「兄さんもだろ」
「ああ。そして、あんたと同じ商人だ。なんとか生き延びられたのは、闇市の商人と取り引きをする能力のお陰だよ。武器弾薬からトレーラー、戦車やロケット砲まで何でもな」
大袈裟に吹聴してみたが、ミードの顔に驚きは現れなかった。そうだ、サイモンがいってた。彼の父親の代にも、異世界に召喚されたクライアントと取り引きをしていたと。その客は化け物に食われて死に、最後の取り引きは、そいつの全財産と引き換えに、死体を故郷に送り届けるというものだったそうだ。何の根拠も脈絡もないが、俺はミードに尋ねてみる。
「もしかして……化け物に襲われて死んだ、先代の取り引き相手ってのは、あんたか?」




